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 この港町で迎える新年は、それはそれは厳かなものなのだそう。

 年の最後の日、日が暮れてからは灯りを一切消してろうそくと暖炉の光だけで過ごし、厳かに新年を迎えるのだという。揺らめく炎を見つめながら家族や親しい人たちと語り合う団らんの時。炎の光は暖かい。体だけではなく心も温めるその光に、人々は心を開きあって、共に過ごした1年間を振り返るのである。それは自然の神秘たる闇と炎だけが作り出すことのできる、厳かな空間によって営まれる慈しみの行事。


 ただしその”厳か”は日が暮れてからというのがミソである。


 あらゆる仕事が休みになるこの日、町は朝から陽気なおじさんたちであふれかえっていた。道行くおじさんはもれなく酒瓶を片手にしているのだ。もちろん例外はあって、酒瓶を片手にしていないおじさんもいれば、酒瓶を片手にしたおばさんがいたりもする。中には酒瓶を両手に持ったおばあちゃんも居て、よく見たら干物屋さんのおばあちゃんだった。年越しといえば某歌合戦だという人生を19年も送ってきたわたしとしては、厳かな新年の話を聞いてステキだと思うのと同時に物足りなさを感じてしまったけれど、この昼間の盛り上がりを見ているとその物足りなさは十分に満たされた。おじさん、わたしはまだお酒飲めませんから。


 ただこの盛り上がりに、駐在さんは忙しくしているようだった。

 盛り上がりすぎてハメを外してしまうおじさんがたまにいる。それは、たまにおばさんであったりもするのだけれど。駐在さんはそれの介抱にあっちこっち走り回って大変そうだ。


「駐在さーん」

「ああ、アカネ、そっちはどうだ」

「はい、干物屋さんではおばあちゃんが仕切ってるので任せて大丈夫そうですね」

「ああ、それは助かるな」


 そこでわたしは駐在さんのお手伝いを申し出た。見回りならわたしでも手伝える。それに掃除屋としてリバース物が気になったので、その発見と処理も行うことにした。昨年まではそれも駐在さんがやっていたそうで、駐在さんに感謝されてよかった。



「よーうマーリン、掃除屋」


 わたしと駐在さんが話していると、セラさんがやってきた。片手に酒瓶を持っている。もう片方の手は迷惑そうな顔をしたセイくんの首に巻きついていて、見るからにたちの悪い酔っ払いだった。


「セラ、随分気持ちよく酔ってるようだな」

「ああ?ばか、俺が酒瓶の1本や2本で酔うかよ、ばかいってんじゃねえよ」


 駐在さんによりセラさんは酔ってないと言い張る見た目以上にたちの悪い酔っ払いだということが判明する。セラさんのセリフどっかで聞いたことあると思ったら漁師のおじさんだ。そうのたまっては奥さんに叱られてた漁師のおじさんだ。


「わかったスからセラさん、飲みながら歩くのはやめましょうよ、干物屋のばあちゃんとこ行きましょ」


 そんなセラさんに首をがっちりホールドされながらそうとりなすセイくんはやっぱり幼馴染のお兄ちゃんに似ている。セイくんの提案に酔っ払いは、あそこのカワハギロールはうまいと言って乗り気になったようで、わたしたちにくるりと背を向けて干物屋へと向かった。もちろん、セイくんの首はがっちりとホールドされたままだった。



「セラさんって案外酒乱だったんですね」

「そうだな、今日は酒だけじゃなく雰囲気にも酔っているんだろう」

「ああ、みんなそうかもしれませんね」


 年の瀬というのはどこの世界でも不思議と活気をもたらすものらしい。このわいわいとした雰囲気。にぎやかな声。漂うお酒臭さはまあ置いといて、人々はこうした雰囲気に酔ってしまうのだろう。


「あっアカネちゃん!駐在さん!」


 わたしたちも少しだけ雰囲気に酔っていると、向こうからアルちゃんが走ってくるのが見えた。手には瓶を抱えているけれど、あれは酒瓶ではない。駆け寄ってきたアルちゃんはどこか焦っている様子だった。


「あのっ師匠見ませんでした?私がお水用意してる間にどっか行っちゃって」


 酔っ払いを見失ってしまったらしいアルちゃん、抱えた瓶には水が入っているらしかった。



「セラさんなら今ちょうど、セイくん捕まえたまま干物屋さんに行ったよ」

「うわあセイくん、ありがとうアカネちゃん!」


 セラさんの居場所を教えてあげれば、アルちゃんはすぐに走り去っていった。酒癖の悪い師匠を持つと大変なんだなあ。


「師匠ー!麦焼酎はロックで飲んじゃダメですからねー!」


 大変、なんだなあ。



 日が暮れてくると、誰が言うわけでもなく宴会はお開きとなっていく。そして各々は帰宅の途をたどる。

 駐在さんは町の人々が家へ戻るまでそれを見回る役目がある。わたしも駐在さんについて一緒に見回りをすることにした。一人で先に帰ってもつまらないじゃないですか、と言えば駐在さんは了承してくれた。

 夕暮れの中町の様子をくまなく見て回り、人々が家に入っていく様子を見つめ続ける。わたしの頭の中では『新世界から―家路―』が流れ続けていた。


 町の人々がみんな家へ帰ると、わたしたちも交番へ帰るのだった。


 暗い交番へ帰ると、ろうそくの灯りを頼りに暖炉へ向かい、火をつけると薪をくべる。暖炉はすぐに真っ赤に燃え上がり暖かな光でわたしたちを照らした。


「わたし、お夕飯持ってきますね」

「ああ、頼む」


 駐在さんが暖炉の番をしている間に、わたしはろうそくの灯りを持って台所へ立ち、朝のうちに用意をしておいたおにぎりや手でつまめるおかず、ポットに入ったそば茶をお盆に入れて運ぶ。夜食はそのほかにも干し肉やパン、ドライフルーツなどを用意してある。この日のためにホットミルク専用ポットなるものも買った。準備にぬかりはないのである。


 お盆を持って戻ると、わたしは暖炉の前に座る駐在さんの背中を見た。

 とても大きなそれにわたしは甘えてきたということを、突然に思った。駐在さんに助けられて、まさか別の世界から来たなんてことは言えず居場所が無いとしか言えないわたしを交番においてくれた駐在さん。あの日からわたしは駐在さんに嘘をつきっぱなしだ。いつかは言わなくてはいけない、そうは思っていた。けれどその”いつか”はいつまで経っても訪れない。わたしが、そうしているのだ。


「どうしたそんなところで、台所は寒かっただろ、はやくこっちで暖まろう」


 駐在さんが振り向いた。その怖い顔が暖炉の光に照らされて半分が影になっているさまはなかなかに恐ろしいものがある。


「はい、駐在さん」


 わたしがそう答えると、駐在さんは稲穂色の目を細めてくれる。

 その稲穂色の目を失いたくなくて、わたしはいつも”いつか”を先延ばしにする。


 鐘の音が鳴って、わたしが駐在さんのもとに来てとお月めになったことが知らされた。






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