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戻ってきた店主からまた箱を受け取ると、わたしたちは店主にお礼を言ってからお店を後にした。
さて、ここからが本当の王都観光だ。わたしたちはまず東に向かった。
東では職人街で職人の技を見学した。包丁づくりや、陶器づくり。そしてやっぱり畳屋さんがあったので畳づくりの技も見学することができた。そんな職人の技の中でわたしが一番有意義なものを見たと思ったのが、ほうきづくりの職人さんだった。やっぱり職人の技によるほうきは違うらしい。少し体験させてもらったけれど、なんというか、穂先のなめらかさが違うというか、床への吸い付きがやはり違う。ためいきが出るほどに掃いていて気持ちがいい。
よほど職人さんの手によるほうきが欲しかったのだけれど、物理的にも値段的にも大きな買い物だったので判断は保留することにした。その代り、卓上ほうきとして使えそうな小さなほうきを1つ買うことにした。いやあ、いい買い物をした満足感にわたしは満ち溢れている。
ほうき職人さんにお礼を言って、わたしたちは職人街を後にした。
次にわたしたちは西へ向かう。西には洋服店がつらなる場所があった。
とはいえ洋服にうとい2人組であるわたしたちがその場所でキャアキャアはしゃぐことはできず、すごいねと会話をしながらウインドウショッピングをするにとどまった。
ではなぜ西側へ行ったと問われれば、それはアルちゃんの通う茶葉専門店がこの西側に存在するからだった。
そのお店はアクセサリー店の並びにあった。王都のオシャレ最先端ガールやマダムにとってお紅茶はアクセサリーのひとつなのだろうか。たしかに、絵になるけど。わたしの想像を後押しするかのように、店内にはオシャレ最先端を体現したようなガールや、古き良き伝統に最先端のオシャレをうまく取り入れたようなマダムがそれはもう優雅に茶葉選びに傾倒していた。
わたしたちもオシャレ最先端ガールではないけれど、その輪の中に飛び込んだ。
「せっかくだからお互い違うもの買わない?」
「そうだね、そのほうがいっぱい楽しめるし」
わたしたちはその盟約のもとに様々な茶葉を物色する。ピュアな茶葉から、フレーバーのついた茶葉、オリジナルのブレンド茶葉。たくさんある中から厳選し、香りを確かめ、ついに候補を絞りそこから最終リーグ戦を開始する。選ばれたのはアッサムとゆずのフレーバードティでした。
それからもう一つ。
「カフェインフリー…」
そう紹介されたそば茶がそこにはあった。
駐在さんは夜、水分を取るとき白湯を飲む。おじさん通り越しておじいちゃんですよなんて駐在さんを傷つけるような指摘はできずそれに何も言えずにいるけれど、これなら無理なく駐在さんに勧められるし健康志向のお兄さんと評価されなくもなさそうだ。へえそば茶、オシャレですね、なんてセリフだって違和感がない。きっとないはずだ。カフェインを含まないなら夜飲んでも平気だし、これはぜひとも買おう。いや、わたしはこれを買うべきだ。
運命の出会いに胸を高鳴らせつつ、わたしたちは選ばれた茶葉を購入しお店を後にした。
外はもう日暮れが近かった。
わたしたちはいよいよイルミネーションを見に行くためまずは南の港入口を目指した。王城前の広場へ行くには南側からしか入れないのである。そこへ向かう道すがらも建物や商店にとりつけられたイルミネーションがちらほらと光り始めていた。本当に、光のひとつひとつの色が違う。
南の港入口に到着していざ広場へ向かおうとすると、もったいつけてじゃじゃーんと演出するのが好きなアルちゃんは、目を閉じてと言った。アルちゃんたら、と言いながらもわたしはそれに従い、手を引かれて歩いていくのだった。
アルちゃんが、目を開けてと言うのが聞こえた。
「わ…」
目を開けると、そこは光の海だった。
頭上を埋め尽くす光はゆらゆらと揺れて水面のようで、わたしたちはその光の海の底に立っているのだった。水中には鯛やひらめが舞い踊り、わたしはこの海の中は時間軸が外と違うのではないかと思ってしまう。しかしよく見れば舞い踊っているのは鯛やひらめではなく、人魚のようだった。
「すごいね、あれもセラさんの?」
独立して舞い踊る人魚を指差してアルちゃんに聞いてみると返ってきたのは意外な答えだった。
「光の部分は師匠の魔法製品だけど、ああやって踊るのは魔法人形技師の仕事なんだよ」
「まほう、にんぎょう」
「あれは王都でしか見られないから」
見たことないのも無理ないよね、とアルちゃんは笑う。この世界には、わたしが知らないことがまだまだたくさんある。
水中から見上げた王城は、その白い壁を何万というカラフルな光に照らされていた。
イルミネーションを満喫して、さあ帰ろうと北の港へ戻るとそこには思いがけない人物がいた。漁船の前で手を振っている、あれは。
「どうして」
「すまない、待っているつもりだったんだがやっぱり気になってな、迎えぐらいならいいだろうと自分を甘やかしたんだ」
照れくさそうに微笑んだ。
「駐在さん」
そういうことするのはずるいって常日頃からですね。夕飯はちゃんと準備してきてあるから心配するなって、そういう問題じゃなくてですね。泣くなって言わないでください泣いてないです。
「そうだ、あれは受け取ってくれたか」
「受け取りましたけど駐在さん、あれは、ずるいです」
「ずるい?」
「あんな、やり方、わたし嬉しくて、嬉しすぎて、泣いちゃったじゃないですか」
わたしが泣き虫なの知ってるくせに駐在さん、と訴えると駐在さんは笑った。笑ってないで、すこしは反省を見せたらどうなんですか。
「少し、まわりくどいことをしすぎたな、すまない」
駐在さんは文句を言うわたしの頭に手をのせた。それも、ちょっとずるいです。まあ、謝ってくれたから、もういいですけど。
「実のところ、直球にやるのは照れくさくてな、許してくれ」
わたしが嬉しかったから、いいです、と言えば駐在さんは笑って、ありがとうと言った。
そしてわたしたちは、セイくんのお父さんが操縦する漁船に乗り込み王都へ別れを告げたのだった。
その日の夕飯は、わたしの大好物であるいわしハンバーグだった。




