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夜が明けて、王都へ行く日の朝が来た。
アルちゃんとの待ち合わせは港でということなので、わたしはパトロールを終えた駐在さんと一緒に港でアルちゃんを待っていた。その間わたしは駐在さんに、アルちゃんから離れない、見るものすべてが珍しいからといってよそ見しない、知らない人についていかないなどさまざまなことを約束させられた。心配してくれるのは嬉しいですけど駐在さん、わたし小さな子どもじゃないんですよ、だからねえ駐在さん、お菓子あげるって言われてもついて行きませんってば。
駐在さんから提示される約束事が10個目に到達しようとしたその時、わたしを呼ぶ声が聞こえた。
「アカネちゃーん、お待たせー」
声のした方を見ると、遠くの方でアルちゃんが手を振っているのが見えた。そのアルちゃんが乗っている乗り物は、なんというか、どうひいき目に見てもそれは軽トラだった。アルちゃんはその助手席に乗り窓から身を乗り出して手を振っていた。運転席にはセラさんがいてアルちゃんを叱っているようだった。アルちゃん、セラさんの言うとおり危ないよ。
軽トラが港に着くと、その荷台いっぱいに荷物を積んでいるのがわかった。このいっぱいの段ボールの中にイルミネーションが入っているのかあ。
「よう掃除屋、今日はよろしく頼むぜ」
「おはようございますセラさん、はい、アルちゃんのお手伝いはしっかりとします」
軽トラからセラさんとアルちゃんが降りてきて朝の挨拶を済ませていると、セイくんが眠たそうにあくびをしながら歩いてくるのが見えた。
「セラさん、マーリンさん、はよざいます」
「おうセイ、荷物とこいつら頼んだぞ」
「ッス、じゃあとりあえず荷物運び込みますか」
そのセイくんとも朝の挨拶を済ませてみんなで荷物を船に運び込むことになる。段ボールは結構重たかった。
荷物を全て運び終えると、いよいよ出発だ。
船に乗り込んで駐在さんにお別れを告げる。
「行ってきます、駐在さん」
「ああ、さっき言ったこと忘れるなよ」
「忘れませんよ」
小さな子どもじゃないんですから、とわたしは笑う。あれ、おかしいな、笑いたいはずなのにうまく笑えない。なんだか、船の外にいる駐在さんを見ていると急に泣きそうになってしまう。
「おいおい、泣くなよ」
駐在さんが呆れたように笑ってる。わたしの隣ではアルちゃんが笑って背中をさすってくれている。
「ご、ごめんなさい、泣くつもりじゃないんです、王都は楽しみなんです、でもなんでか急に」
「仕方ない、お前がこの町を離れるのは初めてだからな」
駐在さんがそう言ってくれる。わたしは自分で思っていた以上に、この町を離れることが不安だったらしい。けれどそれだけじゃない。わたしは自分で思っていた以上に、駐在さんから離れることも不安なのだと思う。で、でも日帰りだし、王都に行くの楽しみなんだから、泣くのやめなきゃ。
「アカネ」
「は、はい」
こういう時、駐在さんがわたしの名前を呼ぶ声はとても力強い。それに稲穂色した目も。
「今日は俺が夕飯を作って待ってるから、それを楽しみに帰ってこい」
「駐在さん」
駐在さんの優しく笑った稲穂色の瞳がまたわたしを泣かそうとする。けれどわたしはぐっとこらえる。涙が一、二滴流れるのは泣いたうちに入らないんだから。
「行ってきます」
本当は笑いたかったけれど、涙をこらえたわたしの顔はたぶん駐在さんを睨み付けていたかもしれない。
「じゃセイ、アル、頼んだぞ」
「はい」
「ッス」
駐在さんの言葉にアルちゃんがうなずき、セイくんは返事をして操縦席へ入っていった。
「アル、今回もあいつによろしく言っとけよ」
「わかりました師匠!」
隣でアルちゃんがセラさんにかけられた言葉に対して敬礼していた。
船のエンジンがかかる音がした。ゆっくりと船が動いていく。それはつまりゆっくりと港が離れていくことであり、またゆっくりと駐在さんの姿が離れていくこと。大丈夫、あの時とは違う。わたしは自分にそう言い聞かせて涙をこらえる。大丈夫、だってあの時と違って今は離れていく駐在さんにこう言える。
「駐在さああああああん!行ってきまあああああああす!」
駐在さんが小さくなってからできる限りの大声で叫んだ。駐在さんに聞こえただろうか。船から見える駐在さんはもう豆粒ほどになってしまったのでわからなかった。
しばらく船が進んでいくとセイくんが突然拡声器を使って声をかけてきた。
「お前ら、海に注目してろ」
突然のセイくんの指示にわたしは戸惑った。けれどセイくんの声はなんだか楽しそうに聞こえる。気になってアルちゃんを見るとにっこりと笑って、すごいものが見られるよと言った。アルちゃんも知っているらしい、海になにかが見えることを。
不思議に思いながら船のへりに近づき、海を見てみる。じっと見ていると、ぴちゃんと水面が跳ねた。
ひとつ、ふたつ、あちらこちらで水面が跳ねる。
「わ…!」
そしてついにそれは水面を飛び出した。
水が跳ねる音と共に、銀色に光る無数の群れが船の周りをを埋め尽くす。翼を広げて、まるで飛んでいるようなその群れは数秒の間滞空して着水する。そして水面下で助走をするとまた海の中から一斉に飛び出した。銀色に光る無数の群れに囲まれているさまは、まるで群れが船を運んでいるようだった。
「ミヤコトビウオって呼ばれてる、王都に行く航路を通ると出るんだ」
セイくんの声が拡声器から聞こえてくる。アルちゃんも隣で、何回見ても飽きないんだと言って笑う。わかる、わかるよアルちゃん。トビウオが飛ぶ姿はほんとに何回見ても飽きないよね。
「こいつが出ればもうすぐ王都だ、降りる準備しとけよ」
拡声器から聞こえてくるセイくんの言葉通り、間もなく港が見えてきた。
いよいよ、王都への上陸だ。




