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首のあたりに手がまわされたと気が付いたときにはもう遅かった。
「なんで」
「思ったより気づくのが早かったね、やっぱり海が好きだからかな」
背後からわたしの首に手をまわしわたしを拘束したのはカイルさん。これはカイルさんの船なのだから、カイルさんしかやる人はいないと思いはしたけれど信じられない。どうして、と口にするわたしにカイルさんは冷たく笑った。
「どうしてって、嬢ちゃん、俺は海賊だよ?欲しいものはどんな手を使っても手に入れる、そういう人種だ」
「そんな」
信じられなかった。カイルさんは、そんなことする人じゃない。でもわたしは今カイルさんが怖い。
「ねえ、泣かないで」
泣き虫なわたしはいつのまにか泣いていた。いや、たぶんわたしは船が動いていると気が付いたときから泣いていたんだ。カイルさんがわたしの頬に手を当てて涙をぬぐう。その手つきも今は怖いものでしかない。怖いから、耳元でささやくようにしゃべるのもやめてほしい。
「教えてあげようか、俺が嬢ちゃんを口説いてたのはね、この船専属の掃除屋さんになってもらうためなんかじゃないよ、もっと大切な、俺専属の」
「その手を離せ」
金属が空気を斬る音と共に、地を這うような恐ろしい声が聞こえた。けれどわたしはその声を恐ろしいとは思わなかった。耳元からカイルさんの気配が消えた。見えないけれど、カイルさんのどこかに剣先が突きつけられているのかもしれない。
「えっなんで」
「その手を離せと言った」
やはりカイルさんの状況は見えないけれどうめいたのが聞こえたので突きつけられた剣先がついにくいこんだのかもしれない。それで剣先を突きつけて警告した人物の本気を感じ取ったのか、わたしを拘束していた腕がゆっくりと放されていく。
解放された瞬間わたしは弾けるように逃げ出した。カイルさんに忠告した人物のところへ。駐在さん、駐在さん、怖かったです。駐在さんの背中にすがりついてしまう、だって怖かったんだもん。
駐在さんはやはり剣を構えてその剣先をカイルさんの首筋に当てていた。カイルさんは降参というように両手を挙げて顔だけを精一杯後ろに向けている。
「な、なんで居るの?ばれないようにやったと思ったのに」
「お前がこそこそなにか企んでるようだって、漁師から言われたんだよ」
「うわっおっちゃんたち鋭い…」
「それと船内のやつらは少し問い詰めてやったら船長の企みを教えてくれたぞ」
「うわ、あいつら…」
「とりあえず膝つけ、手は頭の後ろ」
「へいへい」
カイルさんは駐在さんの指示通り手を頭の後ろで組むとゆっくりと膝をついた。駐在さんは剣先をカイルさんの動きに連動させて動かしていく。
「言っとくがお前、これは誘拐未遂だからな」
「えっ勘弁してよ~嬢ちゃんが同意ならセーフでしょ?」
かなり追い詰められた状況だというのにカイルさんの口は軽い。わたしにあれだけ怖い思いをさせておいて同意を求めるなんて虫が良すぎる、カイルさんはもっと反省するべきだ。
「残念だったな、未成年誘拐の場合は保護者の同意が無きゃアウトだ」
「誰が誰の保護者って?」
「さっきから口が軽い」
「ひえっごめんって」
ついに駐在さんからも口が軽いとお叱りを受けた。それでもカイルさんはしゃべり続ける。
「ねえ、保護者でいいわけ?」
「あ?」
「いつまでそんな曖昧な立場に甘んじとくつもりだって言ってんの」
「お前、何を言って」
「マーリンが奥手なのはわかるし大事にしたいのもわかるよ、でもさ、いつまでもはっきりさせないで誰かに取られちゃっても俺知らないよ、例えばこんな風にッ!」
カイルさんがそう叫んだ瞬間、船が大きく揺れた。まったく予測などしていなかった揺れに駐在さんもわたしも対応できず大きく体勢を崩すことになる。わたしが転びそうになったその時、誰かがわたしの手首をぐっとつかんだ。いや、誰かではないこれは駐在さんではない方。
「カイルお前っ!」
「ここは俺の船だってこと忘れたか!どうせ浅めのみねうちしかしてないんだと思ったけどビンゴだったね!あいつらちゃんと言うこと聞いてくれたよ!」
転びそうになったわたしの手首をつかんで自分の方へたぐりよせたのはカイルさんだった。カイルさんだけがこの揺れを予測していて効率よく動いたのだ。いやむしろ揺らせと命令したのはカイルさん、形勢を逆転するために。膝をついてしまった駐在さんが剣を床に突き刺して体勢を立て直そうとしているのが見える。船はまだ大きく揺れている、そのせいで駐在さんはうまく立ち上がれない。対するカイルさんはわたしを拘束しながらしっかりと足をつけている、その姿はさすが海の男だと言わざるを得ない。
カイルさんはわたしを拘束したままじりじりと船のへりへ近づいていく。
「駐在さんにばれちゃったから誘拐は諦めるよ、でもさ、未遂は見逃してくんないかな?」
「お前なあ!」
「見逃してくんなきゃ嬢ちゃんを突き落としちゃうかも」
「えっ」
カイルさんの言葉に思わず怯えてしまう。う、うそだよね?カイルさんそんなことしないよね?不安に思っているとカイルさんがわたしの耳元に口を寄せた。
「嬢ちゃん、泳げる?大丈夫?」
「えっえっと、泳げます、けど」
カイルさんまでなんでそんなこと聞くの、えっほんとに突き落とすの?
「ああもうわかったから!アカネを放せ!」
「見逃してくれるんだ?あーよかった」
あっよかった解放してくれるみたいだ。そう思っていたらカイルさんがまた耳元でなにか言った。
「ごめんね、すぐ駐在さんが助けに行くからさ」
「えっどういう意味」
ですか、と言い切る前にわたしの体は強い力に引っ張られた。カイルさんが強く引っ張ったのだと思った時にはもうわたしの体は船の外へ投げ出されていた。う、うそ!ほんとに突き落とすなんてカイルさんのばかー!!!!




