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 わたし史上2度目の生を受けたあの日、わたしを救ってくれたのはこのそこそこ大きな港町の駐在さんだった。


王都からの帰り道だったらしい。乗っていた漁船から海を漂っているわたしを発見し、同乗していた漁師と一緒に引き上げて助けてくれた。

 目を覚ましてから事情を聴かれてもまさか死んで異世界へたどり着いたなんてことを言えるはずもなく、行き場が無いとしか言えないわたしを駐在さんは保護してくれた。怖い顔してるのにいい人だ。同乗していた漁師さんたちもいかついけどいい人たちだった。そうだ、まるでわたしを見守ってくれていたあの漁師さんたちみたいないい人だ。泣き虫なわたしは泣いた。いかつい漁師さんたちや顔の怖い駐在さんがおろおろして大丈夫だ、とか心配しないでいい、とか声をかけてくれた。気を遣わせてごめんなさい、と泣き虫なわたしはまた泣いた。


 港に着くと駐在さんの家へ案内された。たどり着いたのは家といっても、いわゆる交番に住居が併設しているような家で、入り口は交番そのものだった。中へ入るとその内部はどちらかといえば交番というよりも銀行や郵便局のようで、カウンターで外部と内部が仕切られている。左右の壁には扉が一つずつついていて、それが住居部分につながっていると駐在さんは教えてくれた。だから普段は施錠しているのだ、とも。

 わたしにあてがわれた部屋は右の扉の奥にあった。そこは物置にしていた部屋だそうで、ほこりをかぶったソファや、中身がまばらの本棚、部屋の中心には壊れかけた木箱があった。

 もうしわけないが自分で掃除をしてくれと言う駐在さんに、わたしは控えめに掃除道具を要求した。すると駐在さんは目を丸くした。”はたき”や”ますく”が何のことかわからないらしい。聞けばこの世界では掃除といえば床掃除のみ、しかも掃き掃除が一般的であるらしい。高いところからほこりを落とし徐々に低いところを掃除していくという掃除の基本を伝えるとたいそう驚かれた。

 

 駐在さんは柔軟な人だった。道具は出来る限り用意するから、やってみせてくれと言った。わたしはその期待に応えるべくがんばった。その結果を見せたところ、駐在さんの目はわたしが丹精込めて磨いた床と同じぐらいキラキラと輝いた。その様子は怖い顔なのでちょっと恐怖だったけれど。

 それから駐在さんはわたしを見て言うのだった。

 「これを仕事にする気はないか?」と。





 さて、わたし史上2度目の生を受けたあの日からひと月が経ちました。交番の建物を使って行ったデモンストレーションが好評を博し、仕事の滑り出しは順調でした。おかげさまで今でも順調です。今日も仕事の準備にとりかかります。

 髪を二つに結びました。駐在さんが新人の時に着ていたセーラー服に着替えます。わたしにはたいそうサイズが大きいので、丈の短いワンピースのようです。下にはこれまた駐在さんのおさがりを町の裁縫屋さんにリメイクしてもらったショートパンツをはきます。頭には真っ白なバンダナを巻きます。

 表に出て、持って出た立て看板の足を広げます。掲示板の根元に置きました。太陽がまぶしいです。海の匂いがします。ひと月前はそれをお腹いっぱいにすいこんでは、泣き虫なわたしは泣いていました。今では泣く前に交番の中へ逃げ込むことを覚えました。お父さん、娘はこんなに成長しました。遠い海に居るだろうお父さん。海には出られていますか?いつまでも落ち込む姿はお父さんらしくないですよ。心配しないでください。


 わたし、異世界で掃除代行を生業としています。








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