17
丘の上まではセラさんの原付で10分ほどかかった。
たどり着いたセラさんの家は大きなドームだった。まるでプラネタリウムみたいだ。扉を開けながらセラさんが、上が仕事場で地下に居住スペースがあるんだと教えてくれた。
セラさんが扉を開くと、そこは大きな工場だった。魔法製品をつるしたゴンドラのレールが天井にまで続いている。少し歩くとカウンターと、その傍に大きな機械が設置してあった。あれが魔法製品購入の窓口なのだとセラさんは言った。
「こんなに大規模だったんですね、工場みたいです」
「この町だけで売ってんじゃねえからな、業者に卸したりもしてっからそこそこ作ってんだよ」
そう答えるセラさんの表情はどこか自慢げに見えた。
「でもこれだけの数を、セラさん一人で作ってるんですか?」
「まあ俺ぐらいになればほとんど機械で作れるからな、そこそこの大量生産もできる」
セラさんは、俺ぐらいになればを強調する。技術者として相当の自信があるんだなあ。これがプロ意識というやつかもしれない、見習わなくちゃ。
セラさんが案内してくれた奥の扉を開けると階段が現れる。見せたい試作品は住居スペースにあるらしい。階段を降り切るとまた扉があった。セラさんがその扉に手をかけた瞬間、悲劇は起きた。
「お帰りなさいまし師匠!」
元気のいい声と共にバンと勢いよく開かれた扉。その扉にセラさんの顔が打ち付けられるバチインという痛ましい音。思わず開いた口に両手を当ててしまうわたし。これらが今、一瞬にして目の前で起きた出来事だった。
扉を開けた少女が丸いメガネの奥にある目をぱちくりさせている。
「あれ、お客様だけです?師匠は」
「あの…」
わたしはおそるおそる扉と壁に挟まれたセラさんの方を指差す。わたしの手の動きに連動して少女の顔が動く。少女がひっと息をのむ声が聞こえた。
「ひいいいいごめんなさい師匠!申し訳ありません師匠!」
「アーーーーーーーール!!!!!!!!てめえ俺を殺す気か!!!!!」
「ぎゃーごめんなさい殺さないでください師匠!!!!!!」
顔を真っ赤にしたセラさんは少女の胸倉を掴みあげて怒鳴りつけた。あ、あのセラさん怒るのはわかりますけど相手は女の子ですから、とわたしは思ったが言えなかった。しょせんわたしもセラさんの剣幕に怯えてなにもできない子羊なのだった。
数分後、わたしは落ち着いたセラさんとテーブルを挟んで向かい合って座っていた。セラさんの顔はまだ赤みが残っていて痛々しい。そこへさっきの少女がお茶とお茶請けを持ってきてくれた。わあ、この紅茶いい香り。
「アル、自己紹介しとけ」
「あっはい」
セラさんが少女にそう促すと、少女はお盆を両手で抱えてわたしの方を見た。
「私、師匠の弟子でアルミニ・アイザックと申します!どうぞアルと呼んでください」
アルさんは笑顔が素敵な、丸いメガネが印象的な少女だった。そうだ、わたしも自己紹介をしなければ。
「わたし、アカネといいます、町で掃除代行を営んでます」
「はい、師匠からお話は伺ってます」
セラさんから話は伺っているって、セラさんはわたしのことをどんなふうに話しているのだろう。気になる、と思ってセラさんを見ると、わたしがアルさんに興味を持ったと勘違いしたのか、ああと言ってアルさんのことを話し始めた。いや、アルさんのことも知りたいからいいけど。
「こいつは知り合いの姪でな、そいつに頼まれてここに置いてんだ」
「いやーまさか叔父がかの有名なセラ・ワイキー様とお知り合いだなんて、信じられない幸運でした」
そういえばわたしは魔法技師について何も知らない。職人みたいに師弟関係があるのが普通なんだろうか。それにアルさんのあのうっとりとした表情。セラさんはこの道ではかなりの有名人らしい。セラさんってそんなにすごい人だったんだ。
セラさんは紅茶をぐいと飲み干すと立ち上がる。
「じゃ、試作品持ってくるからちょっと待ってろ」
「あ、はい」
それからそう言うとセラさんは扉の奥へ姿を消した。アルさんと二人きりだ。
「あの」
「はい?」
わたしから口火をきる。アルさんは笑顔で応えてくれた。
「この紅茶、すごくいい香りですよね、どこで買ったんですか?」
「あ、それはですね、王都へ魔法製品を卸しに行ったときに買ったんです」
「じゃあ、王都で?」
「はい」
そっかあ、じゃあこの辺では買えないのか。
「紅茶お好きなんですか?」
「そうなんです、すごくいい香りだからわたしも買えたらなあって思ったんですけど」
わたしがそう答えると、アルさんはぱっと顔を明るくした。
「私も好きなんです!最近ではフレーバードティーとか、ブレンドも作ってみてて…でも感想を聞ける人なんて師匠しかいないから師匠に聞くんですけど、その、師匠は味や香りに疎くて」
最後の部分はこそっと教えてくれた。おもわずふふふと笑ってしまう。
「わたし飲んでみたいです、アルさんの作った紅茶」
「えっ」
わたしがそう言うとアルさんはびっくりした顔をして、それから右手を頬に当てた。
「いいんですか?今飲んでいただきたいって言おうとしてたところなんです、嬉しいです!」
それからアルさんはわたしにとっても嬉しいことを言ってくれる。わたしも嬉しいです、と言えばアルさんが本当ですかと返す。ああ、このキャアキャア女子トークしてる感じ楽しい。ずっと家業の手伝いに入りびたりで、あんまり女の子の友だちっていなかったから町の女の子たちとの距離もつかめず今までこういう女子トークってしたことなかったけど、こんなに楽しかったんだ。
アルさんとお友達になりたい、こんな時なんて言えばいいんだっけ。わからないけれどたぶん。
「あの、アルさん」
「はい」
「わたしと、わたしとお友達になってください!」
わたしの出した答えはたぶん正解だった。アルさんはにっこりと笑ってこう言ってくれた。
「はい、よろしくお願いします」
その後アルさんが勧めてくれたお茶請けのフロランタンの味は、友情のスパイスがきいていた。




