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「いやほんとごめん、もうマーリンのことバカにしないから、ねっ泣き止んで嬢ちゃぐえっ」


 いきなりカイルさんの声がうめき声と共にやんだ。目から出る止まらない汗をぬぐうためうつむいていたわたしは何が起きたのかわからなかった。けれど直後に聞こえてきた地を這うような低い声ですべてが理解できた。



「念のため港に顔だして良かった、なあカイル?」

「ぐえ、マーリン…」


 カイルさんの首根っこをひっつかんでぎりぎりとしめあげる駐在さんは、怖い顔をしていたけれどわたしはまったく怖くなかった。怖くはないのだけれど、安心して泣き虫なわたしは泣いてしまった。駐在さんが泣くなと言ってくれたけどその優しさにまた泣いた。


「や、やだあこわあい…」

「軽口をきく余裕があるのか、相変わらず面白いなお前は」



 そう言いつつも駐在さんの声と顔はひとつも面白そうではない。駐在さんがようやくカイルさんをはなしたのか、咳き込む声がきこえた。涙をぬぐって見てみると、カイルさんはあんな目にあったというのにまだ挑戦的な目をしていた。



「けほ、ずいぶん怒ってるね」


 それからカイルさんは駐在さんの耳元でなにかをささやいた。途端に駐在さんの稲穂色をした目が見開かれる。駐在さんが乱暴にカイルさんの胸倉をつかんだ。駐在さんは、怒っている。それから駐在さんはわたしを見た。うわ、駐在さん怖い顔。



「…アカネ」

「はいっ」

「掃除は終わったか?」

「あの、これが最後の漁船です」


 駐在さんはそうかとだけ言って目をふせた。



「じゃあそれが終わったらまっすぐ帰れ、寄り道するなよ」

「は、はい」


 わたしが返事をすると、駐在さんはカイルさんの胸倉をつかんだまま引っ張っていった。去り際のカイルさんはずっとわたしを見ていた。




 漁船の掃除はすぐに終わった。船から降りて掃除に使った道具を片付けていると声をかけられる。


「よ、掃除終わったのか」

「あ、セイくん、うん今終わったところ」



 声をかけてきたのはセイくんだった。午後の仕事も終わってそのへんをぶらぶらしていたのだろう、ずいぶんとラフな格好だ。


「あー、カイルさんには会ったのか?」

「うん、会ったよ」


 そう答えるとセイくんは、マジか…とつぶやいて片手で両目を覆った。それからすぐにその手をはなしてまたわたしを見る。


「その、大丈夫だったか?いろいろと」

「あーカイルさん、ナンパな人だよね、手とかは握られたけど大丈夫だよ」

「手…そっか、手か…やっぱりそういうことしやがる…」


 今度は片手で頭を抱えてうつむいてしまうセイくん。どうしたのだろう、さっきから私の返事ひとつひとつに落ち込んでしまって。



「変な事言われなかったか?」

「え」

「言われたんだな?」


 セイくんは顔をあげて今度はそんなことを聞いてきた。変な事、というか、あれは嫌な事。


「…カイルさんが、駐在さんのことおっさんだなんていうから」

「え」

「おっさんじゃないって言い返しちゃった」

「そっ、か」


 セイくんは数秒沈黙したあと、そうだよなと言ってくれた。



「そしたらね、駐在さんが来て」

「えっ」

「カイルさんひっぱってどっか行っちゃったんだよね」

「ああ…そっか」


 わたしがそう言うと、セイくんはどこか遠い目をしながら、かわいそうに、とつぶやいた。セイくんはさっきから百面相してるけどどうしたんだろう。


「あ、駐在さんに寄り道しないですぐ帰れって言われてたんだった」


 セイくんに駐在さんとカイルさんのことを話したら思い出した。駐在さんは掃除が終わったらまっすぐ帰れ、寄り道するなと言い残していったんだ。



「じゃあ、送る」


 するとセイくんがそんなことを言った。


「それも俺が持つし、ほらまっすぐ帰るんだろ?行くぞ」

「あ、セイくん」


 セイくんはてきぱきと掃除道具を集めて持ち上げるとさっさと歩きだしていってしまう。そんな、一人でも帰れるし掃除道具だって持てるんだけど。でもセイくんはがっちりと掃除道具を持ってしまっているし、どんどん歩いていく。セイくんの優しさは時々乱暴だ。けれど怖くはない。わたしは急いでセイくんを追いかけて、ありがとうと声をかけた。ぶっきらぼうなセイくんは、べつにとだけ言った。


 その日駐在さんが帰ってきたのはちょうど夕飯の支度が出来たころだった。








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