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掃除代行の仕事は、基本的に予約をもらってそのお宅に出向くものである。
予約は多い月もあれば少ない月もある、予定が空いてさえいれば前日にだって当日にだって仕事を承ることもある。つまり基本的に不定期だということだ。けれど月に一度、それだけは決まっている仕事というものがある。
「港に行くのか」
「あ、はい」
せっせと準備をしていると駐在さんが声をかけてきた。その顔は怖い。
「あー、あまり長居するなよ、なるべくすぐ帰ってこい」
そして駐在さんは怖い顔でそう言った。わたしはよくわからなかったけど、駐在さんの言うことならと思って、はいと返した。駐在さんは少し安心したような表情を見せてくれた。そんな駐在さんに見送られてわたしは港へと向かった。
そう、月に一度、月末には決まった仕事がある。それは漁船の掃除だ。
さすがに仕事の道具だから掃除はしていたみたいだけれど、見せてもらったらあまり行き届いているとは言えなかった。そこでわたしが定期的な掃除をすることを申し出たら、漁師さんたちは快く了承してくれたのだ。
「こんにちはー!」
「おっ嬢ちゃん来たのか!」
「よういらっしゃい!また頼むよ!」
元気よく挨拶すれば威勢のいい挨拶がそこかしこから返ってくる。このやりとりがわたしは好きだ。港に停泊している船を見ると、見たことのない船が一隻止まっていた。それは見るからに漁船ではなく、行商の船というか、あるいは軍船のようにも見える船だった。わたしが知らない船をじっと見つめていたのに気が付いたのか、漁師さんの一人が教えてくれた。
「そういや嬢ちゃんは初めてだったな、今カイルが来てるんだ、あれはあいつの船だよ」
「カイル、さん?」
そのカイルさんというのがあの船の持ち主らしい。漁船には見えないから漁師じゃないよね?何者なんだろう、カイルさんという人は。
「ああ、噂をすれば来たな、おーいカイル!」
漁師さんが手を振った方向を見てみると、ひとりの男の人が居た。漁師さんが呼んだのに気が付いたのかこちらを見た。そして手を振りかえすと、こちらに向かって歩いてくる。左右に揺れて見えるのは、あれは髪だろうか、もしかしたら長い髪の毛を束ねているのかもしれない。
「ようおっちゃん、もしかしてこの子がマーリンの?」
現れたのはニヤニヤした、ちょっと軽薄そうなお兄さんだった。
「そうだよ、いいかカイル、紹介はしてやったが手ェ出すんじゃねえぞ」
「やだな、いつ俺がそんな節操ないことしたの?」
漁師さんはカイルさんと二言三言話してから、じゃあ俺は行くよと言って立ち去ってしまった。ええと、まずはあいさつだよね。さっき言ったことからして駐在さんともお知り合いのようだし。
「初めまして、わたしアカネといいます」
「うん、おっちゃんたちからいろいろ聞いたよ、マーリンのところに世話になってんだってね」
「あ、はいそうなんです」
カイルさんはふーんと言ってやっぱりニマニマ笑う。
「大変でしょ?嬢ちゃんみたいな若い女の子があんな不器用なおっさんとなんてさ」
「いえ、駐在さんはとてもよくしてくれますから、大変なことはないですよ」
「あれ、そう?なんだ、思ったより仲良くやってんのね」
少し意外そうな顔をしたカイルさんの髪は光が当たったところが紫色に光っている。きれいだなあ、と思っているとカイルさんがわたしの手をとった。
「まあいいや、ねえ、駐在さんなんかやめて俺にしなよ」
「え?」
それから色っぽい瞳でわたしを見つめて、そんなことを言う。
「俺なら嬢ちゃんを海に連れ出せるよ、退屈もさせない、あのおっさんと違って毎日だって愛をささやこう」
「あ、あの」
「どうせ駐在さんは愛の言葉ひとつ言わないんでしょ?そういう男だからね」
「あのっ」
2度目の訴えでカイルさんはようやく、ん?と聞いてくれた。
「あの、ちょっとおっしゃってることがわからない、です」
わたしがそう訴えると、カイルさんは目をぱちくりさせた。それから眉間にしわを寄せてわたしをじろじろと見ると、急にあっという顔をした。
「ははんなるほどね、おかしいと思ったんだよね、アレが春を迎えたなんてさ、おっちゃんたちも気が早いや」
それからまたあのニマニマとした笑いを浮かべて、よくわからない独り言をつぶやく。それよりもはやく手をはなしてほしい、仕事に取り掛かれないから。
「あの、わたし仕事に取り掛からなくちゃいけないんですけど…その、手を」
「ん、あーごめんごめん」
そう言うとカイルさんはぱっと手をはなしてくれた。すかさず失礼しますと頭を下げて、走ってカイルさんからはなれた。途中で振り返ると、カイルさんはまだこちらを見ていて、わたしが振り返ったのに気が付いて手を振った。わたしは会釈だけして、一つ目の漁船へ向かうことにした。
カイルさんはちょっとだけ嫌な人だった。




