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洗ったエアコンが正常に作動し続けてひと月が経って、ここでの生活がいつ月めになりました。
エアコンの様子を見ると同時に駐在さんの許可を得て、ほかのさまざまな魔法製品も水洗いをしてみた。洗えるものと洗えないもの、洗って性能が戻るもの戻らないもの、そういったものを見分けるためだった。たとえば洗濯機や乾燥機は洗えば性能が戻ったけれど、冷蔵庫はあまり性能は戻らなかった。
さて、それとモニターの募集を行って、いくつかのご家庭でエアコンを水洗いさせてもらったのも月の半分ぐらい経った今、正常に作動している。よかったなあ、じゃあそろそろ一般向けに「魔法製品洗えます」って宣伝をしてもいいかな、と思ってわたしは今、立て看板につける張り紙を作成している。洗えますの「ます」部分を〼にしたら冷やし中華感があふれたので没にしたことは内緒だよ。
「お、書けたか」
「はい」
駐在さんが後ろから覗き込んできたので、わたしは出来上がった張り紙を持って駐在さんに見せてみる。わかりやすいな、って駐在さんが褒めてくれた。駐在さんに褒められたその張り紙はさっそく表の立て看板に張り付けた。
その立て看板の効果か、駐在さんが口コミで広めてくれた効果か、それともモニターをやってくれた家庭からの口コミ効果か。たぶんそれら全ての相乗効果というのが正しいのだと思う。魔法製品水洗いのサービスはすぐに広まっていった。いくつかのご家庭から水洗いを頼まれ、水洗いと乾燥に忙しい毎日が続いた。それは端的に言えば、順調だった。だからわたしはそれに浮かれて、忍び寄る陰に気が付きもしなかったのだ。
均衡が崩れたのはその月の終わりが近づいた日だった。
「マーーーーーーーーーーリンーーーーーーーーーーーーー!!!!!!どういうつもりだこれは!!!!!!!!」
「ひえっ!?」
それは大きな怒声と共に現れてとても乱暴に交番の床を踏み鳴らした。おかげでわたしの心臓は跳ね上がって、今もまだどきどきしている。駐在さんに詰め寄って怒声を飛ばし続けるその人は脇に立て看板を抱えているようだった。あれは、表に置いてあった魔法製品洗いますの立て看板。
突然、真っ黒なローブに身を包んだその人がこちらを見た。フードからのぞいた鋭い目つきは最初驚いたように見開かれたけれどすぐにまた睨み付けるような目つきに変わった。あんなに大声を出したせいか顔が赤い。ひっ、真っ黒なローブがこちらに向かってくる。
バン、と目の前のカウンターが乱暴に叩かれた。
「お前か」
「ひえっなにが、なにがですか」
いやだ、このひとこわい。
「買い替えに来る客が急に減ったと思って客の会話を聞いてみたら、どうやら魔法製品を洗うなんてふざけたサービスが流行ってんだってな?おかげで今月の売り上げががた落ちだ、どうしてくれんだ、アア?」
「ご、ごめんな、さ」
こわくてなにしゃべってるかわかんない。どうしよう。
「て、オイそんな、この世の終わりみたいな顔して、げっ、な、泣くなよ」
「こら、お前の言い分は分かるが、あんまりこいつを怖がらせるな」
「は!?怖がらせてねーよ!」
「相手はいたいけな少女だ、お前は顔と口調が怖いんだからその辺ちゃんと自覚しろ」
「お前に顔が怖いとか言われたくねーんだけど」
駐在さんと黒いローブの人とのやりとりを見ていると少しずつ落ち着いてきた。黒いローブの人は駐在さんよりも小さくて、いやそれはたぶん駐在さんが大きいのだけれど、目つきが鋭いという駐在さんとはまた違うジャンルの怖い顔だった。
「駐在さん」
「ん、落ち着いたか」
わたしの隣に立っている駐在さんに声をかけると、駐在さんはこちらに気づいてくれた。黒いローブの人もあの鋭い目つきでこちらを見た。ひっこわい。
「アカネ、こいつは丘の上に住んでる魔法技師のセラ・ワイキーだ、顔は怖いが悪い奴じゃない」
「だからてめー人の事言えた顔してんのかよ」
「口も悪いが、まあ悪い奴じゃない、文句を言いに来た相手が思いがけずいたいけな少女だったから戸惑っていつもより口が悪くなってるだけだ、気にするな」
「マーリンてめえ!!!!!!!」
「あと口だけで手は出さないから安心しろ」
黒いローブの人、もといセラさんはぐぎぎと歯を食いしばって駐在さんを睨み付けている。興奮したせいかやはり顔が赤い。
「さあアカネ、落ち着いたか?」
「は、はい」
「よし、だったらこいつの話を落ち着いて聞いてみろ、セラお前も座れ、口調には気を付けろよ」
「わかったよ」
駐在さんに促されセラさんは駐在さんを睨み付けることをやめて、カウンターにある椅子へどかっと腰かけた。そしてフードをとった。
フードの中から現れたのは、秋の紅葉のように真っ赤な髪の毛だった。




