知らないメールアドレス
「別れましょう」
一通のメールに書かれていたのは、その一言だけだった。
「問題は、俺に彼女が居ないことなんだ」
「別れる相手が居なかったわけですね」
とあるカフェの禁煙席。奥に座る女性が指定した席だったが、甲斐 哲人は喫煙者では無かったので、手元のアイスコーヒーで事足りていた。
女性は、「心理アドバイザー」の肩書を持つ幼なじみ、桐田 イノコ。一人っ子の甲斐にとっては姉のような存在である。普段話すときはこんな他人行儀な敬語では無いはずだったが、依頼を引き受けるから、ということなので、今だけイノコは甲斐に対して敬語で話していた。
「アドレスに心当たりは」
「無いんだよ。携帯から発信されているみたいだけど……」
「スパムでは無いみたいですね」
アドレスは任意に設定した文字らしく、数字三桁と、アルファベット三つで出来ていた。
「ちょっと見せて」
「どうぞ」
甲斐は自分のa Phoneをイノコに渡す。画面の送信者欄には、特定の人物の名前ではなく、b**k*d@a-phone.nejpとだけ書かれていた。
「22**55*4ね」
「え?」
「電話番号ですよ。フューチャーフォンでは文字盤に書かれてるでしょ」
そう言って、イノコは自分の携帯電話を取り出した。甲斐のスマートフォンと違い、画面と文字キーに分かれている。
「bは2を二回、kは5を二回。dは4を一度押せばいいだけ。ほら、あとは頭に0*0を足すだけじゃない」
「そんな阿呆な」
と言いつつも、甲斐はイノコの言葉にしっくり来ていた。しかし、この番号にかけたところで、何になるのだろう。アドレス間違ってますと伝えるべきか?
「で、この番号、アドレス帳に居ないんですか」
「あ、見てみる」
1分後。見つかった。予想外の人物だった。
「ありがとう、これは、見なかったことにしておくよ」
「そう……あなたが決めたことなら、いいんじゃないですか」
メッセージしか使わないけど、家族のアドレスは、ちゃんと登録しておこう。甲斐は、そう思った。