のっぺらぼう
ある小さな村に、それはそれは美しい娘がいた。
寂れた農村などにいてはもったいないほどの、美女であった。
どんな男も娘に恋焦がれ、嫁にもらいたい、と思ったほどだ。
だが、娘はそれらの話を全て断っていた。
何故なら、娘には既に恋焦がれた男がいたからである。
それは、村の男ではなければ、遠路遥々娘の噂をきいて求婚してきた貴族でもな
い。
偶然村に滞在していた……ただの、旅人だった。
旅人には何もなかった。
金もなければ、家族もない。
家もなければ、着る物とて、満足に持っていなかった。
それゆえの、薄汚れた姿だった。
それゆえの、旅人だった。
居場所のない彼は、ただ行く宛てもなく各地を放浪するのが好きなのだという。
娘には想像もつかなかったが、それゆえに、惹かれるものがあった。
はじめは、彼の旅について惹かれていたのだろう。
くりかえし話を聞いているうちに、彼自身に惹かれるようになっていた。
その時、娘はうまれて初めて、恋をした。
この旅人とならば、どこまでも一緒にいたい。
そう、思えるほどに、旅人に恋焦がれていた。
だが、周囲はそんな娘の初恋を、許しはしなかった。
旅人が村を去る日が刻々と近づく中、娘は旅人を呼び出し、想いを告白した。
「わたくしは、あなたさまが好きです。どうかわたくしを、あなたさまの旅へ連れて行ってください」
娘の言葉に、旅人は驚いた。
この村に滞在している間、なんども娘に旅の話を聞かせた。
なんども、娘の周囲の男たちから、娘に近づくな、と言われた。
誰もが一目見るだけで、高嶺の花だと。
触れてはいけないと思うほどの美しさをもつこの娘が、こんな醜い自分を好いていてくれたのだと。
一種の感動すらした。
「わたしの旅に、終わりはありません。どこか一つに留まることはない。常に困難ばかりです。いえ、困難しかないといっても間違いではない。……それでも、わたしと共にいたいと、そう願ってくれるのですか?」
おずおずと、旅人が問いかける。
旅人も、娘に恋焦がれていたのだ。
娘は微笑み、応えた。
「もちろんでございます。どのような困難な旅でも……あなたさまと一緒なら、それはそれは素敵な旅となりましょう。どうか、わたくしを永遠に、あなたさまの旅の共とさせてくださいませ」
娘は幸せだった。
生まれてはじめての恋が、こうして実ったのだから。
だが。
初恋とは実らぬもの、と、相場が決まっていることを、娘は知らなかった。
「そんな、そんな……っ」
娘は静かに泣き崩れていた。
旅人と共に村を出る約束をしてら、まだ一日も経っていなかった。
それなのに。それなのに……
「どうして……どうして、わたくしを置いていかれたのですか……っ!?」
そう。
次の朝、旅人の姿はもう、村にはなかったのである。
旅人が泊まっていた家の話では、まだ日も昇らぬ間に、村を出てしまったのだという。
共に行くと、約束したのに。
永遠に一緒だと、約束、したのに。
娘は泣いた。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて……
一生分の涙を流してしまうのではないか、と思われてしまうほど、泣き続けた。
泣き続けて、もう何ヶ月経ったろう。
食事も抜きに、娘は泣き続け、その泣き声は昼夜問わずに村中に響いていた。
が、ある日。
ぴたり、と唐突に、声が止んだ。
村人たちはようやく娘が泣き止んだと思い、声をかけようと、揃って娘の家へ訪れた。
だが、娘の家にいたのは……
「ひぃ、バケモノ!!!」
その姿を見て、誰かが叫ぶ。
娘の家には、変り果てた娘の両親の姿。
そして、顔のないバケモノがいた。
旅人がいなくなり、悲しみに泣き続けた娘は、自身の涙で自分の自慢であった美しい顔を溶かし、失ってしまったのだ。
顔を失った娘は一人旅に出た愛しい旅人を探し、今もどこかを彷徨っているのだという。
その旅人が娘の心を射止められなかった男たちによって、嫉妬で殺されてしまったことも、知らずに。




