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Aria War  作者: シアドナ
9/10

09:Aria War S

 午後十時、部室を飛び出してから4時間後、私はいつもの公園にいた。

 目の前には百名を超える田町組の戦闘員が各々の武器を持ち、ずらりと並んでいる。その反対側には少女である。さながら映画かドラマのワンシーンの撮影としか思えない異様な風景である。

 私は充血した目を拭い、敵を睨みつける。

「こんばんは、審判を勤めます。ボランティア部(雑務部) 雑賀瞬子 と申します。こちらが貸し出し装備となります。点検はしておりますが、不都合な点がありましたらお申し付けください。」

 美樹は顔を上げ、運ばれてきたキャリーケースからリボルバー式の拳銃をポケットに突っ込み、サブマシンガンを手に取る。ペイント弾の装填を確認し、試射を行い整備が行き届いていることを確認する。

「本日はお一人ですか?他の皆様は・・」

「一人です。問題でもありますか?」

「いえ、ただ、無謀かと思いまして。」

 雑賀は対戦相手を一瞥し、視線を美樹に戻す。

「今回の説明をお願いします。」

「少々、お待ちを・・・相手の人数と登録の照会中です。」


「木町の若旦那。相手は一人しかいない様子だが・・・」

  木町の若旦那と言われたアロハシャツにグラサンをかけた男が、すぐさま近寄り相手が指した方向を確認する。

「すいやせん。田町の親父さん。俺らがやった時は確かに4人いたんですが・・・田町組にビビって逃げ出したんではないかと・・・」

「そうか。確かにこんだけの兵隊いりゃぁ逃げたくもなるわな。」

 田町組組長は白髪の目立つ角刈りの髪をかきながら隣の男に問いかける。

「鬼殺しの先生、あんたはどう見るね?」

 用心棒は少女を一瞥すると「我の出番では御座らん」と言ってそれ以降喋らなくなる。

「そうか。それでは・・・ 木町の若旦那に任せるとするか。あんたもやられっぱなしでは終われんだろう。」

「有難う御座います。ご配慮痛み入ります。」

「うちの若いもんも自由に使ってかまわない。ただし、なんとしても勝て。」

「承知しております。」


「照会完了です。ルールの確認を開始しますが宜しいですか?」

「大丈夫。」

「では説明を始めさせて頂きます。Aria War スペシャルエリア制圧形式戦です。参加者全員が強制参加となっております。ご了承ください。また、リタイア・途中離脱を行なった場合でもゲームは続行されます。人数は定員上限なし。最低参加人数1人、制限時間は開始コールより二時間、私物の道具は持込可能です。使用制限はありません。エリア領域はこの公園一帯半径100メートル程度とします。公園の二箇所の入り口がスタート地点となり各双方の拠点とし、被弾した際は一度、拠点に戻り、拠点に設置してある。ペイント落とし用のスプレーでペイントを落とせた時点で再出撃可能となります。ペイントを落としきる前に全員が被弾しましても敗北にはなりません。ご注意ください。敵全ての戦闘不能、もしくは無被弾状態で時間切れまで立っていられた者の数が多い陣営の勝利となります。勝利条件は特別ルールの為、使用不可となります。宜しいですね?」

「ええ、かまわないわ」

「再度確認します。本当に宜しいのですか?」

「ええ、かまわないわ」

 美樹は同じ言葉を繰り返し、強面の男達を見据える。

「わかりました。では準備完了の宣言を行ないます。開始の宣言で行動開始してください。」

 雑賀が手を挙げると同時に相手の審判も手を挙げる。審判同士のお互いの確認が済むと。双方の手が振り下ろす。


「エリアウォー スペシャルエリア制圧形式戦 開始!」


「うぉぉぉぉーーーー!」

 怒号と共に数十人の男達が美樹へと殺到する。美樹はその場でサブマシンガンをフルオートで乱射し、多数の男が被弾するが男達が引くはずはない。美樹はサブマシンガンのカートリッジを入れ替えるのを諦め、男達にブン投げる。先頭を猛ダッシュしていたチンピラの顔面に直撃し、周囲の仲間を巻き込み転倒する。それを踏み越えて男達は前進してくる。

 美樹にはどうすることも出来ない。逃げることも反撃することも多勢に無勢物量に手数、圧倒的に違いすぎる。彼女の本能は逃避の決断を迫ったが受理される事はなかった。男達との距離が数メートルにまで迫るとバイクの爆音が美樹の真横を通過した思うと、無理矢理3人乗りしたバイクは一瞬で男達との距離を詰め、勢い余って男達を数人轢きスピンしながら停止する。停止と同時に後部座席に乗っていた二人が飛び降り、男達と戦闘を開始する。

「歴史研究調査部・部長の月夜 天!天体観測部に加勢するぜ!文句はねぇよな!?」

 そう言って金髪短髪の野性味あふれる女はメリケンサックを装備し、手近にいた一人を殴り倒す。バイクの運転をしていた月夜 海もヘルメットを取り、器用に車体を操りながら男達へ飛び掛る。飛び降りたもう一人は美樹に駆け寄り美樹の頭を巨大な扇子でぶん殴った。

「阿呆か!」

 美樹は呆然としており状況が理解できていない様である。俺は美樹の手を引き全力で後退する。入れ違いに公園に入って来た、橙色の布地に金糸で桜が咲き乱れる浜辺が刺繍された着物をまとった乱舞が俺から扇子を受け取り、その勢いのまま天が暴れている周辺に加勢する。

「援護します!後退して体勢を立て直してください!」

 森本がアサルトライフル二丁を片手に持ち、二方向を同時射撃しながら叫ぶ。銃弾はペイント弾ではなくプラスチック弾。俗に言うBB弾である。左右からの追撃を完全に退けると、俺は状況を理解できていない美樹の手を引き公園から一時撤退した。


 時間は美樹が部室を飛び出すまでさかのぼる。俺は呆然とし状況の整理をするので精一杯であり、他の部員達も自分なりの解釈、納得の仕方を求めて視線を彷徨わせている。

「フッ・・・考えても仕方のないことだな・・・。」

 乱舞は諦めた表情を浮かべ

「私はこれで失礼するぞ。ここにいてももう意味はないからな。」

「ちょ、ちょっと待って下さい。き、霧島さん。い、言ってたじゃないですか!友達の病気の為にやってるって!なら私達にもなにか出来ることがあるのではないでしょうか?」

「仲間を頼れない奴に付き合う気はない。それに我々自身に起きている事態に隠し事をする奴は信用できない。」

「し、信用とか、信頼とか・・それが出来なければ友達や仲間ではいられないのでしょうか!?」

「・・・」

「霧島さんはきっと・・・私達を色々な危険から守りたかったんだと思います!だって・・・現に霧島さんは・・・次のAria War に対する情報をまったく私達に伝えてないじゃないですか!」

「情報を隠してるだけだろう。そうやって我々をいい様に使う為に・・・」

「違います!だったら日程を調節するようにすぐに教えてくれるはずです!だって、だって・・今日かも知れないんですよ!?Aria War Sの戦いは!」

「「!」」

「どういうことなんだ!?」

「考えてみてください。なぜ霧島さんがAria Warをやっていたのか・・・お友達の手術の為ですよね!?それで手術は来月って言ってましたから・・今月はもう今日しかないんですよ!?7月1日2日は土日で病院はやっていませんが手術が前から予定されているのであれば、よっぽどの事がなければ中止にはなりませんよね?なら・・・」

「今日が手術費用捻出のタイムリミット!?」

 俺は愕然とする。

「そうです!そうなんですよ!」

「ならなぜ部長は我々にその事を話さないのだ!?」

「えっと・・・それは・・・きっと私達を巻き込みたくなかったのではないでしょうか?」

 乱舞は唸り、俺は頭が真っ白になり後で考えれば失言以外の何者でもない言葉を気づくと口に出していた。

「俺は行くぜ。」

「なぜそうなる!?」

 乱舞は訳が分からないという表情をし、森本も俺の発言に注視する。

「あいつは本当の阿呆だからな。誰かが言って教えてやらないとな。それに仲間をほっとけないだろ?」

「利用されていたのだぞ!?」

「本当に利用されていたのか?少なくとも俺は事態に流され、自分の意思で利用され参加していたがな。まあ、もちろん迷惑だとは思っていたけど、そんなのは言わなけりゃあの阿呆には伝わらないわけだがな。」

「でもどうやって行くのですか?霧島さんは元々話す気がなかったみたいですし・・・それに・・」

 森本が”会場が一緒とは限らない”と言おうとして突発的事態が天観部室を襲った。

「聞かせてもらったぞ!少年!」

 窓ガラスが勢い良くスライドし、慣性の強烈な法則に耐え切れず窓枠はあさっての方向に飛んで行き、地面に激突してガラスが粉々に砕ける。

「おっと、ここのガラスは脆いな。」

 そして天観部室入り口から窓からの闖入者に対し声が掛けられる。

「いえ、姉さんが力加減を間違えただけです。」

 まさに後門の虎と前門の狼がごとく堂々とそこに歴史研究調査部・部長の月夜 天と妹の海が立っていたのである。

「なんでお前達がここに?」

 乱舞の最もな疑問に海が答える。

「こちらとしてもAria War Sに用事がありまして、その御相談に伺った訳です。嗚呼、ご心配なく目的は『お金』ではありません。」

 天観部員達の表情を察してか、海は部室の扉を閉め、部室に入ると躊躇することなく窓際付近にあるホワイトボードを動かし少しお借りしますと言った。

「我々、歴史研究調査部は現在、天野寺というお寺に眠っている郷土遺跡の発掘調査権をめぐりお寺と争議中であります。お寺としては、さっさと発掘場所をアスファルトの駐車場にしてしまいたいらしく、建設業者と結託し、強引なやり口で建設を進めています。我々、歴史研究調査部としては、本校と繋がりのある朝霧学園付属大学、郷土歴史研究会と連携をとり共同で郷土遺跡の重要性を訴え裁判所に建設差し押さえ命令を出すように申請中ですが、お寺からは来月から工事を強行すると発表がありました。そこで建設業者を調べてみると田町組とのつながりが強くあり、組の支援を受けて強攻策を進めていると言うことが分かりました。」

 海はそこで一息つくと視線を天に向け結論を促す。

「そこでだ。我が歴史研究調査部はAria War Sで田町組に勝利し、建設業者への支援を打ち切らせ、ついでに支配権の強権を発動させ寺側を黙らせ、平和的に発掘を行なうことを認めさせる。これが我々の目的だ。」

 全然、平和的でない様な気がする内容に俺は呆れつつ

「あんた達の目的と俺達の目的が一致することは分かったが・・・実際にどうする?」

 海は神妙に頷き

「僭越ながら我々の方である程度案を練らせて頂きました。多少変更を余儀なくされますが・・・そこは私がどうにかします。順を追って説明します。先程、森本様から説明があったように、Aria War Sの開催はおそらく本日でしょう。詳細な時間や場所については雑務部・諜報部に調べていただきます。また、今までの武器では実用性に欠け、反撃を行なえませんので、歴史研究調査部と友好のある科学部を召集し必要な武器を整えます。雑務部に田町組の戦力分析要請を申請し戦術を練りつつ、諜報部より作戦参謀を招集、補給・後方支援・情報戦のバックアップを行なって貰います。その間に我々は出来るなら霧島様を探し出し、より良い状況を整えておく必要性がありますが・・・・。」

「それは望み薄か?」

 海は乱舞に視線を走らせ頷く。

「なんだかとんでもないことになったな。あの阿呆のおかげで。」

 まあ、そんなやり取りがあった後、結局美樹は見つけられなかったし、科学部の変人達から人体実験や試薬を飲まされ散々な目に会ったのは、言うまでもなく。本当に歴史研究調査部はロクでもない部活の証明を垣間見た後、有能な諜報部の情報により俺達はギリギリでAria War Sに突入したのである。


 俺と美樹が公園を出るとそこには運動会で使用するテントが設置され机や機材が運び込まれていた。作業している男二人が俺に気づき近寄ってくる。

「「なんとか間に合ってよかったね。」」

 顔がまったく同じ男二人は同時に言う。きょとんとしている美樹に俺が説明する。

「科学部の滝沢さんだよ。歴史研究調査部の月夜さんの紹介で今回武器を提供してくれてる。」

「どうも。滝沢一ハジメです。兄です。」

「どうも。滝沢創ハジメです。弟です。」

 息をぴったりと合わせて紹介しているので阿呆の美樹は更に混乱する。

「え?ええ!?」

「「失礼。双子なモノで。」」

 美樹が更に混乱する前に俺は彼らから今回の装備受け取り、問答無用で美樹に装着していく。

「では、私、一が説明します。この細長い円錐形の耳にかけるタイプのイヤホンは多目的通信機で、無線の送受信、電波・GPSによる位置特定、専用コードを使用することで電話等を可能にする装備です。もちろん、その他の機能も充実していますよ!万歩計にラジオ、音楽プレイヤー、音声電卓、会議用高性能レコーダー、などなどすばらしい機能があります!」

嬉しそうに語る一に創が続く。

「それだけではありません!多少のジャミング、まあ、電波妨害にも対応できるように周波数帯をランダムに変更し、事前に専用ネットワークを構築させることにより半自動的に通信中継・登録機器の自動検出なども行なってくれるスバラシィ多目的通信機なのです!」

 俺が美樹に通信機をセットし、通信が出来るのを確認すると滝沢兄弟は美樹に装備を手渡す。

「こちらの菱形の盾はニューセラミックと高密度チタン繊維を多重構造で構築した軽盾だ。とっても軽いが小型のロケットランチャーが直撃しても貫通しない代物でとっても高価だ。こっちのエアガンは科学部完全オリジナルの科学部滝沢銃3号。まあ、詳しい説明を省くとただのサブマシンガンだ。使い方は従来のエアガンと変わらない。」

 美樹はそれを受け取るすばやく公園へと駆け出そうとして俺が引き止める。

「ちょっと待て!」

 美樹は険しい表情で俺を睨む。

「焦る気持ちはわかるが、少しは俺の話も聞け!」

 美樹は無言で頷き俺は少し間を置いて話し始める。

「今回、お前がやったことはとてつもない大事件だ。そして、俺達を最後の最後で信用しなかったのはお前の過ちだ。分かるよな?」

 美樹は真剣に頷く。

「よし。俺達は聞くまでもなく天観部員の仲間であり友達だ。友達を助けてやるのは当然であり悩み事は相談する為にある。ここまではいいよな?」

 美樹は躊躇いながら頷く。俺はたっぷり時間を置いてから

「なら、俺達はお前の友達助ける為に全力を尽くす。」

「でも!危険なんだよ!?怪我だけじゃ済まないかもしれないんだよ!?」

「だったら・・なおさら一人でやらせる分けにはいかないだろ。俺達は・・・仲間だろ?」

 美樹は言葉に詰まった。否定すると言うことは美樹が俺の話に頷いた事を全て否定する。と言うことを海から教わっていた俺は自信満々に言い放った。

「お前は俺達を裏切った。でも俺はお前を信頼し続け、今一緒に戦おうとしている。よって俺とお前は仲間だ。それ以上もそれ以下も存在しない。よって議論の余地もない。」

 美樹は分けが分からないと言う表情で俺を見つめている。俺は微笑み美樹の背中を叩く。美樹は我に返ると俺と共に公園の狂宴に駆け出した。

 

 公園はまさに地獄絵図と化していた。怒号と悲鳴、流血が飛び交い叩きのめされた男達が所々に転がっているが、誰も介抱しようとはしない。海は手近にいた男の鳩尾を拳銃で強打し怯んだ所へ容赦なくアルミ弾を撃ち込む。男はたまらず悲鳴をあげ地面にうずくまる。それを見た数人の男達が海を囲み襲い掛かるが、俺と美樹の突撃を受けてあっけなく後退を開始する。後退していく男達の両足を海は射撃しながら俺に声をかける。

「うまく説得できましたか?」

「ああ、時間稼ぎ助かった。」

 美樹は神妙な顔をしながら

「ごめんなさい。」

「謝る相手は私ではありません。」

「でも・・・」

「これ以上私に喋らせるのは無粋と言うもの。そんな時間があれば彼らを助ける方が何倍も賢明です。」

 海は話は終わったと言わんばかりに、姉の天に向けて駆け出す。残された俺達は顔を見合わせ森本と乱舞の援護に回った。


 高島伸行は病室の扉を押し開けた。とっくに面会時間は過ぎているが、事情を知っている警備のおっさんと看護士のお姉さんが見逃してくれた。彼女はベットの上で上半身を起こし手紙を読んでいたが高島に気がつくと嬉しそうに微笑んだ。伸行は微笑みながら彼女のベットサイドに付随している椅子に腰掛ける。

「こんばんは。よく来られたわね。」

「手術は明日だからね。特別に許可してくれた。体調は大丈夫?」

「うん。体調は平気、発作も数日ないから・・・」

 伸行は彼女の表情に不安と影があるのを見て胸を締め付けられる思いに駆られる。何度も味わってきたこの感覚も少なくとも48時間後には終止符が打たれるだろう。

「そっか。それは良かった。ところで手術前に俺ができることはある?」

 彼女はしばらく考えて

「エルメスのバッグにルイ・ヴィトンのお財布、ああ、流行の服も欲しいかな?」

「うーん。正直無理だな。」

 彼女は笑い伸行も微笑む。

「それじゃ・・・手術後にあなたの顔が見たい。っていうので許してあげる。」

「分かった。明日は朝一番に来るよ。そして、しるくが目覚めるまでここにいるとしようか。」

「学校は?」

「生牡蠣が当たった事にする。ここは幸い病院だしな。」

 しるくは笑いながら

「それ今年、何回目の生牡蠣?」

「多分12回目」

 二人はしばし笑い合い、しるくが質問した。

「Aria War って知ってる?私の知り合いがやっているみたいなんだけど。」

 伸行の脳裏に美樹の顔が浮かんだが今頃、天観部員によってAria War は中止されているだろうな。などと思いながら

「知ってる。あまりオススメできる遊びじゃないな。」

「そうなんだ。危険な遊びなの?」

「いや、遊びでやる程度ならいいんだけどな。お金がかかるととてつもなく危険になるゲームだ。」

 しるくの顔が強張り問い詰める口調になった。

「それは大怪我をする可能性があるってこと?」

「そうだな。命の危険だってあるゲームだって聞いている。実際に俺はやったことないけど、友人の話ではかなり危ない話だった。」

「それをやる場所は?」

 伸行は眉間に皺を寄せ少し考えてから

「最近はうちの学校の近くにある公園だった。ただ毎回場所は違う可能性もある。」

 しるくは突然、伸行の両肩を掴むと

「私をその公園へ連れてって!」

 悲鳴じみた彼女の声に伸行は呆然としながら封筒を見た。

『差出人 キリシマ ミキ 』

 そして、手紙には

『私はオカミさんの為に絶対Aria War Sで勝ちます。』

 伸行は自分の甘さを痛感し同時に親友が彼女を説得している事を願ったが、それは三十分後に裏切られる結果となった。


 「若!」

  木町組の若旦那こと、アロハシャツは苦虫を噛み潰した様な表情のまま、一番長く仕えている部下を振り返った。

「若!あいつら何者なんですか!?うちの戦闘員がまったく歯が立たないなんて!」

「分かってる!でもやるしかねぇんだ!でなけりゃ俺達が田町組から殺されちまう!」

 アロハシャツは振り返り暴れている天観陣営の面子を睨む。前回はたった4人と一匹だったのが、今回の相手は総勢20名近くいる。メインで戦っているのは6人だが、後方からの精密狙撃や公園外周に展開している防衛要員などが脇を固めている。とはいえ田町組は総勢170名近い戦闘員をかき集めているのである。この状況で焦らない方がおかしい。なぜなら兵力比が8倍に相当する際、いかなる手段を講じようと壊滅してしまう。それは仕方のない事実であり歴史的証明であるが、その反例が今この場で起きているのが異常であった。

「若!外周に送った奴らが全滅しました。一人も起き上がれません!今、5人ほど向かわせましたが・・・」

「放っておけ!外周は無意味だ。中央から奴らを追い出せば勝ちなんだからな!」

「し、しかし、負傷者の回収が・・・・」

「回収!?そんなのは後にどうにでもなる。まずは奴らを排除しねぇとどうにもならねぇんだよ。」

 そんなやり取りをやっていると天観陣営から一人、木町組に猛然と突撃してくる。

「俺がやる!お前達は下がって野郎どもの指揮を執れ!」

 橙色の布地に金糸で桜が咲き乱れる浜辺が刺繍された着物をまとった乱舞にアロハシャツは殴りかかるが、前回とは比較にならない速さで避けられ一瞬躊躇し、バックステップで距離を取る。乱舞も同様に距離を取って睨みあう。

「おい。小僧。俺達の仲間にならないか?」

 乱舞は凛とした瞳で応じる。

「仲間?倒れた仲間を助けに行かない奴が”仲間”を語るか?」

「小罪は大義によって隠される。俺達は勝たなきゃなんねぇし、使えない部下を助けれるほど余裕はないんでな。」

「フッ。そうだ。その通りだ。大きな目的の為には小さい罪は許されるだが・・・小さな悪はより大きな正義を駆逐する。」

「倒れた仲間を救わないことが悪だとでも?」

 アロハは青臭いことをと言った表情で乱舞を睨む。

乱舞はアロハシャツを見据えたまま

「倒れた仲間を助けないのは勝利と言う目的の為の小事、しかし、目的の為に倒れた仲間を”使えない”と評すのは小悪だ。」

 アロハは鼻を鳴らし、

「そして、お前は断るわけだな。」

「当然だ。」

「なら・・・お前をぶちのめす十分な理由ができたぜ。覚悟しな。」

「そちらこそ覚悟しろ。私は今”怒り”を感じている。」

 二人は同時に駆け出し公園のほぼ中央で激突する。


 メガネの位置を修正しながら森本栞は、刻々と変化する周囲の状況を瞬時に記憶し、同時に相手の行動パターンを予測、的確に反撃を加える。科学部から借りたアサルトライフルで男の腹を横薙ぎに叩き込み、そのまま男の顎を打つ。

「くぅ・・・」

 男のくぐもった声が聞こえるが、男はそれに構わず森本を捕らえようと肩を掴む。男を退けるには森本の筋力では圧倒的に力不足。肩を掴まれた森本はそれ以上反撃できず身をよじって男の手から逃れようともがく。

 ガッ

 一瞬視界が暗くなり、視界がぼやける。一体何が起きたのか分からないまま、再度頭に衝撃が伝わる。ぼやけた視界で、なんとか目の前の男が頭突きを見舞ったのが理解できたが、遠のいた意識は四肢から逃げ切る力を一瞬で奪う。男はトドメとばかりに最後の一撃を森本に向けて叩き込む。

「しおりん!」

 美樹が森本との間に割って入り盾で男の額を強打すると、男は強烈に仰け反り美樹のゼロ距離射撃によって男は地面に倒れこむ。

「森本!大丈夫か!?」

 森本は額から細く血を流しながら定まらない視線で二人を見る。

「仲直りできたんですね・・・良かった・・・・」

 森本はそう言うと俺に体重を預け気絶した。

「しおりん・・・ごめんね・・・。」

『この多忙時に感傷に浸る贅沢をしている暇はないぞ。霧島女史。これは君が招いた事態なのだからな。』

 その声はヘッドホンを通じて俺にも聞こえ俺が返信する。

「漆原先輩!通信が出来るようになったんですね。」

『ああ、仮設本部で通信ネットワークの構築が終わった所だ。これから君達をナビゲートできる。』

「ありがとうございます!」

『君は森本女史を連れて下がれ、援護には海を回す。霧島女史は天先輩を援護してくれ、戦力の大半を抑えているのは天先輩だからな。』

「「了解」」

 二人はアイコンタクトをとるとお互いの成すべき事をする為に離れていく。

「本当に・・・ありがとう・・・」

 美樹の言葉は周囲の阿鼻叫喚によって掻き消された。


 「組長!」

 田町組組長は公園の戦いを冷静な目で見つめながら聞いた。

「も、もう無理です!純粋な兵隊は重傷者多数で、構成員の血の気の多いだけの連中では対処できやせん。」

 悲鳴じみた男の言葉に組長はギロリと睨みを効かせ、渋みと威厳の篭った声で

「アレはいくつある。」

 男は狼狽し

「あ、アレを使うんですかい!?」

「お前はアレなしであいつらを止めれるか?」

 組長が指差す方向には、二十人近くを叩きのめしてもなお、瞳を輝かせ鬼神がごとく、構成員を屠る女の姿があった。

「わ、分かりやした。今直ぐ使えるのが3つあります!」

「では使え。それとワシは先生に頼みにいくとする。」

 

 「オラオラ!かかって来いよ!」

 少し時代遅れのチンピラのような発言をしながら月夜 天は霧島美樹に背中を預け、殴りかかってきた男達を片っ端からぶちのめしている。その勢いは最早止まる所を知らず、瞳の輝きはより一層強くなる。

『天先輩。あまり突っ込まないで下さい。援護する方が大変です。』

「うっせぇ!黙ってろ。」

 そう言って天は通信を切ってしまう。今度は美樹に

『下がるように言ってくれ。このままでは戦線を維持できない。相手の方が数は圧倒している。補給も十分ではない。』

 美樹はすばやく天先輩の背中を合わせると

「天先輩。一度下がって敵を引き込みましょう。」

 大声で敵も聞こえるように作戦をばらしているが、天が通信を閉ざしているので仕方がない。天は美樹を一瞥するとつまらなそうに

「仕方ねぇな。後輩の頼みとあっちゃぁな。」

 そう言って下がろうとした瞬間だった。

 パァン

 乾いた破裂音と共に鮮血が空中を舞う。美樹は何が起こったか理解できず血が地面に着地し、ゆっくりと月夜 天を見る。腕に赤い点、そこから流血している。そこまでたっぷり時間を掛けて確認し叫んだ。

「本部!聞こえますか!?天先輩に銃創、戦闘継続不可能。至急応援願います!」

 それを聞いた本部からの緊張が伝わる。

『霧島女史!相手は本物の銃を使っているのか!?エアガンではなく!?』

 パァン

「ッ!」

 銃声と天の呻きを聞いて漆原は現状を瞬時に理解し、無線を全回線に向けて叫んだ。

《全戦闘員に告ぐ!最前線の天と霧島を全力で援護しろ!相手は本物の銃を使用している可能性がある!観測員は銃の保持者を大至急割り出せ!》

 美樹は天の前に出ようとして制止され、地面を見るといつの間にか足元には小さな血の水溜りが出来ている。それでも引こうとしないのは美樹を銃の射線からかばっているからである。美樹はすばやく天の傷を確認すると右腕と右足を撃たれている。これではガードはおろか歩くことも難しい。男達は自分達の優位を悟り二人を包囲している。天の前には銃を持った男がニタニタ笑いながら

「さすがにこれはお前にも効くみてぇだな。」

 天は苦々しく男を睨みつける。

「おお、怖。だがこれで終わりだ。お前達は俺達に関わりすぎた。」

 そう言って引き金を絞る。もちろん狙いは天の額である。

「あばよ。」

 そう言った瞬間、

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 俺の雄たけびと共に男は真横から突撃してきた台車によって轢かれ横転する。同時に射線がズレ、天のコメカミをかすめた銃弾は、あさっての方向に飛んでいく。天のコメカミからは血が滝のように流れるが天は動じない。同時に後方から海がバイクで男達を轢き天の盾になるように、停車すると美樹が天の体をバイクに乗せる。海と美樹はアイコンタクトを一度だけとり、バイクは全力で来た道を戻っていく。追撃をする者は諜報部から派遣された狙撃者の集中砲火によりあえなく撃退される。


 俺は銃を持っている男に台車を突っ込んだ後、全力で美樹の方に向かって逃げた。本物の銃など冗談でも向けられたくはない。海がバイクで逃げた後を追う様に逃げるつもりだったが、美樹と合流した時には、道はすでに閉ざされ、十戒でファラオの大軍に追われたモーゼが紅海で阻まれた時の気持ちが良く理解できたが、映画の様に人の海は割れる気配はまったくなく、むしろ迫ってきている。先程、台車で引き倒した男が銃を持って立ち上がり、躊躇なく引き金を引いた。


 打撃と打撃の応報。その闘いはそれ以上の評価を必要としない。乱舞は巨大な扇子を握り締め、アロハシャツも我流の構えを取る。お互い何十回と打撃を見舞いお互い疲弊している。そして、お互いが理解している次が最後であることを・・・

「小僧。久々に俺は本気をださなきゃなんねぇみたいだ。」

「フッ。今までが本気じゃなかったみたいに聞こえるな。」

「ああ、もちろン、本気だったさ。でもな。」

「「切り札はは最後まで取っておく」」

 アロハシャツは眼を丸くし、

「お互い同じ主義ってわけか。」

「お前と同じにされるのは好かないが・・・その意見には賛成だ。」

 お互いを睨みあったまま、アロハシャツが先に行動を起こした。

「はぁぁぁぁ」

 腹の底から響くような声を出す。変化は突然訪れる。体の筋肉が収縮し筋肉が二倍に膨れ上がりボディビルダーもびっくりな大型の体型となる。

「フッ。驚いて声もでんだろう。」

「笑止。」

 そう言って乱舞は眼を閉じ、次に眼を開くと瞳の色が黒から紅へ変化している。アロハシャツはあっけにとられ

「たったそれだけか?瞳の色が変わっただけ今では手品師でも出来る芸当だ。」

「手品かどうかは貴様で確かめればよかろう。」

 乱舞は紅い眼でアロハシャツを睨みつけるが、現状だけを見ればまさに子犬と土佐犬ほど体格が違う二人である。

「そうかい。後で泣きを見てもしらンぜ。こうなった以上、力が調整できないんでな。」

 言い終わらぬうちにアロハシャツが跳躍する。乱舞との距離が数十センチまで詰まりアロハシャツは乱舞を握りつぶそうとしたが、目の前で乱舞の姿が一瞬で掻き消える。

 ベギッ

 嫌な音と共にアロハシャツの右腕は折れていた。

「なにぃ!?」

 痛みと共に乱舞を見失ったことに驚愕するが、気づけば乱舞は掴みかかる前の位置に戻っている。

「どうかしたか。」

 忍び笑いと共に乱舞がアロハシャツを見上げる。

「クソッ」

 アロハシャツは無事な左手で乱舞を殴りつけるが、乱舞は跳躍し、上空に逃れる。アロハシャツは嫌な予感を覚え、攻撃するフリをして後方に飛びのく。乱舞は飛び上がった状態から、扇子を縦一文字に振り下ろし地面と接触すると、文字通り地面が数メートルにわたり割れた。

「化け物か!」

「お前が言えた事か。」

 乱舞はアロハシャツを睨みながら言う。アロハシャツは瞳を見て思い出した様に言う。

「お、思い出したぞ・・・その眼・・紅の一族か!」

「知っているなら話が早い。が、もう遅い。」

 乱舞の姿は一瞬で消える。アロハシャツは防御の体制を取るが乱舞の強烈な正面からの一撃に耐え切れず、後方へ数メートル吹き飛び、フェンスをなぎ倒し、民家の石壁を崩落させようやく止まった。アロハシャツが立ち上がらないのを確認した乱舞は眼を閉じ、瞳を紅から黒へと戻すと同時に吐血する。

「くっ・・・この程度でか・・・」

 乱舞は口を拭い巨大な扇子を杖代わりに耐えるが、全身の痙攣は収まらない。

『舞浜!どうした!?』

 漆原先輩の声が聞こえるがとても遠くに聞こえる。乱舞は闇に包まれる意識の中で

「すまない・・・」そう言って気を失った。


 組長は公園の外で待機しているワゴン車に乗り込むと直ぐに目的の人物を見つける。

「先生。大変申し訳ないが・・・」

「彼らを止めれないか。」

 組長は眉をひそる。

「案ずるな。大体状況は知っている。私も仕える身、相応の仕事をさせて頂こう。」

 話が早いとばかりに組長も頷き

「お願いする。」

 と言い、二人でワゴン車を出る。


 放たれた銃弾は美樹の右頬を掠めただけで済んだのは、甚五郎の体当たりが功を奏したおかげだった。甚五郎は低い唸り声と共に銃を持った男を威嚇する。食いちぎったであろうリードが生々しい。

「甚五郎!なんでここに!」

 甚五郎は主人を見ることなく威嚇を続ける。しかし、囲まれた他の二方向から正面に銃を持った男と同じ銃を構える二人が歩み出る。

「てこずらせやがって!一人づつあの世に送ってやる。まずはそこの台車男!お前が最初だ。」

 そう言って俺に銃口が向けられる。正直冗談ではない。緊張の冷や汗でシャツが肌にべっとりと張り付き気持ち悪さを倍増させ、梅雨間近というのにカラットした空気がを不吉さを助長させている。

「ちょ、ちょっと待てよ。台車で轢いたのは悪かった。でも殺すことはないだろう?」

「馬鹿かお前、俺達が一番大事にすんのは面子だ。言いたいことは閻魔様にでも言うんだな。」

 そう言って男は簡単に引き金を引いた。俺は突然のことに呆然とし気づいた時には地面に倒されていたが、どこにも怪我はない。しかし、血溜まりは確実に広がっていた。俺はただ呆然しながら血溜まりを辿り倒れている美樹を見つける。甚五郎が美樹にすり寄り悲痛な鳴き声を漏らしているが、美樹はピクリとも動かず、傷口からは赤黒い血液が流れ出ていた。俺はすぐさま近寄り、持っていたハンカチで止血する。男達は俺の動転ぶりを嘲笑ながら俺の額に三方向から銃口を突きつけられる。硝煙の臭いと血のにおいを感じ吐き気を覚えたが眼は銃口を見たまま動けない。

「祈る時間をくれた彼女に感謝しろ。」

 俺は自然と祖母が熱心に教えていた念仏らしきものを口にする。

「こいつ。本当に祈ってやがる。」

 男達から失笑が漏れ、男達が引き金を引く。


 変化は突然だった。

 周りを囲っていた男達は突然発生した暴風により空に巻き上げられ、地面に叩きつけられる。俺はいつの間にか長くなった髪を見る。空色の様な水色になった髪を無感動に見つめると自分の頭の中に文字が走った。それを読む。

【いやー。まいった、まいった。ここ数百年は平穏無事だったのにな。どうしてこいつは荒事がこうも好きなのか?それとも女のケツを追っかけるので周りが見えてないのか。】

「うるせー。好きでやってるわけじゃねぇ!」

【などといいつつ。ここにいる事自体その証明であることに気づいておらん。まったくもって阿呆としか言いようがない。それに、知っておらんだろうが、お前のご先祖様の約束がなければお前は最低二十回は死んでおったのだぞ。我に感謝せいよ。】

「ってあんただれ!?つか説明長すぎてわかんねぇよ。」

【なんと!あんた!?神様に向かって!?あんただとぉ!なんという酷い仕打ち!】

 などと【自称神様】と俺が阿呆なやり取りをしているうちに、気合と根性と執念で銃を放さなかった男は空中に舞い上がり落下した衝撃からなんとか立ち直り定まらない銃口を向ける。俺と視線が合うと銃は紙細工の様に切り刻まれ一瞬で鉄の塊と化す。

【まあ、何でもよい。我に祝詞を捧げたのだ。貴様に我の力を貸してやろう。ピンチを切り抜けてみよ。】

 俺はよろよろと立ち上がり周りを見ると、まるで竜巻が通過した様な有様で一部の木々はなぎ倒され遊具は崩壊している物すらある。そこへ他の銃を持った二人がよろよろしながら俺に狙いをつける。

【我の名は天野原翔流大空之天神】

「なんて読むんだ!?」

【なんと!判読も出来んのか!?ま、まあ、よい・・・『あまのはらかけるおおぞらのてんじん』と読む】

「長すぎる!覚えれない!」

【ええい!ソラでいいわい!兎に角念じろ!こっちで補助してやる。】

 狙いをつけた男達はよろよろと近寄り確実に当てれる射程まで移動しようとする。俺は銃に壊れろと念じるが何も起こらない。

「ソラ!どうなってる!何も起こらないぞ!」

【阿呆!我は空の神だぞ!壊れろって思うだけでどうにかできるか!風を操るイメージをしろ!】

 まったく注文の多い自称神様だな。などと思いながら銃身を横に凪ぐ様に念じると銃は銃身の上の部分が切断され、真っ二つにされた銃弾が爆発する。これには堪らず盛大に仰け反る二人の男は地面に倒れこみ動かなくなる。

「ふー・・・」

 俺は溜息をつき振り返ると、蒼白な美樹を見つけ竜巻に吹き飛ばされなかった事を安堵しつつ、Yシャツを脱ぎ急いで止血する。応急処置の方法をオリエンテーリングで習っていたのが幸いし処置に迷うことはなかった。その作業の途中で手を塞ぐ形で手が置かれる。俺はムッとしながら相手を見る。漆原先輩が毅然と涙を流しながら、そこで美樹の脈をとっていた。俺はぼんやりと聞く。

「な・・なにするんですか・・・・」

 漆原先輩は首を振り、もう・・・脈がないんだ・・・と言う。

「脈がない・・・?」

 俺は頭の中が真っ白になり、体を衝撃が駆け抜ける。俺は堪らず地面に突っ伏し動けなくなる。ぶつかった張本人は俺を無視し、美樹に覆いかぶさる。

「ばかばか!なんでこんなことを!」

 俺の眼前には見たこともない茶髪の女の姿があり、後ろには体力テストですらそんなに汗を流さない高島が雪解けの滝のごとく汗を流し、苦しそうにゼェハァと呻いている。彼女は俺の応急処置を解くと手をかざす。漆原と高島が彼女を制止したが完全に無視される。彼女の手からは淡い翠色が発光する。その状況に全員息を呑むが長くは続かない。彼女は美樹と同じくらい蒼白になり

「ダメ・・・・。私だけの力では・・・とても足らない・・・。」

 そう言いつつ、高島の手を握り、ごめんと一言、次の瞬間には高島が地面に突っ伏していた。その分、彼女の顔は幾分元気を取り戻し、再び手をかざす。淡い翠色が発光すると顔色は再び蒼白を通り越し、死相を思わせる顔色に変化する。

「ま、まだ・・足りない・・・」

 そう言うと同時に漆原先輩が彼女の手をすばやく掴み。円筒形のヘッドホンに向けて叫ぶ。

「元気な者は中央へ集合!霧島女史を介抱している女子生徒を救援しろ!」

 ヘッドホンからの返答はなかったが、漆原は鬼気迫る声で

「なにをしているのか分からないが・・・助かる可能性があるのだな!?」

 彼女は必死に蒼白の顔を縦に振る。

「わかっ・・・・」

 言い終わる前に漆原先輩は気を失い地面に倒れる。彼女は急いで美樹に手を当てるが、直ぐに発光は終わる。俺は時間を掛けて地面に座りなおし、彼女の手をとる。高島が起きていれば『おまっ!セクハラで訴えるぞ!』と抗議しそうだななどと考えながら

「存分に使ってくれ。」

 彼女は何か思い当たる所があるのか、俺の手をとったまま、美樹に手を当てる。そうすると猛烈な痛みと眠気が同時に襲ってくる。まるで強力な掃除機で体中のエネルギーを吸い出される様な感覚というか実際そうなんだろうな・・・などと痛みと眠気を紛らわす為に考えていると、彼女の髪がエネルギーを使い果たしたのか白髪に染まり、肌の色は雪のように白くなっている。その痛々しさに、俺は耐え切れなくなり視線を逸らした。その先には古く擦り切れた様な服を着た野良侍風の男が気配を完全に消し、袈裟の構えで刃先を振り下ろす。

「うおぉ!」

 俺は彼女に体当たりし自分も袈裟の刃先から逃れる。

「・・・・」

 野良侍風の男は無言のまま、刀を構えなおす。俺は立ち上がろうとして、強烈な眩暈と先程の痛みが体を突き抜け、ヨロヨロと頼りない足取りで立ち上がり男を睨みつける。後ろでは突き飛ばされ高島の彼女が、美樹の肩を掴み、地面を引きずって場所を移動させている。

 野良侍風の男は俺に刃先を向ける。どうやら美樹と高島の彼女には攻撃の意思がないことを知ると少し安堵する。状況はまったく好転していないが・・・

「・・・待ちわびたぞ。ソラ」

 野良侍風の男は目だけで笑い、俺の口は勝手に言葉をつむぎ出す。まったくの別人の声で。

「お主・・・もしかして鬼狩桃太郎の一族か。」

「左様。私が弐十弐代目鬼狩家当主 鬼狩桃乃輔だ。」

 勝手に進行ししていく状況に我慢が出来ず俺がソラに問う。

『おいおい。訳が分からないぞ。二人でなに言ってるんだ!?』

【まあ、お主の先祖の話じゃな。先祖の約束の話を覚えておるか?】

『そんな事は知らん。』

【長い話になるから省くが、要するにその約束をした原因を作ったのが、鬼狩の祖先でな。鬼狩の祖先は我の力を借りたお前の祖先に敗北し復讐を誓ったんじゃな。多分。】

『完全に逆ギレじゃねぇか。それに、多分ってなんだ。』

【残念ながら交換条件で、お前の祖先は自分の首を差し出したんでな・・・その後のことは我は知らぬ。】

 しばらく沈黙していた俺に鬼狩は

「来ないのであればこちらから仕掛けるのみ。」

 そう言って刀を振るう。俺はとっさに避けたが腕と頬に切り傷ができ顔をしかめる。

『な、なんなんだ!?』

【カマイタチだな。】

『か、カマイタチ!?』

【そうだ。先程の銃を切ったアレと同じだな。】

『どうすりゃいいんだよ!このままじゃなぶり殺しだぜ?』

【まあ、そう焦るでない。風が自分の前で円形に回るイメージで・・・】

 そう言っている途中で第二波が放たれ、俺の右足を切り裂く。痛みで呻く俺に容赦なく第三波が俺の左腕を抉る。

「他愛ないな。・・・さっさと消えてくれ。」

 そう言って鬼狩は俺の首に狙いをつけカマイタチを放つ。俺はとっさに銃を切った時の要領でカマイタチに俺のカマイタチをぶつけると、拡散された風の刃が俺の全身を切り裂くが、傷はかなり浅い。相手も同様に浅傷を負っているが戦闘に支障がないのであろう不気味に微笑んでいる。

「カマイタチでカマイタチを消すとは中々器用ではないか。コントロールを失った刃は自分を切り裂く可能性すらあるというのに。」

 そう言いながら次々とカマイタチ放つ。俺は必死でカマイタチを打ち消すたびに浅傷が増えていく。

「フッ。貴様の実力はよく分かった。これで最後だ。」

 鬼狩は刀を納刀すると映画でよく見かける抜刀術の構えを取る。

【来るぞ。鬼狩の必殺剣がな。】

 そうは言われても俺の力はすでに底を尽きかけているし、まぶたは強力な睡魔に侵され、一度、目を閉じれば起きる事が不可能であることは、なんとなく分かった。鬼狩が動く。ゆっくりとした動作で柄に手を掛ける。目視できたのはそこまでだった。気づけば鬼狩が後ろで納刀していた。そして、俺の目の前には美樹が立っていた。口からは血を流し制服は美樹自身の血で真っ赤になっている。美樹が崩れ落ちる。俺はとっさに美樹を支えゆっくり地面に下ろす。間に入って斬撃を止めたのであろう。盾が真っ二つに切られ更に美樹の腹を深く切れている。止まっていた血が再び流れる。俺は呆然となり美樹に語りかける。

「なんで・・・なんで俺をかばった!」

 美樹は微笑み

「自分で言ったじゃない・・・友達を助けてやるのは当然・・・だって。ゴホッゴホッ」

 美樹が咳をするたびに血の塊が口から吐き出される。

「わかった!それ以上喋るな!」

 そう言って高島の彼女を見るが、力を使い果たし地面に気絶しているのを確認するとシャツを脱ぎ腹部を止血する。

 鬼狩の影が自分の足元に落ち、影の動きで抜刀の動きを知る。

「死にぞこないの娘に感謝するのだな。さらばだ、空色の髪の鬼人よ。」

 鬼狩は自分の柄に触れ音速を超える斬撃を放つ。

 グシャ

 身が切れる音と共に刃が止まる。鬼狩は眉をしかめ、直後に瞳をめいいっぱい開き、刃を止めた手を見る。俺の手は真っ赤に染まっているが痛みは感じない。俺は立ち上がりながら刃を放し、目じりを拭うとなぜか泣いていた。鬼狩は戸惑い、一度下がると、再び抜刀術の構えを取る。俺は再び青白くなっていく美樹の横顔を見ながらソラに問いかける。

『イメージするだけで操れるんだよな?』

【そうだ。】

 それだけ聞くと俺は何もない空間を握る。確かな存在と感触を確かめると両手で構え、鬼狩に向き直る。鬼狩は表情を引き締め柄を握る。

 ガキィン

 俺の右腕から派手に流血し、顔をしかめる。鬼狩は無傷らしく平然と俺の背中を眺めている。

「悪あがきもそれまでだ・・・」

 そう言って鬼狩は刃についた血を払う。

 ドサッ

 重量感のある音と共に刃が地面にめり込む。鬼狩は折れた刀を睨み、舌打ちする。俺は振り返り、鬼狩を睨みつける。

「この勝負預けるぞ。」

 そう言って鬼狩は去っていく。

「田町組陣営、撤退を確認。よって天観陣営の勝利となります!」

どこからともなく現れた雑賀の宣言を聞きながら、俺は鬼狩の背中を見つめたたまま、気を失った。

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