05:Aria War B
俺は駅前のたこ焼き屋『大王烏賊』にてタイヤキを五個注文し親父に問う。たこ焼き屋なのに『大王烏賊』とはこれいかに?と主人に突っ込みを入れるとオヤジは男は黙って食え、とたこ焼きを六個入りを無理矢理、購入させられる。『大王烏賊』のたこ焼きは蛸の代わりに堅めの”ふ”が入っていると噂されるたこ焼き屋だが味は絶品で『一日食べないと死ぬ』というたこ焼き依存客までいるくらい美味い。俺はそのたこ焼きをほおばりながら昨日の公園へと向かう。時間は9時10分、10分の遅刻だが前回は一時間遅く始まったので今回もどうせ遅れるとたかをくくっていると、公園には全員集合していた。
「遅いな。何かあったのか。」
乱舞は袴姿に扇子を持ったいつもの舞浜スタイル。森本はジャージ姿で近くのベンチに腰掛、甚五郎と戯れている。美樹は装備を点検し、審判と話し込んでいる。俺は乱舞にタイヤキを渡すと丁度、美樹が戻ってきた。
「相手まだ来ないんだって、あと5分したら自動的に私達の勝利みたい。」
「それはよかったな。ほい、差し入れ」
俺は心の中でホクソ笑みながらタイヤキを美樹に渡すと
「あー!タイヤキ!ありがとう。私、大好きなんだこれ」
そう言って、もぐもぐと食べ始める。俺は精神的ショックを通り越して呆然とし、高島に騙されたことに今更、気がついた。しかし、それを表情に出すことなく早足かつ、冷静に森本と甚五郎にも渡してやり、最後の一個は審判の雑賀に渡した。
「いいのですか?我々があなた方に有利な判定を行なうことはありませんよ?」
「いいですよ。俺は今タイヤキが嫌いになりましたから」
彼女は?と首を傾げたがそれでは遠慮なくと言ってタイヤキを食べ始めた。そう言うと反対側から数名機材を持った人が入って来る。
「お、相手も来ましたかね?」
俺が雑賀にそう問いかけると雑賀は首を振り
「違います。あれは実況部と解説部、映画研究部・撮影班ですね。」
「そんな部活ありましたっけ?」
「いえ、書類上は全てボランティア部ですが、数多くの部活を併合し、内包した経緯がありますので、ボランティア部所属○○部という具合に存在しているのです。ただあまりにもその数が多いため総称して雑務部と呼ばれることもあります。」
「でもなんで実況部と解説部、それに・・映画研究部・撮影班が来るんですか?」
「さあ?それは私には分かりませんが、きっとそれなりの理由があるはずです。」
実況部と解説部、映画研究部・撮影班は協力して運んできた機材を設置している。
「あれは・・・エリアウォーには支障ないんですか?」
「いえ、エリアウォーはいかなる障害や事態になろうとゲームは続行されます。一度決定したら、延期はありえません。よって最低限の人払いや行政的な申請はこちらで行ないますが、相手側のあきらかな妨害工作以外は許容範囲内としております。例外として十五分遅刻し相手が一人もいない場合は自動的に勝利になります。」
「ふーん。そういえば今日のルールは?」
「ルール説明・勝利条件は両方の陣営が揃った際、同時に行なわれます。よって、今しばらく、お待ちください。それにあと10秒でその必要もなくなります。9秒・・・8秒・・・」
その時、遠くからバイクの爆音が聞こえてくる。猛スピードのバイクが北側のフェンスをギリギリを猛スピードで駆け抜ける。
「5秒・・・4秒・・・3秒・・・」
公園の入り口にある車両止めをギリギリですり抜け、近くにいた映画研究部・撮影班が轢かれそうになったが間一髪で回避する。しかし変に勢いづいたバイクは止まらずそのままスリップする。後部座席に乗っていた一人はスリップする前に後方に飛び降り、運転手は軽くなったバイクを軸足一本でロデオに乗るカーウボーイがごとく暴れるバイクを支える。
バイクの運転手はフルフェイスのヘルメットを取る。短い金髪があらわになりギラギラ光る瞳は野性味あふれるチーターの様である。そして、一番驚くべきことは、霧島美樹と同じ制服であるという点だった。しかし、スカートは超ミニスカになっており目のやり場に正直困った。
「おう!間に合ったよな?」
後部座席に乗っていたもう一人もフルフェイスのヘルメットを取る。こちらは黒髪長髪の大人しそうな私服少女が口を開く。
「姉さん。残り0.56秒かなりギリギリですが間に合いましたね。」
姉、と呼ばれた金髪短髪の超ミニスカは
「まあ、なんでもいいやとっととはじめようぜ!」
などと言っている。雑賀は天体観測部員達を集めると説明を始める。
「では説明を始めさせて頂きます。Aria War バトルコロシアム形式戦です。参加・不参加が自由となっておりますが、リタイア・途中離脱を行なった場合チームが敗北となります。人数は定員上限5人最低参加人数1人、制限時間は開始コールより二時間、私物の道具は持込可能です。ただし、殺傷性の高いモノの使用は不可とします。エリア領域はこの公園一帯半径50メートル程度とします。公園の二箇所の入り口がスタート地点となり各双方の拠点とし、被弾した際は一度、拠点に戻り、拠点に設置してある。ペイント落とし用のスプレーでペイントを落とせた時点で再出撃可能となります。しかし、ペイントを落としきる前に全員が被弾しますと、その時点でゲーム終了となります。次に勝利条件の説明をします。『ポイント制判定勝利』ゲーム終了時に被弾した回数を集計し、被弾がより少ないほうが勝利となる勝利条件です。次に『中央領域制圧』こちらは中央の噴水内にゲーム終了時、無被弾状態で入っていた人数が多い陣営が勝利となります。勝利条件を使用しますか?」
「向こう人数少ないけどいいの?」
美樹が不思議そうに尋ねると
「申請は5名となっていますが、都合がつかなかったのでしょう。しかし、彼らの戦績は本日だけで9戦9連勝ですので、勝利条件の決定権はこちらの陣営にあります。勝利条件を使用しますか?」
「ちょっと待ってくれ。9連勝って二人でか?」
俺が意外だと言わんばかりに問うとまっとうな答えが返ってきた。
「それ以外に向こうにメンバーがおりますか?」
さすがに俺は押し黙り、乱舞が口を開く。
「油断禁物だな。しかし、我々の方が人数は有利だ。短期決戦で一気に決めるか勝利条件を使い守り中心で中央を抑えるか。ポイント判定勝利はこちらのメリットが少ない気がするが・・・さてどうする?」
美樹はしばし考え込み決断を下した。
「人数は有利だけど短期決戦を挑むのは早計だと思う。だから勝利条件を使用して攻めてもらいつつ、拠点近くで防衛っていうのが一番理想的かな。」
天体観測部員全員が頷き、雑賀に告げると
「わかりました。勝利条件『中央領域制圧』を使用して準備完了の宣言を行ないます。開始の宣言で行動開始してください。」
雑賀がピースした状態で手を挙げて反対側の審判に確認する。しばしの間をあけて向こうも同様に手を挙げる。双方の手が振り下ろされる。
「エリアウォー バトルコロシアム形式戦 開始!」
開始がコールされた直後に俺は額にペイント弾が命中する。
「え!?」
などと間抜けなことをいっている間に体中に何発ものペイント弾を浴びる。見かねた乱舞が前に飛び出し、扇子で全ての銃弾を弾く。
「なにをぼんやりしている!もう始まっているんだぞ!」
乱舞の叱責で俺は我を取り戻し、茂みに隠れながら、ペイント落とし用のスプレーが設置している拠点へと急ぐ。情けない話だがこの時の俺は激しく動揺しており、ペイントを落とし終えてようやく自分が武器を持っていないことに気づいたのだった。
乱舞は肉薄しながらペイント弾を弾いていた。射撃しているのは二丁拳銃にロングカートリッジを装填した黒髪長髪の妹である。彼女は乱舞の動きに合わせて出来た隙に的確に撃ち込み一定の確率でフェイントを混ぜてきている。それを理解したうえで乱舞が銃弾を弾いても彼女は表情を変えない。淡々と射撃を加えている。
「くっ!こいつできる!」
乱舞が痺れを切らして突っ込む体勢を見せると、森本が援護します!そう言って黒髪短髪の少女に向けてアサルトライフルを三斉射、黒髪の少女は表情を変えず、アクション映画ばりの動きで銃弾を回避する。しかし、乱舞にはその隙で十分だった。一気に距離を詰めると黒髪の少女の左手を掴み、足を払う。黒髪の少女の体が浮き上がり体勢が崩れた瞬間、乱舞の腹に猛烈な衝撃が加わる。
「ちぃ!」
乱舞は舌打ちしてバックステップ、予想外の攻撃に後退を余儀なくされる。しかし、更に彼女を瞠目させたのは倒れたと思った黒髪の少女はバク宙を決めて容赦なく二丁拳銃のトリガーを引く指に力が入る。しかし、その攻撃は側面からタックルした甚五郎によって大幅にずれていた。
「やるじゃないか。同じ学校にこんだけできる奴らがいたとはな。正直驚きだぜ。」
そう言って、金髪短髪の制服女はボクシンググローブで来いよ。というポーズを取りながら
「歴史研究調査部3年部長の月夜 天だ。黒髪の方が妹の月夜 海、だ覚えておいて損はないぜ!」
その啖呵に後方で様子を伺っていた美樹が応じる。
「天体観測部1年部長の霧島美樹です。」
「おや?そっちが部長か。てっきりこっちの袴の人かと思ってたぜ。」
「袴の人とは無礼だな、私には舞浜乱舞と言う名前がある。」
「無礼だと思うなら先に名乗っとくもんだぜ!」
そう言い終らぬ間に天は一気に距離を詰め、乱舞に右ストレートを放つ。乱舞は左の袖で攻撃を受け流すと同時に、右手首を脇で押さえ込み、相手の勢いを応用して巻き込みながら膝蹴りを繰り出す。それが直撃すると同時に左のアッパーが乱舞の顎を捉え、二人とも吹き飛ぶ。その隙を海が逃すはずはなく射撃を加えようとするが、森本と美樹の射撃によって制される。
「姉さん。遊んでる場合じゃないです。彼女達は私達が想像しているより遥かに強いです。例外はいるようですが。」
そう言って復帰した俺の額にペイント弾が直撃する。俺は天体観測部メンバーから白い目で見られながら拠点へと戻っていく。
それから俺は何度も、月夜 海の射撃が額に直撃しては拠点との往復を余儀なくされ、タイヤキの件を思い出して更にイライラしながら拠点にあるエリアウォー装備セットで役立つものを探した。装備セットの入ったキャリーケースをぶちまけ一つ一つ確認する。
「ペイント手榴弾2個、発炎筒2つ、フラッシュグレネード一つ、アサルトライフル・・・射撃用の的・・・これだけか・・・」
俺は唸りながら頭をひねる。月夜 海には一度ぐらい仕返しをしておきたかったし、なにより、やられっぱなしは俺のなけなしのプライドがそれを許さなかった。
「しかし・・・どうする・・あの二人は乱舞でも苦戦していた。一回戦あれだけの余裕を見せた乱舞がである。出来れば一回で二人とも倒したいのは山々だがそれには、二人が同時に同じ場所にいなければならない。
「ゲーム終了まで後10分!」
審判の声が聞こえて俺は焦った。確か勝利条件『中央領域制圧』を採用しているので人数的に有利とはいえあの二人には苦戦するはずである。
「あの二人も中央目指してくるだろうから・・・・ってあれ?」
そう、嫌でもあの二人は中央に寄らなければいけない。しかも二人合わせて近距離で固まっていなければならないのだ。これは好機だった。しかもここで挽回しておかないと、俺の天体観測部での地位が急転直下でマイナスに割り込むかもしれないのだ。失敗は許されなかった。俺は再びキャリーケースに装備を詰めると駆け出した。
状況は美樹の予想を遥かに上回り最悪だった。乱舞は度重なる天との殴り合いで消耗しきっていたし、森本と美樹の連携射撃も二、三度、海の服を掠めたが審判のコールは入らなかった。天に関しては全てフェイントと遮蔽物で回避されていた。
「こちら残弾32発です。予備カートリッジなし。」
森本の報告を受けながら海の射撃を美樹は遊具でやり過ごす。美樹は自分の残弾を確かめる。
「後、14発・・・これじゃぁ・・・・」
すでに勝負は決している。実際、天はぴんぴんして果敢に攻め込んできていたし、海は二丁拳銃を温存させアサルトライフルで射撃を行なっている。ただ幸運と言えば噴水には両者とも近寄れないと言う事実だった。見通しが良く遮る物が何もない噴水は近寄れば即座にペイント弾が飛んでくるからだ。
「ゲーム終了まで後10分!」
審判のコールが聞こえる。
「後、10分一体何ができる!?」
美樹は自問自答しながら考える。もう時間はない。自分自身の目的を心で再確認すると意を決した。
「乱舞ちゃん。しおりん。甚五郎!援護して、突撃する!」
そう言い終らぬうちに遊具を飛び出し、飛び出しを狙っていた海に向けて6発を撃ち込む。海はそれをギリギリで回避すると反撃に転じる。美樹の頬をペイント弾が掠める。ペイント弾の風圧が顔をなでるがコールはない。前転しながら樹木を盾に移動する。更に海を牽制した時、自分の腹を突き抜ける痛みが襲う。美樹は後ろに転がりながら体勢を立て直し、マシンガンのトリガーを引いた。
カチィ カチィ
『ジャムった!?』
天のニヤリとした表情と共に美樹に右ストレートが襲う。回避する術は美樹にはない。
拳が顔面を捉える間一髪で乱舞が割り込みガードする。ガードした扇子はすでに無残な姿になっている。
「早く立て!長くはも・・・」
ピィーーーーーッ
「青!被弾!組み合っている二人、離れてください。」
審判は乱舞の袴を指す。確かに袴には青の斑点がシミを作っている。乱舞は舌打ちし
「すまない。一度下がる。」
そう言ってその場を離れた。美樹は体制を建て直し、天と距離を取った。
ピィーーーーーッ
「青!被弾!スナイパーライフルの方、被弾してます。後退をお願いします。」
森本はチラリとこちらを見て、すまなそうに顔を曇らせると拠点へと移動していく。もはや状況は絶望的である。どうあがいても自分と甚五郎だけでは太刀打ちできる相手ではない。しかし、絶対諦められない目標があるのだ。それには突き進むしかない!
「甚五郎!中央制圧!」
そう叫ぶなり、天にマシンガンをぶん投げる。天はその行動に一瞬反応が遅れる。海も甚五郎と美樹どちらを狙うか逡巡し、美樹に照準を合わせる。
「オラオラオラオラオラァァァァ!!!」
キャリーケースを載せた台車を全力で押し、俺の全体重をかけた台車が海に突進する。海は表情を変えず狙いを俺に向けて放った。
ぺちん
間抜けな音を立ててペイント弾は額まで持ち上げられた射撃用の的に阻まれる。
「同じ手がそう何度も、何度も、何度も、何度も通用するかよ!」
そう言って、円筒形の筒を海の足元に投げつける。海はその物体を確認すべく一瞬下を向いた。それが致命傷となった。
フラッシュグレネード、それは強烈な光と音で視力と聴力を一瞬で奪い去る無殺傷投擲兵器である。それを直視は免れたものの、戦闘能力へのダメージは計り知れない。それでも海は腰に収めてあった二丁拳銃を取り出すとよろよろと逃げながら乱射する。その狙いはあさっての方向に飛んでいく。俺は近づくのは危険と判断し、海の頭上にピンク色をした手榴弾を放り投げる。ピンク色の雨が降り注ぐかと思ったが、それは反対方向から飛来したボクサーグローブが直撃し、全然違う場所で炸裂、一帯をピンク色に染める。
「海!下がれ!ここは私が抑える。」
「ごめん。姉さん。」
そう言って右手の拳銃を天に放り投げ、残った左手の銃で乱射しながら後退していく。放り投げられた拳銃は地面に着く前に天が空中でダイビングキャッチし、そのままの体勢で引き金を引く。その行動に俺は対応できず天と視線が重なる。美樹のタックルによって俺が地面に押し倒される。ペイント弾が空を切り、天も腹ばいで着地する。
「ゲーム終了まで後3分!」
両者は噴水を盾にして向かい合う。美樹にアサルトライフルを渡し、自分は発煙筒を着火させ自分と反対側に投げる。周囲はすぐに濃い煙が立ち込め視界が急激に悪くなる。
「なにやってるの!?こっちからも射撃できないじゃない!」
美樹の非難は最もだが俺はそれにかまわず、立ち上がった。瞬間横から右ストレートが通過する。冷や汗が伝う。
「肉弾戦がお望みならこっちは本望だぜ!」
月夜 天がギラギラさせた目を輝かせ、俺に更なる攻撃を加える。俺は右ストレートからの左回し蹴りをギリギリ回避する。
「美樹!早く噴水に入れ!」
「何!?」
「いいから早く!」
美樹が噴水に入るなり、天は拳銃を乱射するが、甚五郎が壁となり美樹は被弾しなかった。その間にも天は俺に更なる攻撃を加えている。
「乱舞!頼む!」
俺がそう叫ぶと噴水の放水量が一気に増加し、噴水の内側にいた美樹が見えなくなると同時に俺や天に水しぶきがかかる。しかし、天はかまわず俺に打撃を加える。俺は避けなかった。月夜 天の右ストレートを顔面で受け、頭が一瞬、真っ白になったがどうにか意識を取り留める。俺は前のめりに倒れ込むと同時にペイント手榴弾の安全ピンを片手で引き抜き天の胸へ押し付ける。
「なッ!!」
天の悲鳴にならない声がすると同時にペイント手榴弾が炸裂し、噴水の一帯をピンク色に染める。
「ゲーム終了!勝利条件『中央領域制圧人数制』によりピンク陣営の勝利となります!」
天は全身ピンク色になった自分の服にはかまわず、倒れた男を見る。
「してやられましたね。姉さん。」
海が横に来て声をかける。天は薄く笑って
「男って奴はこうでなきゃな。奴にもつめの垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。」
そう言って、噴水の水でびしょびしょになった美樹に向き直る。噴水の水は通常通りに戻っておりはっきりと顔を認識できる。
「霧島。この男に救われたな。いい部員を大事にしろよ。」
そう言うと、天はいいたいことは言ったと言わんばかりに背中を向けてバイクへ向かった。