そいつは人を選ばない
とある町に一人の少年がいる。彼は親、姉を内戦で殺された。住む所も明日のための金も希望もない。絶望のままに歩く。それは必然的なことだった。
ただただ、あてもなく歩けば少年は広い通りに出る。そこにはあらゆる希望、活気、そして贅沢が溢れていた。
「……」
少年は虚ろな目でそれらを見た。呟いた。
「不平等だ」
「平等が欲しいのかい?」
振り向けば見た事のない女がいた。綺麗な女だ。白い肌に長い黒髪、はっきりとした紅いルージュががよく似合っていた。何かをくれる人にあった事のなかった少年は警戒することもなく、細い路地でこの経緯を話した。
「可哀想だねぇ」
女は、ほぅ、と溜め息をつき少年の頬に触れた。
「!?」
「おや、どうしたんだい?」
女が首を傾げる。どうやら、この異常な冷たさにに気付いてないらしい。少年は少し重く口を開いた。
「お姉さんの手、すごく冷たいんだよ」
「ふふ、そうかい」
女がそれを聞いて笑うのが不思議だった。もうその事には慣れたような、初めから知っている様な感じだったからだ。そう思っていると今度は女が言った。
「あんたの頬はまだ、暖かいんだねぇ」
(なんだかこの人……。)
少年はだんだんと不安になりつつあった。会ったばかりの人を疑う事は良くない事だとは知っていたが、目の前で家族を殺された彼の心は異様なまでに警戒心に覆われていた。だが、今までの様な怒声でも罵声でもない優しい声を、しかも綺麗な女の人にかけられ少年は安易に口を開いてしまった。
「僕、帰る」
「どこにさ?」
帰る場所などどこにもなかった。
「お母さん達に会いたいかい?」
「会えるわけないよ」
「でも、あんたは平等が欲しいんだろう?」
「欲しいよ」
「本当だね」
「うん」
女は寒気がするほど笑った。するほど、じゃない。本当に寒気がした。
「そう。分かったよ」
女は寒気を誘う綺麗な綺麗な笑みを浮かべた。
「あんたには特別。早めにあげるよ」
少年は今気付いた。自分の右手の人指し指には細い銀の糸が絡んでいる。
「人を選ぶ事のない、確実で純粋な平等、をね」
女が最後の言葉を言い終わるや否や、銀の糸はぷつりと斬れた。少年が今まで生きてきた足跡は冷たい御影石のひやりとした石碑に刻まれてしまった。
女は前を見たまま、足下に倒れた少年に小さな声で言った。錆びついたような古い声で。
「あんたがもっと大きくなってからあたしに会っていれば──」
女がかがみ込む。手をかざした時
「本当の平等、の意味が分かっていたかもね」
少年の体は砂が流れるように大気に消えた。
女はふわりと風に煽られるように立ち、思い出したように手帳を広げた。
「次は誰かねぇ…」
あるページでめくる手が止める。眉をひそめ軽く目を伏せた。
「また子供か…」
そして女は消えた。黒い大きな烏が北の空に飛んで行った。