第二話 『宣告』
そこは、激しい渦の中だった。
どんどん吸い込まれて、深く深く沈んでいく。
渦の中に、もう一人誰かいる。人なのかすらわからない。
ただ、俺たちはもがいていた。このまま沈んでしまったらきっと自分の何かが取り戻せなくなる。
それが怖くて、必死に流れに抗って、遥か上に見える光を目指していた。
もう一人の何かが突然俺に襲いかかってくる。
頭を押さえつけ、渦の底に沈めようとするが、そこまで力は強くない。
必死で抵抗しているうちに相手の頭にあった岩の仮面が割れ、俺は抜け出すことができた。
そのまま、必死に這い上がって、這い上がって__
俺は、おそらく人間としての人格というものを守り抜いたのだと思う。
光に近づくたびに、現実が近づいている。
生の気配がしてくる。
ようやくだ、俺は日常に戻れる。
あの少女は無事だろうか。
あの時は必死で、無理なお願いをしてしまった。
どうか、無事ていてほしい。まだ助けてもらった感謝を伝えていない。
どうか。
___
「この男は殺処分すべきだ! 今ここで! 首を刎ねろ!」
意識が覚醒して、初めに耳に入った言葉はそれだった。
「何言ってんの?!
彼は一般人、星導庁が独断で処刑を実行してみなさい、ステリオ中で大問題になる‼︎」
「なぜ公表する必要がある! マレフィックの対処に世論の許可など要らん!」
「マレフィックじゃないって言ってんでしょ?!」
男女の喧嘩。声的に、おじさんと女子高生くらいの女性の言い合いだろうか。
女性の方は聞き覚えがある……。
聞き覚えどころじゃない、聴いたばかりの声だ。
「星導師さんっ!?」
思わず上擦った声で女性を呼んだ。名前は知らないから仕方ない。顔を上げる。
そこにはやはり見覚えのある桃色の髪の星導師と、軍服で顎髭の整った恰幅のいいおじさんがいた。
俺は小さな病室のベッドの上にいるようだ。
声を上げて数秒後、喉の痛みを感じた。乾燥だ。しばらく眠ってたのか。
俺を見下ろす二人は、やや硬直して、二人とも「あ、起きちゃった」といった感じの気まずい顔をした。
「……起きたか」
「き、気分はどう?」
「特には、良くも悪くもって感じです。
星導師さんも元気そうでよかった」
「ええ、おかげさまでね……。その、おかげさまで生き延びた上言いにくいんだけど__」
彼女がそこまで言うと、おじさんが割って入ってきた。
「レイ。貴様は人間ではなくなった」
「は?」
なんだこのおっさん。初対面で人外扱いはやばいだろ。
っていうかこの軍服、この人も星導師か。街のヒーローとは思えん毒舌だ。
「マドカ・リンの星術で、マレフィックと融合しただろう」
マドカ・リン……彼女のことかな。
「あ……そ……っすね」
「その融合の途中段階で、貴様の人体は死に至った」
予想外の言葉が来た。
『生き延びた』。その感覚を噛み締めている最中に投げかけられる言葉が、こんなものだとは予想できなかった。
「……死? 俺、死んでるんですか?」
「お前の肉体はな。
だがマレフィックが融合したお前の体を、補完し出したのだ」
「……つまり?」
物知らずで申し訳ないが、今の説明で全部理解しろって言われても難しい。
おじさんは深くため息をつくと、事をまとめて説明し出した。
事実を、淡々と。
「お前の体は今、マレフィックの要素でできた偽物だ。
本来の体はすでに崩壊し、お前は一度死亡と断定されていた……しかし、マレフィックと融合が完全なものとなった途端、お前の体は息を吹き返した。
今のお前は、生ける死体……マレフィックに限りなく近い人間といったところだな。
だから星導師の総監部、星導庁はお前をマレフィックとして扱い、迅速な処分を求めている」
「……」
生ける死体。
マレフィックに近い人間。
化け物として処分。
なんか、ベタだな。
「存外、驚かないものだな」
「いやまぁ……リンさん?の力で、マレフィックと融合して、なんとなくこういうことになるかもな。
とは思ってたんで。
体が死んでるってのはビビりますけど。
マレフィック扱いされるのは、予想の範疇っていうか、そりゃそっかって感じです」
「フン……お前の体にマレフィックが混じったことは、厳密には問題の本質じゃない」
「というと?」
聞けば、おじさんはマドカ・リンさんの方に目配せをして、説明を促した。
「魂に関しては、そっちの方が詳しいんでな」
「たましい?」
「……レイ、あなたの魂はマレフィックのコアの拠り所になった。
一種の等価交換に近いものって私は考えてる」
……???
だめだ、あまり話が掴めない。
「私の星術について、私もまだ完全に理解が及んでるわけじゃないけど。
生命体同士の融合は、無機物の融合とは明確に違うルールがある。
融合で、レイの体は死に、同時にマレフィックの魂も崩れていった。
そして多分、それらは同時に補完を始めたのよ。
レイの体をマレフィックが補完し、レイの魂がマレフィックのコアを補完してる。
その欠けた魂と肉体の『修復』は、いつか完了するかもしれない。」
「修復ができたら、どうなるんですか__?」
マドカ・リンは一度目を伏せ、やや揺らぐ瞳でこちらを見据えて言う。
「最悪の場合、あなたの魂をマレフィックが塗りつぶし、人間の肉体を持ったマレフィックが生まれる可能性がある」
「人間の肉体を持った、マレフィック……」
「肉体は体だけではなくて、脳も含まれる。
つまり、マレフィックが人格を得てしまう」
人のように意思を持った、マレフィック。
考えて動き、破壊的衝動で動くだけではなく、賢くなった化け物……。
それは、確かにやばそうだ。
「だから、レイ。貴様は処分される__今、この場で殺しても構わん。
マレフィックは死体を残さんからな」
おじさんは腰に携えている剣の柄に手をかけていた。
そうだ、目覚めた時にも言っていた。
今この場で殺処分すべきだって。
起きて十分も経ってないのに、また眠りにつきそうだ。
マドカ・リンが前のめりになって割り込む。
「待って!だから、まだ話を__!」
「黙れ、元はと言えばお前の判断で生まれた厄災の種だ。お前に口出しする権利はない。
お前が処刑にならなかっただけ感謝すべきだ」
おじさんは、剣を抜いた。狭い病室に、鞘と金属の擦れる音が響く。
その細い目に映る俺は、人間じゃなかった。ただの魔物だ。
斬ることに、何の躊躇も持たない、持つ必要もないと考えているだろう。
「星霊と混ざった、半人半霊のレイ__お前を今この場で、処分する」
ベッドの上で、俺はどうするべきか悩んだ。
黙って殺される。という選択肢は不思議と薄かった。
せっかく生かしてもらって、お前は死んだ方がいい、じゃあわかりました死にます。
なんて、納得行かなかったからだ。
振りかぶられた剣を見た時、不思議と俺はそれを受け止められる自信があった。
思い出したのだ。
あのマレフィックの力を。
マドカ・リンを軽々と吹き飛ばしたあの力。
ステラが鳴いた直後、さらに強くなっていた。
俺の体が今アイツでできているのなら。
抵抗__できるんじゃないか。
「すまんな、若き少年よ」
「ゴルヘ!やめて___!」
おじさんの剣に星素が収束した。
マドカ・リンが飛び出し、金切り声が響いた。
そして同時に、病室のドアが開き__
「ちょーっといいですかい」
「!」
「?!」
俺以外の、全員がその場で止まった。
ドアから入ってきたのは、黒髪の若い男性だった。
右耳たぶと口に一つずつ、右耳の軟骨には二つ、ピアスが開いていて。
髪は後ろで一本にしばられている長髪のバンドマンのような男。
気だるげな目元の印象は、クマのせいだろうか。
彼が来ただけで、病室の中の空気が変わった。
硬くなったわけではないが、何か畏怖のようなものを孕んだ雰囲気に変化したのだ。
「雨流彗先生……!」
「ケイ……! 貴様なぜここに__!」
「上からの指令でね。その子、面接だってさ」
ウルケイ、そう呼ばれた男は俺を指差した。
「面接……?」
「どういう風の吹き回しだ、説明しろ。ケイ」
そう言われたウルケイは、面倒くさそうに頭をかきながら、できるだけ早く終わらせたいという意思をじわじわと感じる身振り手振りで説明した。
「昨日の『ステラの鳴動』の影響で、オリオン区だけじゃなくステリオ全区にマレフィックの出現が爆発的に増えてる。
正直致命的に人手不足だし、上も状況を把握しきれてない。ステラが今後も安定して活動するのかもわかんねぇしな。
今、大炎上の種火になりかねない「混ざり者」の子供一人殺して、余計に事態をややこしくするなってカナエさんがキレてんの」
「げ……」
おじさんの表情が初めて崩れた。顔面蒼白といった具合だ。
カナエって人はそんな怖いのだろうか。
「だから、その子を上の前に突き出して、使えそうなら生かして、使えないなら殺すって感じ。
ってかカナエさん待たせて怒られたくないんで、もう借りるから」
ウルケイはそのまま病室に入ってきて、俺の首根っこを掴んだ。
ひょいと片手で五十キロ台の俺を持ち上げ、そのまま病室を出ようとする。
「え、ちょ、えっ___」
なにこの駆け落ちみたいな展開。
「リン、お前も来い。現場証人だろ」
「う、うん!」
「ってことで〜」
こうして、嵐のようにやってきたウルケイという男によって俺の殺処分は一旦逃れ、
俺は星導師の総監部__
いや、星導師の巣窟__星導庁に連れて行かれることとなった。




