Candy Voice
今日はいつも以上にはりきって歌っちゃう♡
(やっとここまで上りつめた。 地下の地下、そのまたチカチカアイドルぐらいだったあたしが、今を時めくPUNKバンド[SEA MOON]の前座を務められるぐらい人気が出始めた)
鏡子はベーシストの花火に夢中。いわゆる推しを通り越し、本気の恋心を胸に秘めている。
おどろおどろしい花火のトレードマークはツンツンに逆立てたスパークヘアーとゴリゴリのベースの音色。70年代ロンドンパンクを匂わせるような、派手な化粧をしている。ちょっぴり怖そうで近づきがたいムード。
鏡子はどうかといえば、楽器演奏はせず、人が作った曲をステージで歌う、ザ・アイドルだ。ただ、鏡子自身が考えた独特の振り付けは客席をも巻き込むし、歌は子どもの頃から非常に旨かった。3オクターブを軽く出してしまう喉の持ち主だ。フリルが薔薇の花びらのように重なったミニのワンピースを着て、手首にはピンクに白の水玉模様のリボンを巻いている。ワンピースは純白だ。
自作ではないが、歌いたいものだけを歌った。売れてもいない頃から鏡子は妥協をしない、見た目とは逆で我儘に音楽活動を続けてきた。彼女としては、それが功を奏したと思ってもいる。作詞作曲家の先生方は鏡子に手を焼く場面もしばしばであった。それでも、鏡子に魅せられるものがあったから、彼女の意見を無視するわけにはいかなかったのだろう。
大きなドレッサーの前でメイク直しをする鏡子。
(チークはいつもより薄めがいいかな……。だってあたし、花火さんと一緒だもの、きっと顔が真っ赤になっちゃうよ?)
大好きなピンク色のアイシャドウをポンポンとのせ、眉は濃いグレーと桃色2色のペンシルを使いナチュラルに描く。まつげはオンナのいのちなので、マスカラ下地・本マスカラ・コーティング、とこだわる。唇はチェリーをイメージさせるつややかさでグロスは多め、赤い唇だ。ネイルは好きなので自分でする鏡子。今日はオレンジ系のヌーディーカラーにゴールドの星やハート形のラメをちりばめた。おくれ毛を少し垂らしたハイサイドポニー……。真っ黒な黒髪を右の高い位置でポニーテールにキュッと結んでいる。もちろんおリボンはトレードマーク。本日は衣装がまっ白なので、愛らしく濃いピンクにした。真っ赤な厚底サンダルに薄桃色のレースの靴下。
(今夜は3曲も歌わせてもらえる。嬉しい! でも、あたしったらお仕事そっちのけで、花火さんを間近に感じられることのほうがもっと嬉しいかも?)
鏡子は楽屋でクスッと笑った。SEA MOONも鏡子もリハーサルが終わり、本番まで時間がたっぷりある。
鏡の中の自分に120点をあげた鏡子。
(歌うの楽しみ~! SEA MOONさんと同じステージに立てるなんて、夢みたい!)
目を閉じて浮かぶのは……あれ? 自分のダンスよりも、花火のプレイする姿であった。
鏡子には、花火に恋に堕ちてしまったある出来事があったのだ。
その前から、同じ業界の先輩としてもちろんバンドを知ってはいた。テレビ出演する彼らのことも観ていたし、カーラジオからバンドの曲が流れてくるのを何度でも聴いた。
なにが彼女に起こったのか?
鏡子はあるオフの日、身バレせぬよう、ノーメイクに伊達メガネをかけ、目深にキャップをかぶりボーイッシュな格好をし、マネージャーと共にSEA MOONのライブを観に行ったのだ。
「地下アイドルといえども」とマネージャーは言った。
「鏡子さん、大丈夫だよ? ここから観なくてもさ、口利きできるよ?」
鏡子は「いいえ、フツーの人として彼らのライブを体感したいの」
幸いにも「あの娘、地下アイドルじゃない?」などとざわめきが起こることもなく終始、ノッリノリで鏡子は楽しめた。
(こんなに……なんというのだろう、自然に、まるで獣みたいにたおやかでありながらも激しく情熱がほとばしる感覚! 何年ぶりだろう?!)
歓びに満ち、胸がいっぱいになり「だいじょうぶよ」と鏡子はマネージャーを先に帰らせた。
出待ちなんかする必要ない。身バレの心配云々じゃなく、充分すぎるほど幸せに満たされたから。
しかし、たまたま彼らが出てくるドアーは鏡子の帰り道にあった。
「キャ――――!」
黄色い悲鳴に振り返ると、SEA MOONの4人がちょうど出てきたところだ。10メートルも離れていなかった。
(あ! 花火さんだ!)
彼らはローディーと共にバンに乗り込むところであった。
鏡子は花火の全容よりも瞳を追った。
バンに花火が乗り込まない。
地下アイドルに気づいたのか、気付いていないのか判らぬが、車に乗るためにかがみかけた体を、花火はわざわざ鏡子のほうへ向き直した。
二人は見つめ合った。
それはほんの10秒程度だが、鏡子には時計がとまったかのように感じられた。
花火は……なぜか、少し驚いたような表情をしていた。
鏡子はあの時から花火が気になってしょうがない。そしてあのとき感じた恥ずかしい気持ちの正体を(あたしのことをまさか……)と嬉しくなった。
(あれ、なんだったのかなぁ。お洒落もしてないヘンテコリンな女が居る! ってビックリされちゃったのかなー)
今、鏡子はドレッサーの前で再び、美しくお化粧をし着飾った自分を見つめつつ想い出した。
そののち、こんなこともあった。
大興奮したSEA MOONライブ観戦から1カ月経ったころ、鏡子は渋谷の街でショッピングしていた。
(可愛い部屋着が欲しいのよね……)
ウィンドーショッピングはドキドキする。季節の移ろいを都会でだって感じる。春だから、お花屋さんのスイートピーの香り、花壇のチューリップ。春風はスカートをめくるほど強い。そして暖かい。
(あっ……)
鏡子は目を疑った。
同じようオフをくつろいでいるのであろう花火が向こうから歩いてきた。
髪の毛はおろして風になびいていたし、ノーメイクだが発しているオーラがなにやら周りの人と違う。
大ファンの彼が素顔であろうとも、正体がわかってしまった鏡子。
「花火さんっ」
鏡子はがまんできずに、すれ違う瞬間彼に声をかけた。
とても緊張したが……花火は、フッと緩やかな表情になり「あの時のお嬢様でしょう?」ですって!
目をハートにしながら、鏡子は花火と通じ合えている確信を持ち「はい」
でも照れてしまいうつむいた。
「アイドルだよね? 君。あの時すぐにわかったよ。メガネかけてたってさ」
花火ははしゃぐように笑顔を見せた。
「あ、でもわたしはそんなに売れてないです。好きで歌ったり踊っているだけで……」
すると花火は唐突に彼女をお茶に誘ったのだ。
(花火さん、平気なのかしら? ファンに絶対ばれるよね)
「だいじょうぶ。行きつけの隠れ家……静かな喫茶店があるんだよ」
心の声が聴こえたのかと鏡子は少し不思議な気分、そしてときめいた。
鏡子は花火について行く。路地を抜け大きな通りに出た。そして左に曲がり、また小径に入り、右手に緑の生い茂る大きな公園を見ながら少し歩いた。
歩いている時、二人は殆どしゃべらなかった。やはり花火も立場上人目は多少なりとも気にしているようだった。
途中に民家があり、庭先にスズランが植わっていた。
たまらないという感じで花火は口を開いた。
「珍しいな。スノーフレークはよく見かけるけどさ、なかなかスズランは東京で見ないよ。育ててるんだろうね~」
花に詳しい鏡子もたまらなくなり言葉を発した。
「そうね! 緑の模様がトレードマークのスノーフレークは見かけますけど、コロンっと可愛い鈴蘭のほうがわたしは好きよ!」
花火は「気が合うじゃん」とちょっぴりモジモジした。その姿はステージ上の少し怖そうなベーシストからは想像がつかない様子であった。
喫茶店にたどり着いのはお昼の12時半。
(おなかすいたな~……)
「なにか食べなよ、お好きなものをどうぞ! オレのおごりだよ」
「そ、そんなわけにはいきません。わたし、だいじょうぶです」
が、しかしメニューを見ると……ランチが2000円~……。少し黙ってしまった鏡子。
その様子を優しい表情で見ている花火。
「マスター、じゃあ今日のお任せで、二人分ね」と彼は注文をしてしまった。
小さな声で「お嬢様には紳士でなくっちゃね」と花火はにっこりした。まったくキザな雰囲気やイヤミのない、屈託ない少年のようなひとだ。
二人の音楽談義は白熱した。鏡子はアイドルソングを歌っているが、ロックに詳しいので花火が感嘆し、盛り上がった。
「あの時……どうして?」
気分がほぐれてきた鏡子は、ついに花火に尋ねた。
「どうして、こっちみてたの? あの瞳……」と、斜め下のほうにはにかみ、視線を落とす鏡子。
花火は「ア、アイドルの娘だって……判ったからだよ、うん、そうかな」しどろもどろで、バンドでのクールな役割は一切抜けてしまっている雰囲気。
「かわいいっ!」と、言ってしまい鏡子は即座に焦って謝った。
「ごめんなさい、花火さん……。失礼なことをわたしったら」
花火はなにも言えず、なんとか『オレらしさ』とでもいうようなものを取り戻そうと必死にしているみたいだった。
(お嬢様、だなんてカッコよく言ってくれるのに、照れて慌てるのね……ほんとうにかわいいひとだわ)
少しサディスティックな気持ちが入り混じりつつ、鏡子は花火の彼女になれたらどんなに素敵だろう、心底その時感じた。
そうしているうちにランチがテーブルに運ばれた。
(わ~、ランチでこんな豪華なステーキ?!)
目をキラキラさせるくいしんぼうの鏡子。
「おなかすいたね、食べようよ」
穏やかに花火が促す。
が、おしゃべりの止まらない鏡子。ひと切れお肉をほおばって飲み込んでは「ギターアンプはね……」ミルクティーを一口流し込んでは「わたしがステップを考えついた時に感じるのは」……。
嬉しそうに花火は笑って言った。
「食べなさい」
子どもを諭すパパみたいに。
胸がキュンキュンする鏡子。
そうして、なんと! 帰りがけに花火は彼のプライベートな携帯番号の書かれたメモを渡してくれた。
「いいんですか? 嬉しい!」
初対面であるレディーの連絡先を聞き出すことをしない花火であった。
「話したくなったらかけてきてね」と恥ずかしそうに言った。
けれどそれから……この前座を務めることとなった今日の今日まで、鏡子は勇気を出せず、花火に電話をかけられなかった。
(ああは言ってくださったけれど忙しいんじゃないかな、なに話したら良いかわかんないな、変なこと言って嫌われたくないな)
鏡子は人前に出る仕事をしているが、非常にデリケートな性格なのだ。
今、鏡子は楽屋にて、最初に見つめ合った夜のこと……そしてミラクルのような喫茶店での二人きりの語らいのことをかみしめ感じている。
(そうだ! SEA MOONさんの楽屋にご挨拶へ行ってみようかな?!)
思い立ち、鏡子は彼らの楽屋へ向かった。
扉の前までやって来て鏡子は一度深呼吸をした。そしてポニーテールをキュッと整えた。
トントン……。静かにノック。
「はぁい」
ドキ! 花火の声だ。てのひらがしっとりしてくるのを感じる。
(どうしよう、どうしようと言ったって、みなさんに挨拶するだけじゃない!)
自分自身に言い聞かせる鏡子。
「こんにちは。今日お世話になります、鏡子です」
すると中からとてもスピーディーに椅子を引き、駈けるような足音がし、スッとドアーが開けられた。
「元気だった?」
満面の笑みの花火。
「はい! 花火さん! 先日はありがとうございました」
ポニーテールがしっぽのように下に垂れる。
「ううん、こちらこそ! 楽しかったよ。ありがとう」
他のメンバーたちが一人もいない。(あれ?)
「ああ、みんなは食事に出てるよ。鏡子さん、どうしたの」
明るく大らかな、あの花火だ。
「あ、はい……初めて前座をさせていただくのでご挨拶に伺いました。よろしくお願いいたします!」
ポニーテールの尾っぽが再び垂れた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
花火がきれいな笑顔を見せた。
花火はまだ素顔であった。(のんびり屋さんなのね)と、鏡子は余計に花火を好ましく想う。
(あたし、ほんとうに……このひとがスキ)
「花火さん、まだお時間がおありなら……わたしの楽屋へきてほしい」
ハッとし、鏡子は両手で自分の口をふさいだ。
(何でこんなこと言っちゃうかな、はしたない!)
たしかに鏡子は花火を強烈に求めている。
花火は静かに……「良いの?」少し距離がせばまった。
(来てほしい! 欲しい! ほしい、ホシイ、ほしい!)
鏡子はもう言わないと心に決め、コクリとうなずいた。
鏡子の楽屋へ入った花火は「甘い香りが充満しているね。君の匂いだよね……? もっと近づいても良いかい」
「ええ。花火さん、わたし、ほしいです。あなただけが」
(お化粧が取れちゃってもすぐに直せるわ。なんなら二人で今日の小屋を飛び出して逃げ出しちゃってもいいわ!)
鏡子はたまらなくなり目を閉じ花火を待った。
花火は立っていた鏡子の首筋に舌を這わせた。
そして自分が着ていた長めの上衣を床に敷いた。どんどんリードしていく花火。
裸体になった鏡子の透ける白さがまばゆい。
二人はあまりにもステキで、万華鏡の中に居るかのような気分だ。
溶けそうだ。
(頭の中までとろけてしまいそう。狂いそうなほど愛おしい。キモチ……イイ)
「おいしいよ、鏡子さん……。なんておいしいんだ。素晴らしい」
(ああ! うっとりとする。なんだろうこの香り……)
お菓子みたいな懐かしい香りがしてきた。
花火は鏡子と繋がりながら鏡子の身体を嘗め回す。どんな処も構わずに。
「かわいいよ、鏡子さん……美しいね、ああ」
鏡子は嬉しくてたまらない。愛するひとと一つになれた。意識が遠のくほど二人は一緒にエクスタシーに数回達した。(次で何回目かしら……)夢中で貪りあう。
この匂い、いちご飴?
愛撫のお返しがしたくて指で彼の背中をひっかこうとした。が、鏡子の指がない。
「おいしい、おいしい! 美味しいよ……鏡子さん、なんてエロティックなんだ! ああ、素敵だ」
見ると鏡子の身体はどんどん小さくなって行っている。
花火はしつこいほどに恍惚の表情で鏡子の全部を舌で包む。
もう意識がなくなってきた。
鏡子は目を開けようとしたが、目ももう無いらしい。
(大好きなあなたと溶け合えるならそれでいい)
本気で鏡子はそう想った。
鏡子はもう居ない。
情事の直後……そこには崩れかかった廃墟があり、ボロボロの上衣が捨てられていた。なんの養分で育ったのかそんな場所に、鈴蘭の花が咲いていただけ。
一番欲しいものを手に入れた。




