episode:09
トレーニングルームは地下一階に設けられていた。
無駄を削ぎ落とした造りだが、戦闘訓練用としては十分すぎる設備が整っている。
「好きな仮想武器を選びなさい。アーツのコードも基本は一通り入ってるわ。普段使ってるものがあるなら、自分の武器からインポートもできる」
オリヴィアが壁際のラックを指差す。そこには、形状も用途も違う仮想武器がずらりと並んでいた。
「いや、このままでいい。これを使おう」
「ほう……アシドさんは、剣を二つ扱うのですか」
「そうなの! 珍しいでしょ。でもアシドは難なく使いこなせるのよ!」
ジオニスの問いに、なぜかカリナが胸を張って答える。
「……ふん。ならヒットデバイスも装着しなさい。準備ができたら始めるわよ」
少し離れた位置で腕を組むオリヴィアに促され、アシドは手首にリング状のデバイスをはめた。
ぶぅん、と小さな起動音。
緑のランプが灯り、身体の周囲に薄い膜が張り付くような感覚が広がる。
仮想武器のダメージを判定し、訓練を安全に成立させるための装置――ヒットデバイスだ。
「いつでもいいぞ。先行は譲ろう」
カリナとジオニスが距離を取ったのを確認すると、オリヴィアは口角を吊り上げた。
「その余裕、すぐに崩してあげるわ!」
言い終わるより早く、彼女は踏み込む。
床を蹴る音が遅れて聞こえるほどの加速だった。
振り下ろされた刃を、アシドは双剣を交差させて受け止める。
「……サムライソードか。今どき、ずいぶん珍しいものを使うな」
オリヴィアの武器は、使用者の少ない特殊な剣だ。
約一万年前、〈ニホン〉と呼ばれた国の戦士たちが用いた剣を模したもの――そう説明されることが多い。
「難なく止めるのね。――なら、これはどう?」
――《レイカンイッセン》アクティブ――
鍔迫り合いの状態から刃が返る。
下から鋭く切り上げられた一撃を、アシドは片方の剣で流し、同時にもう一振りで反撃へ移った。
――《クイックスラッシュ》アクティブ――
高速の斬撃。
だがオリヴィアは切り上げた剣を無理に引き戻さない。遠心力を利用し、そのまま次のアーツへ繋げる。
――《ヤエザクラ》アクティブ――
連続する斬撃が花弁のように舞う。
鋭さと回転が噛み合い、攻撃の途切れがない。
しかし――
アシドは後退すらしなかった。
アーツを起動することなく、最小限の動きで受け流し、捌き切ってしまう。
「さすがSランクだな」
「あなたこそ、一体何者? 私の攻撃をここまで当然のように処理できる人間は、同じSランクでも滅多にいないわ」
「場数を踏んできただけだ。これで、実力は認めてもらえたか?」
「ええ、認めるわ」
そう答えながらも、オリヴィアの視線は鋭い。
「でも、仮面を着けて素性を隠すような人間に、カリナの護衛は任せられない。私一人で十分よ」
「……護衛?」
アシドはわずかに眉を寄せる。
入社の話は聞いていたが、護衛という言葉は初耳だった。
「聞いてなかったの? まあいいわ。どのみち――これに対処できなければ、その話も無意味よ」
オリヴィアは武器を腰の位置に構え、重心を落とす。
さっきまでの苛立ちが、別の温度に変わっている。
「俺はカリナに興味がある。彼女の側にいなければならない理由がある」
「ちょ、ちょっとアシド!?」
カリナが顔を真っ赤にし、慌てて両手を振る。
視線が泳ぎ、足元がふらついている。
「……なら、それは実力で勝ち取りなさい」
オリヴィアの声音が、わずかに低くなった。
――《ハクジンゼックウ》アクティブ――
刃に膨大なマナが集束する。
次の瞬間、斬撃そのものが“射出”された。
白い一閃が一直線に迫る。
空気が震え、床がわずかに軋む。
誰もが知っている。
このアーツが、どれほど危険で、どれほど扱いづらいものかを。
「……少し、なめていたな」
アシドは静かに息を吐き、双剣を構える。
「全力で迎え撃つ」
――《デュアルエッジ・ヌルセヴァー》アクティブ――
双剣の刀身が淡く発光し、交差する。
そして――空間に、一本の“境界”が走った。
キィィ――ン。
金属音ではない。
エネルギーが切断される、あの独特の耳鳴りに近い音。
白刃の斬撃が境界に触れた瞬間、マナの流れが崩れ、位相が割れる。
――ズバッ。
ハクジンゼックウは、真っ二つに裂けた。
爆発は起きない。
余剰エネルギーは双剣へ吸収され、光の粒子となって霧散していく。
「……ヌルセヴァーを、両手で同時に?」
オリヴィアの声が、わずかに揺れた。
その技名は、誰もが知っている。
七英雄の一人がコードを体系化し、教本にも載った“有名すぎる”迎撃アーツだ。
――だが。
二重起動の成功例など、聞いたことがない。
「これは……驚きました」
ジオニスが、信じられないものを見る目で呟く。
「そんなに驚くことなのか?」
「驚くに決まってるわよ」
オリヴィアは悔しげに歯噛みしながらも、息が僅かに乱れていた。
さきほどの《ハクジンゼックウ》でマナを大量に消費した影響が、隠し切れていない。
「片手の起動だけでもマナをごっそり持っていかれるの。
それを二つ、同時に。しかも……平然と立ってる」
オリヴィアは一度だけ、アシドの全身を値踏みするように見た。
「そうなのか? 俺はまだ戦えるが、どうする?」
「……私の負けよ」
吐き捨てるように言って、オリヴィアは武器を下ろした。
「やったぁ! オリヴィアに勝つなんて、やっぱりアシドは凄い!」
カリナが嬉しそうに跳ね、両手をぶんぶん振る。
その無邪気さに、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。




