episode:08
受付で入館許可を得たあと、アシドは来客用の個室へ通された。
外観からしてそれなりの施設だとは思っていたが――内装を見て確信する。
応接室は無駄に豪奢ではない。だが隅々まで手入れが行き届き、警備動線も合理的だ。
(……カリナの所属する組織、思った以上に“ちゃんとしてる”な)
コンコン――
「どうぞ」
ノックに答えると、ゆっくりとドアが開いた。
「アシド! 来てくれてありがとう! さっそく入社の手続きをしよ――」
「こら、カリナ。彼はまだ何の説明も受けていない。いきなり手続きは気が早いだろう」
カリナの背後から、黒髪の青年と黒髪ポニーテールの少女が並んで現れた。
青年は穏やかな笑みをたたえ、少女は一歩も前に出ない。無駄のない姿勢。護衛のそれだ。
「……それもそうだね。ごめん」
カリナはぺろっと舌を出し、悪びれなく肩をすくめた。
「はじめまして、アシドさん。私はこの子の父親であり、当社代表の――ジオニス・ハーバーです」
「そしてこちらが、カリナの護衛を務めるオリヴィア・ルーセント」
「……随分と若いんだな」
つい本音が漏れる。父親と名乗った男は、年齢よりずっと若く見えた。
ジオニスは柔らかな物腰で笑った。
「見た目だけですよ。こう見えて四十二です」
(四十二でこれか……人は見かけによらないな)
「さて。今回、娘を守っていただきありがとうございました」
ジオニスは一度だけ頭を下げる。形だけではない、誠意の重さがあった。
「重ねて、お礼が遅くなったことも謝罪します」
「だからパパ! あたしもアシドを守ったんだから! お互い様なの!」
「勝手に持ち場を離れて、勝手に彼についていって、振り回した……では?」
「ぐっ……そ、そんなことないもん……!」
カリナはバツが悪そうにぷいっと横を向く。
ジオニスは苦笑しながらも、話を本題へ戻した。
「それで――この度、入社していただけるということでよろしかったでしょうか?」
「ああ。カリナに誘われた。しばらく世話になろうと思ってる」
「それは素晴らしい」
ジオニスは嬉しそうに頷く。
「当社は実力主義です。実力がある方なら、素性不明の傭兵であっても歓迎します」
「ジオ……社長。お待ちください」
今まで黙っていたポニーテールの少女――オリヴィアが口を開いた。
声は淡々としているのに、室内の空気が一段張り詰める。
「この者が本当に実力を有しているか。試す必要があるかと存じます」
「ちょっとオリヴィア! あたしがアシドは強いって言ってるのに、不満なの?」
「……カリナの言葉が不満なのではありません」
オリヴィアは一拍置き、言い直す。
「ただ、当社にふさわしい戦力かどうか。私自身の目で確かめたいのです」
「俺は構わない」
アシドが即答すると、オリヴィアは迷いなく踵を返した。
「では社長。トレーニングルームをお借りします。――着いてきなさい」
(指示じゃなく、命令か。……まあいい)
アシドが後に続こうとした、その瞬間。
「ね、ねえ……」
カリナがアシドの服の裾をちょこんと掴んだ。
小声で、こっそり告げてくる。
「オリヴィア、Sランクライセンス持ってるの。うちで一番強いの。だから、気をつけてね?」
――Sランク。
傭兵を生業とする者は、フリーか組織所属かに関わらず、いずれ傭兵組合への登録を義務づけられる。
任務実績と危険度、そして本人の戦闘能力を総合して、組合基準でランクが付与される仕組みだ。
その頂点がS。
存在するだけで抑止力になると言われる、数えるほどしかいない化け物の席。
アシドは、ふっと笑って見せた。
そして同じくらい小さな声で返す。
「カリナは俺の“正体”を知ってるだろ? もし俺たちをランクで言うなら――その上だ」
カリナの瞳が、ほんの一瞬だけ見開かれる。
次の瞬間、オリヴィアが振り返った。
「何をしている。早く来い」
――試験、という名の確認作業。
アシドは静かに一歩、部屋を出た。




