episode:06
人型のアビスが霧散した瞬間――あれほど重くま とわりついていた“アビス濃度”が、潮が引くようにみるみる薄れていった。
「アシド……あんた……」
カリナが、怯えとも驚きともつかない視線を向ける。唇が小さく震えた。
――七英雄……零劫……
(随分と懐かしい名前を聞いたな……)
かつて“七英雄”の六柱に名を連ねた、最悪最凶の英雄。
今まで隠し続けてきた、知られることを恐れてきた正体。
――ばれた。
そう思うのに、胸に湧くはずの焦りも恐れも、なぜかない。
あるのはただ、ひとつだけ。
彼女が知ってしまった以上、もう一緒にはいられない。
その事実が、なぜか針のようにチクリと刺さった。
「カリナ。結果的にお前のおかげで助かった」
アシドは息を整え、淡々と告げる。
「この借りは、いつか返す」
背を向け、その場を後にしようとした。
「待って!」
振り返ると、カリナは言葉を探すみたいに目を泳がせ勢いだけで言い切った。
「え、えーと……そう! あんたについてきちゃったせいで、あたし、パパに怒られちゃう!」
勝手についてきたのは彼女のほうだ。
あまりにも“らしい”言い訳に、アシドは思わず苦笑する。
「そうか。それはすまないな。……それも含めて、いずれ貸しを返そう」
「そうじゃなくて!」
カリナは一歩踏み込み、両手をぶんぶん振った。
「パパから罰として、これから仕事いっぱい振られちゃうかもしれない。だから一緒に手伝ってよ!」
「……は?」
アシドが目を見開くと、カリナは胸を張ったまま畳みかける。
「あーもう、だから。あんたフリーでしょ? うちの会社に入って! 入社してって言ってるの!」
「本気で言ってるのか?」
思わず声が低くなる。
「俺は……バケモノを身体に住まわせてるバケモノだ。悪名高き《ゼロ・エオン》だぞ」
「だから何?」
カリナは肩をすくめる。
「むしろ実力は間違いないでしょ?」
そして、この戦いで見たどんな魔法系アーツの光より眩しい笑顔を向けて、手を差し出した。
「借り、返してくれるんでしょ? じゃあ今。返して!」
アシドは、その手を取ろうとして伸ばした指が止まった。
多くの人間を不幸にしてきた自分が、この手を握っていいのか。
誰にも知られず、世界を守るためにアビスを狩り続ける。
銀河に生きる人々の暮らしを守り――そして、孤独に死ぬ。
それが自分の役目だと、一度は決めた。
(……続けるべきだろ)
なのに。
引き戻すこともできない宙ぶらりんままで震える手を――カリナが、ぎゅっと掴み取った。
「これからよろしくね! アシド!」
その手は、驚くほどあたたかい。
手だけじゃない。凍っていた何かが、胸の奥からじんわり溶けていく気がした。
「……精々、後悔するなよ。とんでもない大罪人を率い入れたことを」
「あんたも後悔しないことね。とんでもないとこに入社したって」
アシドは小さく息を吐き、消滅してしまった仮面の感触を思い出す。
そしてクロノスの力で“それ”を編み直し、再び顔に装着した。
「俺の正体は二人だけの秘密だ」
「うん。二人だけの秘密ね!」
(我のこと忘れておらぬか?)
繋いだ手のまま見つめ合う二人に、クロノスが不満げに割って入る。
「そういえばクロノスもだったね」
「お前はバケモノだから、人としてカウントされない」
(今日はえらく饒舌じゃな、バケモノよ)
アシドは鼻で笑って返す。
自分でもわかっていた。
不思議と失ったはずの情熱と、胸の高鳴りが戻ってきている。
「さあ、早く戻ろ? ただでさえ持ち場を離れてるんだからね!」
カリナに急かされ、繋いだ手を引かれるまま、アシドは歩き出す。
新しい冒険の毎日へと。




