episode:02
「ねえ! ちょっと待ってよ!」
「……なぜ、ついてきた?」
アシドの背中に食らいつくように、カリナは森の中へ足を踏み入れていた。
「あんたねぇ! 護衛対象を放り出して、ひとりで何する気?
任務放棄じゃない!」
「この先の元凶を潰せば、結果的にクライアントの安全は守られる。護衛任務に違いはない」
アシドは振り返らないまま淡々と言う。
「それに――そう思うなら、任務を放り出したバカを放って戻ればいい」
「それも一理あるけど、そうじゃなくて!」
カリナは両手を上から下へ叩きつけるように振り、不満を露わにした。
「とにかく! あんたをひとりにできないでしょうが! 危ないでしょ!」
「俺はひとりでも問題ない」
むしろ人目がないほうが、力を使いやすい。アシドにとっては都合がいいくらいだ。
「……そういえば。さっきの、なに?」
カリナが歩きながら横目で探る。
「剣も銃も……なんであんな威力でアーツを使えるのよ。しかも切り替えが速すぎ」
「何を不思議がる。七英雄は複数武器を扱うだろう」
「あの人たちは特別! 普通、適性は一種類よ。二種類を、あんたみたいな威力でバカスカ使える人なんて――直接見たのは初めて」
アシドには当たり前だった。だが、どうやら“普通”ではないらしい。
(……今後は目立たないようにするか)
内心でそう結論づける。
「お前が知らないだけで、案外いるのかもしれない。俺みたいなのがな」
カリナは納得していない顔をしたが、まともに答える気がないことを察し、それ以上は踏み込まなかった。
二人はさらに奥へ進む。
「……アビスの濃度が、上がってる」
カリナの声が少し硬くなる。
「それに……嫌な気配がする」
「気づいたか。大物が来る。下がっていろ」
次の瞬間。
草木が、まとめて薙ぎ倒された。
土が抉れ、湿った獣臭が押し寄せる。
「……大きい。フォレストオーガ……! しかも汚染されてる!」
緑色の肌、身の丈は五メートルを超える巨人。
醜悪な顔面には、黒い“核”のようなものが歪に張り付き、肉を侵食していた。
アシドは間合いに入ると同時に、武器を切り替える。
両手に現れたのは、一振りの大剣。
――ギガスラッシュ・アクティブ――
大剣の軌道に、震えるエネルギーの刃が走る。
ギィィン――ズシャァッ!
刃がオーガの胴を裂き、黒い霧が噴いた。
「……固いな。両断するつもりが、浅い」
「オーガは物理に強い! あたしに任せ――」
カリナが杖を握り、詠唱に似た起動動作へ入った、その瞬間だった。
彼女の横――木々を薙ぎ倒しながら、別の影が滑り込んだ。
巨大な爪が、空気ごと叩き落とされる。
「うそ……フォレストサーベル!?」
カリナは反射的に目を閉じた。
発動途中で無防備な身体が、引き裂かれる――そう思ったからだ。
だが、衝撃が来ない。
不思議に思って、ゆっくり目を開ける。
「……え……?」
視界に入ったのは、血で赤黒く染まった地面。
そして――身体をずたずたに裂かれながらも、カリナの前に立つアシドだった。
「なんで……」
「動くな……」
アシドの声は抑揚がない。だが、息は明らかに荒い。
――ギガプラズマ・アクティブ――
アシドは片手の武器を杖へ切り替え、震える腕で振り抜いた。
キィィン――ドンッ!
雷光にも似た熱が炸裂し、フォレストサーベルは真っ黒焦げになって倒れ伏す。
「ぐ……っ」
膝が折れ、アシドが崩れ落ちた。
「ちょっと! しっかりして!」
カリナは慌てて治癒系アーツを起動する。淡い光がアシドを包む――だが、傷の戻りが追いつかない。
オーガが、こちらを見ている。
警戒しながらも、確実に距離を詰めてくる。
「……逃げろ」
アシドが掠れた声で言う。
「お前じゃ死ぬ」
「……っ」
カリナの蒼い瞳に、涙が溜まっていく。
「あたしが……ついてこなかったら、こんなことにならなかったのに……」
唇が震える。
「ねえ……なんで庇ったのよ。あんなに無関心そうな顔してたくせに……意味わかんない……!」
アシドは答えない。
ただ――目の前の少女だけは逃がさなければと思う。
(俺はここで終わってもいい。……だが、こいつは)
罪の代償を払うのは、自分だけでいい。
そのときだった。
(貴様に死なれると困るのだがな。――どれ、我が力を使ってやろう)
アシドの内側で、何かが嗤った。
(今の貴様には拒む余力もないだろう)
「よせ……やめ――」
抗う間もなく、体内から闇が滲み出す。
世界が、灰色に塗り替わった。
風が止み、木の葉が空中で静止する。
オーガの唸りも、カリナの呼吸も、切り取られた写真のように固まる。
そして、アシドの傷が――“塞がる”のではなく、
時間そのものが巻き戻るみたいに、元の状態へ戻っていった。
やがて、色が帰る。
世界は、何事もなかったかのように動き出す。
「……な、なにが起きたの?」
カリナの声が震える。
アシドは立ち上がり、顔を歪めた。
「……クソ。まずい」
吐き捨てるように言う。
「……歪みが生まれる。あれが――また現れるはずだ」
「ちょ、身体が治ったと思ったら急に何よ! てか、なんで傷が治ってるの!?」
アシドは周囲を睨み、歯噛みする。
裂け目が開く“気配”が、どこにもない。
「……なんだ?」
低い声が、森に落ちる。
「歪みが……生まれていない?」




