episode:12
「アシド・クルーガーだ。今後、カリナの護衛として同行する」
名乗ると同時に、コクピット中央のホログラム――アウラの瞳がわずかに細まった……ように見えた。もちろん錯覚だ。だが、あまりにも人間的な“間”がある。
『確認。搭乗者を新規登録します。――どのレベルの権限を付与しますか?』
「んー……あたしとオリヴィアと、同じでいいよ」
カリナがあっさり言い放つ。
アシドは眉をわずかに上げた。
“同じ”と言った今、彼女は自分が何を渡そうとしているのか理解しているのか。
『了解。アシド・クルーガーにマスター権限を付与します』
淡々とした声。
だがそれは、船の鍵を丸ごと渡す宣言に等しい。
「……いいのか? オリヴィアが何か言わないか」
「いいのいいの。なんだかんだでオリヴィア、あたしの言うこと聞いてくれるから」
悪びれもせず胸を張るカリナに、アシドは小さく息をついた。
「ところで。この船は二人の専用だと言っていたが……二人で運用できてたのか?」
「うーん、今まではね。目的地に行って、数日滞在するときのホテル代わりに使うだけだし。操縦はアウラがしてくれるから」
『肯定。航行、姿勢制御、燃料管理、簡易整備、医療支援、危機回避――機体運用の大半は私が代替可能です。理論上、子供一人でも運用できます』
「ね? アウラのおかげで、あたしとオリヴィアだけでも困ったこと一度もないし」
アシドは内心で評価を更新した。
かなり高性能。……というか、宝の持ち腐れだ。
(これほどの船を、移動とホテルのためだけに使うとは)
「操縦は俺にもできる。だが船の性能を活かして長期任務に備えるなら……メカニックは最低でも必要だ。料理ができるクルーもいたほうがいい」
現実的な提案のつもりだった。
しかし、カリナの表情はふっと曇る。
「そうなんだけど……あたし、人見知りだからさ。よく分からない人とか、気楽に関われない人と一緒だと……息苦しくって」
「……俺は違うのか? 昨日、初めて会ったばかりだが」
「ほんとだね」
カリナはくすっと笑って、首を傾げた。
「でも、アシドはなんか違う感じがするんだよね。……うまく言えないけど」
その笑顔が、妙にまぶしかった。
アシドは自分でも意外なほど自然に、口元を緩めていた。
そして――ぽん、と。
無意識に近い動作で、彼女の頭を軽く叩く。
「なら、無理にクルーを増やさなくてもいい。俺も簡単な整備と料理くらいならできる」
「えへへ、ありがとう!」
礼を言われる筋合いはない。護衛として当然の範囲だ。
それなのに、胸の奥が妙に温かい。――不思議と、悪くなかった。
そのとき。
「……じゃが、カリナよ」
場違いな幼い声が、コクピットの隅から割り込んだ。
「アシドの料理は傭兵飯じゃ。ハイカロリーで、ちと油っこいぞ?」
「え? だれ!?」
カリナが勢いよく振り返る。
そこには――いつの間にか、幼い少女が腕を組み、腰に手を当てて仁王立ちしていた。
「我じゃ。クロノスじゃ!」
アシドはため息混じりに目を細めた。
「え、クロノスって女の子だったの?」
「我に性別など存在せん。これは旧文明時代の《ニホン》とかいう国家にいた、“オタク”という戦士の趣向を参考にした姿じゃ」
「……オタク?」
「うむ。やつらはどんな精神を蝕む呪詛にも屈せず、目的のためならいかなる手段も取る。じゃが他者のために己の血を差し出す者も多かった。屈強さと清い魂を併せ持った、不可思議な戦士たちじゃったそうな」
やけに力説するクロノスに、カリナは「へぇ……」と妙に納得しかけて――
「今はそういう人、少ないかもね……」
ぽつり、と言いかけて。
次の瞬間、顔つきが変わった。
「でも、それよりも重要なことがあるよ」
真剣な声色。空気がぴり、と張る。
アシドは反射で身構えた。
クロノスも、眉をひそめる。
カリナはまっすぐクロノスを見て、告げた。
「クロノス……いや」
そして、破壊力抜群の呼び方に言い直す。
「クロちゃん! すごーくかわいい! ぎゅーってさせて!!」
「な、なんじゃと!?」
クロノスが叫んだ瞬間――
カリナはクロノアクセルでも使ったのかと錯覚するほどの速度で飛び込んだ。
小さな体を抱きしめ、頬ずりを始める。
「や、やめんかっ……! くっ、離せぇ……!」
「むり! かわいすぎ! ほっぺぷにぷに!!」
抵抗は、虚しい。
アシドは操縦席のひとつに腰を下ろし、額を軽く押さえた。
不機嫌そうなクロノスを、ひたすら愛で続けるカリナ。
その騒がしさが、どこか尊く見えた。
アシドは、少しだけ肩の力が抜けている自分に気づいていた。
彼女の正体と自らの宿命をまだ知らずに、穏やかな気持ちでいた。




