episode:10
来客用の個室へ戻ると、流れは自然に整った。
アシドの隣にカリナが腰を下ろし、正面のソファにはジオニスとオリヴィアが向かい合って座る。
まるで――最初から決まっていた席順みたいに。
ジオニスが穏やかに口を開いた。
「さて。先ほどオリヴィアが話した通り、アシドさんには入社後、カリナの護衛を担当していただきます」
「俺は構わない。だが、二点だけ聞きたい」
「ええ、どうぞ」
「まず……なぜ俺を護衛に?」
ジオニスは肩をすくめ、困ったように笑った。
「理由は単純です。オリヴィアに加えて、もう一人護衛がほしい。……ただ、本人たちが“いらない”と言うのですよ」
「本人たち?」
アシドの視線がカリナへ流れる。
「カリナも、か?」
「はい。オリヴィアは見ての通りですが……カリナもあまり人に心を開かない。社内でも、私とオリヴィアを含めて数名としか会話をしないほどです」
ほぅと、アシドは内心で息を吐く。
隣を見ると、カリナは首を少しかしげて、悪びれずににこりと笑った。
「お前、俺には初対面なのに普通に話してたよな」
「うん。なんでか分からないけど……アシドって、懐かしい感じがして。普通に話せたの」
(懐かしい、ね……)
それは軽い言葉のはずなのに、胸の奥にだけ妙な引っかかりが残る。
アシドもカリナとはじめてあったとき、同じように懐かしいと感じたからだ。
ジオニスが続けた。
「私も驚きましたよ。カリナが“アシドさんを入社させて護衛にしたい”と言い出した時はね。以前からオリヴィアが少し目を離すと、ふらりとどこかへ行ってしまう。昨日の件で、なおさらもう一人必要だと判断しました」
初対面の相手にここまで距離を詰め、今も当然のように隣に座っている。
アシドは、カリナは誰にでもこうなのだと思っていたが違ったらしい。
「二つ目。素性の分からない俺を、娘の護衛にする理由は?」
今度は、ジオニスの笑みがわずかに柔らかくなる。
「カリナから聞きました。あなたは身を呈して、命懸けで守ってくれたと。自分を犠牲にしてまで他人を助けようとする人物が、悪人だとは思えませんから」
アシドはじっとジオニスの顔を見た。
しかし、その微笑みは“見せるための表情”で、奥が読めない。
(嘘は言っていないようだが……本当のことも言っていないな)
「……分かった。契約内容について聞こう」
ジオニスの思惑はどうであれ、アシド自身もカリナの力について知る必要がある。
護衛として側にいれるのであれば都合がいい。
「契約は明日、改めて結びましょう。本日はいったんお帰りいただいて構いません。入社は明日から、正式に」
話が締まったのを合図に、アシドが席を立つ。するとカリナも、反射的に立ち上がった。
「途中まで一緒に行く!」
「護衛対象が勝手に動いていいのか」
「うん。普段はこんな感じだよ? オリヴィアが側で守ってくれるのは依頼とかの時ぐらいだよ」
「……そうか。なら途中まで来るか?」
「うん!」
背後から、ジオニスが釘を刺す。
「カリナ。あまりアシドさんを振り回さないように」
「分かってるよ、パパ」
アシドとカリナは並んで部屋を出ていった。
扉が閉まり、足音が遠ざかった頃。沈黙を破るように、オリヴィアが口を開く。
「ジオニスさま……やはり彼が、零劫なのですか?」
ジオニスは即答しなかった。指先で顎をなぞり、慎重に言葉を選ぶ。
「まだ断定はできません。ただ――少なくとも、行方不明になっている六人の“誰か”である可能性は高いでしょう」
「……」
「オリヴィア。実際に戦ったあなたはどう感じましたか?」
オリヴィアは苦々しい顔のまま答える。
「実力は確かです。ですが……“奴らの力”を使っている様子は見えませんでした」
「それでも、あなたを圧倒する実力者など、七英雄くらいしかいないでしょう」
ジオニスは立ち上がり、窓の外へ視線を投げた。
下では、カリナがアシドに向かって屈託なく笑っている。
その光景に、ジオニスの口元がわずかに緩む。
「直に分かるでしょう。彼が――私たちが探していた存在なのかどうかは」




