断罪される悪役令嬢ですが、シナリオ改変はしません
『転生者』という言葉を知ったのはいつだったでしょうか?
前世の魂や知識を持って生まれた存在のことです。
狭義には別の世界から転じた者を指すことが多いようですね。
転生者についてはいくつかの本で読みました。
異世界の知識をもたらす存在で、創造者にも破壊者にもなり得るのだと。
すごいですよね。
わたくしも自分が転生者なのかなあと思ったことがあります。
実は心当たりがあるからです。
とにかくわたくしには乙女ゲーム『創世の聖女と満月の鐘』の知識があります。
そしてわたくしが『創世の聖女と満月の鐘』の舞台バルトーム王国の悪役令嬢、サタリーナ・エルデンリングであることも自覚しています。
……ええ、知っていますとも。
ヒロインの聖女アオイがどのルートに進んだとしても、わたくしサタリーナは断頭台の露となるのだと。
わたくしが本当に転生者なのか、実は確かなことはわかりません。
だって『創世の聖女と満月の鐘』以外の、前世の知識と思われるものがないのですもの。
何らかの偶然でゲームの内容だけを知っているのかも。
もし有用な知識でも持っていれば、バルトーム王国の発展に寄与できるでしょうに、惜しいことです。
ひょっとすると前世の知識が全解放されるためには足りないものがあるのかもしれませんね。
ものの本によると、イベントなり経験なりを通して突然記憶がよみがえるというケースが多いそうですので。
ではわたくしは今できることをしておくべきでしょう。
すなわちこちらの世界での知識を増やすこと。
ストーリー上自分が処刑されることに関してですか?
当然だと思います。
だってサタリーナは我が儘で横柄でひどいのですもの。
でもよろしいのです。
わたくしが幸せなのは第一王子トラヴィス殿下と婚約するところまでですから。
婚約後、エルデンリング公爵家はガタガタになります。
お母様が亡くなるので。
お母様の死後、お父様が平民の愛人とその子を家に引き入れると、わたくしとの対立が深まります。
くだらぬ平民に引っかかったとエルデンリング公爵家の評価が下がりまして、わたくしがトラヴィス殿下の婚約者であること自体がよろしくないという流れになります。
当然わたくしサタリーナは荒れ、トラヴィス殿下は苦悩することになります。
そこへヒロインの聖女アオイが現れ、トラヴィス殿下ルートの場合は最終的に殿下と聖女が結婚するのです。
……わたくしにはトラヴィス殿下と聖女アオイが結ばれて欲しいという、強い思いがあるのですよ。
トラヴィス殿下は凛々しさと可愛らしさの同居した素敵な貴公子ですし、慈悲深く気高い聖女アオイとはお似合いだと思いますから。
わたくしが転生者だとすると、シナリオに対する信仰心は前世の思い入れかもしれませんね。
もっともわたくしの知っている『創世の聖女と満月の鐘』通りに展開するとは限りません。
何か予定外のことがあったから、登場人物であるわたくしサタリーナが『創世の聖女と満月の鐘』の記憶を持つということなのかもしれませんし。
でも美しいストーリーなのですよ。
美しいまま進んで欲しいなあと思います。
わたくし自身が不幸になることはまあ。
人間いつかは死ぬものですしね。
トラヴィス殿下と聖女アオイの幸せを特等席で見られると思えば、意味のある死だと思いますよ。
◇
――――――――――王宮にて。第一王子トラヴィス視点。
昔はサタリーナ・エルデンリング公爵令嬢とよく遊んだものだけど、最近彼女はずっと領地にいたんだ。
会ったのは五年ぶりになる。
漆黒の髪は控えめに飾られ、以前は好奇心旺盛な光を湛えていた黒の瞳は潤んでいた……絶対ボクのこと好きだよね。
婚約前の顔合わせで、ボクも緊張しちゃってうまく話せない。
サタリーナは素敵な淑女になったなあ。
父陛下が笑う。
「ハハッ、二人で散歩してきてはどうだ?」
「王宮庭はカルーナやパンジーが見頃ですよ」
「では行ってまいります。サタリーナ」
「はい」
ボクの手を取るサタリーナ。
正直この場は大人達が皆ニヤニヤしてるから、迂闊なこと言えないし。
二人きりならもっと話せると思うんだ。
「わあ、奇麗ですね」
「君のほうが奇麗だよ……と言ってみた」
「うふふ、ありがとう存じます。でもわたくしは地味ですから」
「そんなことないよ!」
本当に奇麗だってば!
ああ、ボクが余計な付け足しをしたから気にしてるのかな。
サタリーナを褒めないと……。
「そういえばサタリーナは魔法が上手だと聞いた」
ボクの婚約者候補筆頭とされているのは、エルデンリング公爵家の家格はもちろんとして、サタリーナの魔法の実力を考慮されてのことだと聞いた。
ボクも基礎魔道理論くらいは齧ってるけど、至極難解としか言いようがない。
その上魔法を使うには持ち魔力量の多さという素質が必要で、さらに魔力操作という繊細な技術を習得しなければならないの。
常人にはムリ。
「はい。エルデンリングは魔道の家ですから」
「すごいなあ。ボクもちょっとは勉強させられたけど、すぐ諦めたよ」
「よろしいですのよ? 今後トラヴィス殿下が魔法を必要とする時には、わたくしがお側にいますから」
「ありがとう。それってサタリーナがボクの婚約者になってくれるってことだよね?」
ニコッと頷いてくれた。
かーわいいな。
「陛下と殿下がよろしければですけれど」
「もちろん反対なんかないよ!」
「うふふ、ありがとう存じます」
サタリーナが婚約者かあ。
嬉しいな。
ん? 急にサタリーナが真面目顔になったぞ?
どうしたんだろう?
「わたくしは昔からトラヴィス殿下のことをお慕い申しておりまして」
「うん」
「幸いにもエルデンリングという高位貴族の家に生を受けましたので、努力次第で殿下のお嫁さんになれると、それはそれは幼い頃から努力したものです」
「うんうん、ボクもサタリーナが婚約者なんて本当に嬉しいよ」
「ところが婚約成立までがわたくしとエルデンリングの運勢のピークなのです」
「えっ?」
「これはトラヴィス殿下にしか話していないことです。家族も知りません。ある程度わたくしには先のことがわかるのだということを御記憶くださいませ」
「う、うん」
魔道の力か?
つまりサタリーナはエルデンリングの中でも滅多にいないほどの術者だから、見えてしまう未来がある?
「今後エルデンリング家は凋落するのではないかと思われます。おそらく当主であるお父様が罪を犯します」
「ゲイリー殿が罪を?」
わかっていて止められないのか?
いや、陥れられる?
「トラヴィス殿下はバルトーム王国の王になるお方。わたくしとの婚約を破棄し、処刑することをためらってはなりません」
「処刑って……」
どうしてそんなことになる?
どうしてサタリーナはこんな未来を淡々と言えるんだ?
混乱する。
「君を失ってボクはどうしたらいいんだ?」
「バルトーム王国には聖女が現れます。ここまではまず間違いないと思います。殿下は聖女を妃とする手がありますが、まだ確定の未来でない部分です」
「……」
じゃあエルデンリング公爵家が零落れ、サタリーナとの婚約が解消されるのはほぼ確定なのか?
サタリーナがボクの手を握ってくる。
「しっかりなさいませ。わたくしはどこまでも殿下の味方でございますからね」
慈愛に満ちた微笑み。
婚約解消が見えていて、それでいてボクの味方だという。
ああ、ボクのパートナーとしてサタリーナ以上の存在があろうか?
聖女とは聖属性と大きな魔力を併せ持つ女性のことだ。
現在聖女は世界のどこにもいないはず。
それがバルトーム王国に現れることがわかるだけでもすごいのだけれど……。
◇
――――――――――一年半後、王立学校にて。サタリーナ視点。
順調、というか『創世の聖女と満月の鐘』のシナリオ通りに進行しています。
王立学校に入学しました。
そして実母が亡くなり、継母と異母きょうだいを家に迎えて。
……お父様もどこがよくてこのような女性を愛人にしたのかしら?
いえ、わたくしに対する態度とお父様に対する態度が全然違うからですね。
お父様には卑屈に媚びて品がないです。
まあいいでしょう。
どうせわたくしは処刑される身。
自分の境遇なんか考えても仕方ないですものね。
『創世の聖女と満月の鐘』の美しいストーリーが堅持されることが大切です。
わたくしが転生者なのか知識が流れ込んでいるだけなのか、未だ判別がつきません。
でも『創世の聖女と満月の鐘』には結構な執着があるのです。
今日は特に楽しみな日です。
何故かというと、ヒロインの聖女アオイと悪役令嬢サタリーナの初対面のシーンですからね。
聖女アオイはとても可愛らしい、正統派の美少女なのですよ。
黒くて地味なわたくしと違って華やかですし。
トラヴィス殿下の隣にピッタリ。
聖女アオイは平民で孤児院育ちなのです。
だからこそ苦しみとか慈悲を知っている苦労人で。
入学当初は王立学校で苦労するのですけれど、その努力や健気さに心を打たれて、名だたる令息が力を貸していくのですよ。
どんな素敵な令嬢なのでしょう。
ワクワク。
今日のわたくしは、平民なのに許可も得ず話しかけてくる聖女アオイの頬を張る役です。
ビンタなどしたことがありませんから、枕でたくさん練習しました。
悪役らしく振る舞えると思います。
今日は護衛も断り、取り巻きの令嬢も遠ざけてありますよ。
さあ聖女アオイ、いらしてくださいな。
「あなたがサタリーナ・エルデンリング?」
「えっ?」
こんなに不躾に話しかけられることもないものですから戸惑ってしまいました。
振り返ると輝くような金髪と透き通るような青い瞳。
母性溢れる胸、ええ、聖女アオイですね。
でも表情が野心的です。
……思ってたのと少々違います。
内緒話と言った体で馴れ馴れしく顔を寄せます。
無遠慮というか不快なのですが。
「あなたも転生者なんでしょう?」
「は?」
「隠さなくてもいいわよ。知ってるんでしょう? 『創世の聖女と満月の鐘』を」
「……」
聖女アオイは『創世の聖女と満月の鐘』を知っている!
そして転生者なのですね?
わたくしは自分が転生者かどうかわからないのですけれど。
……どこまで情報を与えるべきですかね?
「あなた、随分行動が大人しいじゃないの。大方没落処刑ルートを回避したいのでしょうけど」
いえ、特に回避しようとは思っていませんよ。
『創世の聖女と満月の鐘』の世界を楽しめればそれで。
トラヴィス殿下が思ってた通り素敵な人だったですからね。
聖女アオイと結ばれてバルトーム王国の繁栄を導いて欲しいなあ、というのが望みです。
「あたしがそんなことさせないわ。あなたは惨めに処刑されればいいの」
もちろんわたくしは処刑されることに納得していますとも。
お父様の罪はどうやら消えないですし、美しいストーリーを改変するのも嫌ですし。
わたくしが罪を背負うことで、トラヴィス殿下とバルトーム王国がよき方向に向かえば本望なのです。
それが『創世の聖女と満月の鐘』を愛するわたくしの望みなのに。
「あたしはこの『創世の聖女と満月の鐘』の世界でハーレムを築くのだわ! 第一王子、第二王子、騎士団長令息、宰相令息、辺境伯令息、護衛の聖騎士、謎の魔道士、異国の王弟!」
は? ハーレムを築く?
ルートを決めないの?
誰を選んでも純愛なのに。
特にトラヴィス殿下ルートは尊いのに!
どうもこの聖女アオイはダメです。
『創世の聖女と満月の鐘』に相応しくありません。
シナリオ上ちょうどいいシーンですね。
「何とか言ったらどうなの、悪役令嬢。どうせあなたの運命なんか決まってるんだから。あたしの陰で燻っていればいがっ?」
あんまりムカついたのでひっぱたいてやりました。
平手が当たる瞬間に風魔法で顎を小突き脳を揺らしてありますので、意識を保てないでしょう?
『創世の聖女と満月の鐘』の美しいストーリーを何だと心得ているのでしょう。
反省なさいませ。
「下賤な顔を近付けないでくださいまし。無礼にも程がありますわ」
シナリオ通りのセリフを投げつけ、その場を去りました。
――――――――――その時。聖女アオイ視点。
サタリーナ・エルデンリングは『創世の聖女と満月の鐘』で最も目立つキャラクターだわ。
黒髪の美しい公爵令嬢で、主人公のあたしが聖女認定された時点で既にバルトーム王国第一王子トラヴィス殿下の婚約者という恵まれたポジションにいて。
でも聖女出現以降は、坂道を転げ落ちるように哀れになるのだわ。
その悲劇性が『創世の聖女と満月の鐘』を名作と言わしめているのだけれど。
……あたしは前世でくだらないモブだった。
女の価値の半分が顔の造作で決定する社会で、能力もなくもちろん美人でもないあたしは、お気に入りのゲームにのめり込む以外何ができたろうか?
ストレスで心を病んで、投げやりな気持ちで死んだのだと思う。
『創世の聖女と満月の鐘』の世界に転生したと知って狂喜した。
しかもヒロイン聖女アオイ!
勝ち確!
予定通り聖女認定されると、王立学校に推薦で入学できることになった。
おかしなシナリオ改変がされていなくて結構なことだわ。
あたしは思い通りに生きるんだ。
一つだけ気になるのがサタリーナ・エルデンリング。
母親死後のサタリーナはもっと荒れているイメージだったのだけど、やけに静かにしているように思える。
そこであたしは閃いた。
『創世の聖女と満月の鐘』の世界に転生しているのはあたしだけとは限らないと。
サタリーナは十中八九、地球からの転生者だ。
悪役令嬢に転生したにしてはシナリオ改変にあまり関わっていない気がするけど、王子の婚約者だから忙しいのかもしれないわ。
『創世の聖女と満月の鐘』のストーリーからすると、サタリーナは自爆で立場を悪くしていく。
転生者が自分だけと思っているから、大人しくしていて実家の没落さえ防げればトラヴィス王子の婚約者として安泰と考えているに違いない。
そうは行くか。
積極的に足を引っ張ってやるわ。
今日はサタリーナと初対面のイベントね。
先制攻撃を仕掛けてやるわ。
「あなたがサタリーナ・エルデンリング?」
「えっ?」
「あなたも転生者なんでしょう?」
「は?」
「隠さなくてもいいわよ。知ってるんでしょう? 『創世の聖女と満月の鐘』を」
「……」
「あなた、随分行動が大人しいじゃないの。大方没落処刑ルートを回避したいのでしょうけど」
この反応、さすが公爵令嬢だけのことはあるわ。
表情筋の制御が完璧で、『創世の聖女と満月の鐘』を知っているかいないかわからない。
「あたしがそんなことさせないわ。あなたは惨めに処刑されればいいの」
これでも動揺しない。
でもあたしの言葉を遮ろうともしない。
あたしを喋らせることで情報を得ようとしている?
「あたしはこの『創世の聖女と満月の鐘』の世界でハーレムを築くのだわ! 第一王子、第二王子、騎士団長令息、宰相令息、辺境伯令息、護衛の聖騎士、謎の魔道士、異国の王弟!」
初めてあたしにもわかるくらい顔色が変わった。
第一王子があなたの婚約者だって遠慮しないわ。
あたしはモテ生活を送るんだから!
「何とか言ったらどうなの、悪役令嬢。どうせあなたの運命なんか決まってるんだから。あたしの陰で燻っていればいがっ?」
ビンタされてあたしの意識はなくなった……。
――――――――――
「はっ……ここは?」
「気付いたかしら? 医務室ですよ」
「そうだ、あたしは暴力を振るわれたんです!」
『創世の聖女と満月の鐘』のストーリー上、平手打ちされるのはわかってたのに。
でも気絶して医務室に運ばれるなんてシーンあった?
というかあれくらいのビンタで気絶?
サタリーナは魔法が使える設定だったわ。
睡眠の魔法でも使われたの?
いえ、聖女には状態異常の類の術が効かないんじゃなかった?
何をされたのだろう?
校医の先生が笑う。
「サタリーナ様に話しかけて拒絶されたのですって? いけませんよ。公爵令嬢で、かつトラヴィス殿下の婚約者ですもの」
「で、でも……」
「校内に身分の差はないことになっていますけれど、そんなの建前ですからね。アオイさんが聖女であることは存じていますが、大人しくしていた方がいいですよ」
「……」
ダメだ、サタリーナの評判はいいと見ていい。
水面下でサタリーナの思い通りにことが運んでいる?
積極的に動いてかき回さないと、あたしのハッピーハーレムライフが御破算になる。
でもあたしの意識を一瞬で刈り取ったサタリーナは怖い。
破滅回避のために特殊な術でも習得しているのかしら?
敵もさる者ね。
直接対決を避け、裏から立ち回ればいいわ。
どう考えてもあたしが有利なはず。
何故ならゲームの強制力が働いていると思われるので。
だからサタリーナがシナリオを改変しようとしても大して変わっているように見えないとすると、全ての辻褄が合う。
ならばこれからあたしが動いても十分間に合う。
「もう少し休んでいきなさいな」
「はい」
待っていろサタリーナ。
あたしが目にもの見せてくれるから。
◇
――――――――――一年後、王宮にて。第一王子トラヴィス視点。
王立学校に入学して一年が経った。
こうしてお茶会をしていても、サタリーナの慎ましやかな笑顔は変わらない。
落ち着いていて好きだ。
しかしボク達をめぐる情勢には変化がある。
サタリーナはボクの婚約者たるべきでないのでは、という声が上がりつつあるのだ。
原因はわかっている。
あの下品な聖女アオイだ。
やつが交友関係を広げるとともに、サタリーナの悪口を言って回っているのだ。
もっともサタリーナが聖女アオイを平手打ちしたという報告はボクの元にも届いているが。
また妻を亡くしたエルデンリング公爵家当主ゲイリー殿がよろしくない。
すぐに愛人を引き入れ、その言いなりになっていると聞く。
愛人が平民の分際で我が物顔に振る舞っているため、眉を顰めている者が多いのだ。
結果的にエルデンリング公爵家の評判が悪くなり、サタリーナの価値を毀損してしまっている。
「サタリーナ」
「はい、何でしょう?」
「聖女アオイのことなのだが」
サタリーナの顔が僅かに曇る。
サタリーナはアオイに認定が出る前から聖女の出現を予言していた。
ボクはサタリーナが何らかの手段である程度先のことを読めることを、今では疑ってない。
だけど……。
「彼女、程度が低くないか?」
学校で男子生徒との距離が総じて近い。
婚約者がいる者だっているのだから控えるべきだ。
あれほどの美人で聖女だからか、男子生徒が皆鼻の下を伸ばしてるんだよな。
にも拘らずあのフレンドリーさのせいで、女子生徒特に下位貴族令嬢からの評判も悪くない。
聖女アオイのマネをしようとする者もいるくらい。
「もしサタリーナがいなくなっても聖女アオイがいる、みたいな話を以前していたろう?」
「婚約前のことですね。申し訳ありません。わたくしもまさかあんな聖女だとは思わず……」
ハハッ、聖女の性格までは掴んでいなかったらしい。
「反省しなさいという意味を込めて、聖女アオイの頬を張ったことがあったのです」
「うん、知ってる」
「行動が改まるかと思ったのですが、ダメでした」
「ボクの側近にも聖女アオイ贔屓がいるんだ」
よろしくないことだ。
風紀が乱れるだろう。
やはりボクはサタリーナがいい。
サタリーナの顔が引き締まる。
「殿下」
「何だい?」
「やはりエルデンリング家の凋落とわたくしの失墜は避けられません」
「!」
以前もそんなことを言っていたな。
あれは婚約前のことだった。
「一年後くらいになると思います。エルデンリング家とわたくしは断罪されます」
「断罪……」
断言だ。
確定の未来なのか。
何と切ない。
「トラヴィス殿下はバルトーム王国の王になるお方。婚約者だからといって、わたくしに対し甘い処置をしてはなりません。王家の権威に影響してしまいます」
「で、でも……」
「わたくしも辛うございます。しかし殿下は王国民に対する責任を担っていることを忘れてはなりません」
ここまで来て正論を振りかざせる。
サタリーナは立派だ。
あと一年だとしても、ボクはサタリーナに釣り合う気高い婚約者でいなくてはならない。
「頑張るよ。サタリーナのあとの婚約者は誰がいいだろうか?」
残酷な問いだ。
でもせめてサタリーナがいいと思う者にしたい。
それがバルトーム王国に殉じるサタリーナの意思だから。
しかし困ったような顔だな?
珍しい。
「……現状高位貴族令嬢は仲良くまとまっているように見えますが、わたくしを追い落とそうという思惑があるからなのですよ」
「サタリーナがいなくなれば角突き合わせる間柄になるのか」
「はい。正直実力あるいは家格で抜けている者はおりませんので、争いが泥沼化する恐れがあります。国力を落とす危険があり、よろしくないです」
「うん、わかる」
「となると平民から下位貴族層までの支持のある聖女アオイが一番無難ではありますが……」
「嫌だよ、あんなやつ!」
サタリーナの陰口を叩く女。
見境なく男に擦り寄る女。
どうしてあんなのが聖女なのかわからない。
「あと一年あります。聖女アオイは変わるはずなのですよ」
「そうなの?」
「変わらない場合はわたくしが変えます」
強い意思だ。
サタリーナの考えとしては、ボクの婚約者の後釜は聖女アオイらしい。
ボクはサタリーナがいいのに。
「大丈夫です。わたくしはどこまでも殿下の味方でございますからね」
◇
――――――――――さらに一年後、王都中央広場にて。サタリーナ視点。
お父様がやらかしました。
継母と異母きょうだいの遊興費を捻出するために領地の税金を上げ、それに反対した領民を捕らえて奴隷として売ろうとしたのです。
奴隷は我が国では認められていませんのにね。
聞いた時は開いた口が塞がりませんでした。
『創世の聖女と満月の鐘』では、重罪を犯したとしか書かれていませんでしたから。
証拠も山ほどありまして言い逃れもできませず。
取り潰しの上、領主一族は斬首刑と相成りました。
わたくしは無関係でしたので、本来ならば修道院送りが適当かと思います。
が、トラヴィス殿下の心がわたくしにあることを知っている聖女アオイと高位貴族令嬢は、わたくしをこの世から消し去りたいのですね。
トラヴィス殿下をはじめ助命嘆願もあったのですが、わたくしも処刑対象者に含まれてしまいました。
……特に感慨はありませんね。
だって『創世の聖女と満月の鐘』の美しきシナリオ通りに、サタリーナは斬首刑に処せられるのですから。
問題はこの後に発生する、トラヴィス殿下の婚約者争いですが。
わたくしは聖女アオイに決まるだろうと考えています。
聖女アオイも考えを変えたものと思います。
ハーレムは高位貴族令嬢の反発が多いと。
ゲームの強制力を思い知ったのではないですかね。
その後はトラヴィス殿下ルートに入って、順調にイベントをこなしているようですから。
わたくしの処刑後、誰も信じられなくなったトラヴィス殿下の心を癒して婚約者になるストーリーですが……。
……要するにバルトーム王となるトラヴィス殿下の身分が一番高いから。
また転生者だと考えているわたくしを悔しがらせたいという思惑もあるのでしょう。
わたくしに関してないことないことを噂として流してくれましたね。
とても聖女とは思えない所業ですけれども、あなたはその意味を真に理解していますか?
あなたの褒められる行いは、トラヴィス殿下ルートに入ったことだけでした。
群衆がどおっと沸きます。
お父様の処刑が完了したからです。
残りはわたくしだけ。
どうして公爵家当主のお父様でなく、わたくしがトリなのでしょうね?
この辺りにも思惑が透けて見えますが……。
処刑人の長が話しかけてきます。
「サタリーナ・エルデンリングよ。最後に言い残したいことはあるか?」
「そうですね……聖女アオイに質問があるのですが、構わないでしょうか?」
「許可する」
鷹揚に許可してくださいました。
わたくしに好意的な人のようです。
ありがたいですね。
「聖女アオイに質問です! 設定資料集は隅々まで読みましたか?」
群衆がざわざわしています。
何のことかわからないからでしょう。
しかし転生者聖女アオイならば、乙女ゲーム『創世の聖女と満月の鐘』の設定資料集のことと理解するはず。
しかし聖女アオイが言ったのは……。
「最後まで取り乱さないのは御立派ですわ」
これだけ。
『創世の聖女と満月の鐘』にあるセリフです。
当然隅々まで覚えているという意思表示でしょう。
少なくとも『創世の聖女と満月の鐘』の世界で、聖女とは心清き者。
小ズルく他人を陥れるような輩ではないのですよ。
残念ですがあなたは聖女失格です。
となればあなたはトラヴィス殿下の隣に立てる存在ではありません。
どうして心を入れ替えてくれなかったのでしょう。
あなたがまともな聖女であれば、わたくしも満足して『創世の聖女と満月の鐘』のシナリオに殉じましたのに。
美しき『創世の聖女と満月の鐘』を汚した。
それだけは許せません。
エルデンリングの、わたくしの秘術を食らいなさい!
術が発動し、結果が現出します。
成功です!
「……何が起こったの? どうしてあたしは手枷首枷を嵌められているの?」
呆然とするサタリーナ・エルデンリングの姿をした聖女アオイを見、わたくしは口を閉ざします。
わたくしとあなたの魂を入れ替えただけですよ。
あなたが本当に聖女なら、こんな邪法は通用しなかったと思います。
『創世の聖女と満月の鐘』の設定資料集にはこうあります。
聖女とは神に愛されし、汚れなき女性でなくてはならぬと。
あなたの振る舞いは神様に愛されるのに足るものでしたか?
神様に見放されたあなたは聖女なんかではなく、だからこそ邪法の餌食とさせていただきました。
そしてゲームの強制力は、サタリーナ・エルデンリングの姿をした女が処刑されればよかったようです。
魂のことなんか書かれていませんしね。
あなたの負けです。
素直に処刑されなさい。
サタリーナの姿をしたあなたは喚き散らします。
「そこの聖女面した女が何かしたのよおおおお!」
とても見苦しいです。
わたくしの評判が下がるのは複雑な気分なのですが。
いや、わたくしはこれから聖女アオイでしたね。
気持ちを入れ替えなくては。
でもギャアギャア騒いでいたほうが大衆ウケはするようです。
殺せ殺せと大盛り上がり。
『創世の聖女と満月の鐘』にあった、処刑の場の王都中央広場は興奮の坩堝であったという記述通りです。
いい場面の主役を張ってくれてありがとう存じます。
断頭台に括りつけられ、刃がその首を身体から分離する瞬間まで放せ放せともがいていました。
首は処刑台から転げ落ち、地べたを舐めるようなスタイルで止まります。
五分前までわたくしのものであった身体よ、さようなら。
◇
――――――――――処刑から一ヶ月後、王宮にて。第一王子トラヴィス視点。
やはりボクの新たな婚約者候補筆頭は聖女アオイとなった。
直近の聖女アオイは評判がとてもいいんだ。
奉仕にも積極的に参加するようになり、また所作も丁寧になったと。
……口さがない者はサタリーナの呪縛から解き放たれたからだ、なんて言っている。
サタリーナ、君がこの世を去って一ヶ月が経過した。
ボクの胸は穴が開いたように空虚だよ。
君がかつて言っていたように、どうも聖女アオイは変わったように思える。
あるいはボクの婚約者に相応しくあらんとしたのかもしれないが、ボクはサタリーナがいいんだ。
将来のバルトーム王という義務感のみが、ボクを聖女アオイとの顔合わせの場に向かわせる。
「やあ、待たせたね」
「いえ、お気遣いなく」
ふうん、優しい笑みだ。
以前の聖女アオイは感情豊かで、そこがいいと言われていたものなのだが。
今ではいっぱしの淑女じゃないか。
ハーブティーを注いでくれる侍女に視線を合わせて会釈する。
カップの図柄を楽しみながらさりげなく温度を確認し、口に運ぶ。
この一連の動作はまるで……。
「アオイ嬢は平民の出だと聞いていたが、驚くほど所作が洗練されているんだね」
「えっ、そうでしたか」
「うん。サタリーナにそっくりだ」
こんなところで処刑された令嬢の名前を出すなんて、ボクもどうかしている。
でも吐き出してしまいたかったんだ。
ん? しかし聖女アオイはおかしそうだな。
「……もうバレてしまいましたか。殿下はさすがですね」
声は違ってもこの口調は……。
「……サタリーナなのかい?」
「さようです」
何でもないように周りを確認して誰も聞いていないことを確認する聖女アオイ=サタリーナ。
オーケー、魔道による秘密のカラクリがあるんだね?
頭を少し寄せる。
「まずお父様の罪はどうにもなりませんでした。裁かれるのが当然だと思いましたので処刑されるがままにしました。わたくしも気付くのが遅れてしまい、御迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いやいや、サタリーナは家庭の団欒からも排除されていたって言うじゃないか。公爵と話す機会がなかったんだろう? 同情が多かったよ」
「次に聖女アオイについてです。殿下に接近するところまではわかっていましたが、どうにも聖女らしくなってくれないのです」
「サタリーナの悪口ばかりだったよ」
「はい。これではとてもトラヴィス殿下の婚約者は務まりませんので、わたくしの魂と聖女アオイの魂の器を入れ替えました」
「身体を取りかえたってことか。……処刑の日だね? 急にサタリーナの様子が豹変して駄々を捏ねだしたからおかしいとは思ったんだ」
魂を入れ替えるだなんて。
サタリーナはすごい術者だなあ。
苦笑する聖女アオイ=サタリーナ。
「聖女アオイが本物だったら、魂を入れ替えるなんて邪法は通じなかったはずなのですよ。神様に愛される聖女は邪なるものを受けつけませんから」
「……それもそうか。では何故?」
「神様に愛想を尽かされていたのだと思います。本物の聖女でない所以です」
なるほど。
だから術は成功したのか。
「もし術が失敗したら大人しく処刑されようと思っていたのですよ。神様が認めた聖女ならば、トラヴィス殿下の婚約者にピッタリだと思いますから」
「そういう無私の考え方がサタリーナだなあ」
「わたくしももちろん神様の認めた聖女ではありません。でもマネごとだけでも精一杯務めて、王家の求心力向上に貢献したいと思います」
「じゃあサタリーナ……聖女アオイはボクの婚約者になることを承諾してくれるんだね?」
「……そうでした。今のわたくしは殿下の婚約者でないのでしたね。もちろん陛下と殿下がよろしければですけれど」
「一回目の婚約の時と同じ返事だ」
「殿下は記憶力がよろしいですね」
アハハウフフと笑い合う。
ああ、そうだ。
この和やかさがサタリーナとのお茶会だ。
視線が合う。
淑女の微笑の中に微妙に感情を込める、これがサタリーナの表情だ。
ボクはサタリーナとならばどこまでも飛べる!
「……わたくしのことはサタリーナとお呼びにならぬように。実はわたくしもまだアオイという名に馴染んでいなくて」
「了解。慣れるためにお茶会を増やさないといけないね」
「まあ、トラヴィス殿下ったら」
再びの笑い。
ボクは幸せを手に入れたんだ。
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