第5話 証を身に、扉の前で
──お披露目会当日。
セラフィーナはこれまでの努力で見違えるほどに成長した。
礼儀作法、姿勢、王族としての気品を習得したセラフィーナは自信に満ちた瞳をしている。
かつては少し伏せがちだった視線も、今はまっすぐ前を見据えていた。
「姫様、準備が整いました。お召し替えをいたしましょう」
侍女の声に、セラフィーナは用意された部屋へと向かう。
そこには、セラフィーナの正装が静かにたたずんでおり、日の光にあたりキラキラと輝いていた。
傍で見守っていたアウラも嬉しそうに天井を羽ばたいている。
「姫様、こちらへどうぞ」
部屋に入ると、すでに衣装は静かに用意されていた。
柔らかな布が幾重にも重なり、淡い光を含んでいる。
セラフィーナは侍女の手を借りながら丁寧に背や裾を整えるたび、衣装は少しずつ“形”を得ていく。
最後に髪を整えられ、細やかな装飾が添えられる。
鏡の前に立たされると、セラフィーナは思わず息をのむ。
最終確認をした時より、格段に衣装の質が良くなり、王族の姫として恥じない素晴らしい出来になっていたからだ。
淡いクリーム色の髪は丁寧に整えられ、ところどころに散らされた金箔が、灯りを受けてほのかに瞬く。
その下で、濃い緑の瞳が静かに揺れていた。
衣装は冬にふさわしい温かみのある布で仕立てられている。
裾へ向かうほどに、細かな金色の刺繍が重なり、歩くたびに柔らかな光を返し、衣装全体を優しくまとめていた。
胸元には、一羽の鳩が刺繍されている。
白から淡い銀色へと移ろうその姿は、羽根が光を受けて、きらりと淡く輝いており風を思わせる模様が裾へと流れるようにつながると、まるで衣装そのものが静かな風に包まれているかのようだった。
さらに、鏡に映る自分は軽く化粧が施され、見慣れた少女でありながら、どこか遠い存在のようにも見える。
――王族の姫として、人前に立つ姿。
そのとき、彼女にしか見えない光が、衣装の刺繍に呼応するように、静かに揺れた。
セラフィーナは侍女たちに向き直り、ふわりと微笑む。
「ありがとうございます。最後まで丁寧にしてくださり、感謝いたします。衣装も、とても素敵です」
柔らかく、落ち着いた口調。
幼さの中に、確かな品位が滲んでいた。
侍女たちは一瞬、言葉を失い、すぐに深く一礼する。
「そのお言葉をいただけるだけで、十分でございます」
鏡の前に立つセラフィーナは、自然と背筋を伸ばした。
教えられてきた動作は、もう意識しなくても体に馴染んでいる。
胸元の刺繍に、そっと視線を落とす。
(……大丈夫)
そう自分に言い聞かせるように、小さく息を吸った。
そのとき、扉を叩く静かな音が部屋中に響き渡る。
「セラフィーナ」
聞き慣れた声に、彼女ははっと顔を上げた。
「お父様……?」
侍女の一人が扉を開けると、父王はゆっくりと室内に入り、娘であるセラフィーナの前で足を止める。
その手には、小さな装飾箱があった。
「七歳の誕生日、おめでとう」
そう告げて、箱を開く。
中には、淡く光を宿す小さな花の形をしたイヤリングが収められていた。
淡い金色の花弁。その中心には、透明とも乳白色ともつかない石が静かに光を宿している。
よく見れば、光に反射して花の上に、さりげなく王家の紋章が刻まれていた。
王族であることを示す、代々受け継がれてきたものだ。
「これは、お前が王族の姫として歩み始める証だ」
セラフィーナは少しだけ目を見開き、それから静かにうなずいた。
「……ありがとうございます」
父王自らが、そっとイヤリングをつけてやる。
耳元で小さく揺れたそれは、彼女の姿に不思議なほどよく似合っていた。
その瞬間。
誰にも見えない光が、ふわりと揺れた。
胸元の刺繍が、かすかに煌めく。
まるで呼応するかのように、静かに、確かに。
そして、セラフィーナの髪の近くを漂っていたアウラが突然、強く羽を打った。
ぱたぱた、という音は誰にも聞こえない。
けれど、その動きは明らかに、今までとは違っていた。
(……?)
セラフィーナはわずかに瞬きをしたが、その理由までは分からなかった。
ただ、胸の奥に、言葉にできない感覚だけが残る。
彼女はもう一度鏡へと向き直り、そこに映る自分の姿を見つめる。
そして、静かに背筋を正した。
(……うん)
胸の奥で、何かが静かに定まった気がした。
花のイヤリングは、静かに揺れながら、彼女の耳元で光を受け止めていた。
アウラの行動がどんな意味を持つものなのか――
まだ、誰も知らないまま。
***
大広間へと続く廊下の先から、ざわめきが伝わってくる。
多くの人々が集まり、この日を待っているのだ。
セラフィーナは今、父王と母妃と共に貴族たちが集まる場所へと向かっていた。
歩き出す足取りは静かで、確か。
ひとつひとつの所作が、これまで積み重ねてきた日々を物語っている。
耳元で父王から贈られたイヤリングが静かに揺れる。
扉の前で立ち止まると、セラフィーナはほんの一瞬だけ目を閉じた。
庭の風。
温かな日差し。
忙しい日々の中で、何度も胸に抱いてきた想い。
そして――
目を開いたその瞳には、もう迷いはなかった。




