【??】 未来の主を見守る者
訓練場に、乾いた音が響いていた。
木と木が打ち合わされる硬く、それでいてどこかやさしい音。
金属の剣ではない。鍛錬用に作られた木剣だ。
息を整えるために呼吸をすると、吐く息が白くなるようになっていた。
冬は、もうすぐそこまで来ている。
「全員手を止めろ。休憩だ」
父――騎士団長の声が響き、周囲にいた騎士たちが一斉に動きを止めた。
僕も木剣を下ろし、肩の力を抜く。
幼いころから、僕はずっとこの背中を追いかけてきた。
強くて、揺るがなくて、誰よりも前を歩く父の背中を。
だから今も、同じ訓練場に立ち、同じ空気を吸っていることに、どこか不思議な感覚がある。
水を口に含み、ふと顔を上げたときだった。
――いた。
訓練場の端、城の一角。
高い窓の向こうに、白に近い淡い色クリーム色の髪が揺れているのが見えた。
距離はある。
けれど、見間違えるはずがなかった。
──セラフィーナ姫殿下。
僕は近いうちに専属護衛騎士として仕えることになるのだ。
セラフィーナ姫殿下は誰かと話しているのか、小さく首を傾げて、窓辺に立っている。
その姿は、風に揺れる光のように、静かで、儚くて。
僕は、無意識のうちに動きを止めていた。
「……エイン」
名を呼ばれて、はっとする。
父はすでにこちらを見ていて、視線の先をたどるように、同じ方向へ目を向けた。
「ああ……」
それだけで、すべてを察したようだった。
父は何も言わず、ただ静かに腕を組む。
訓練場に吹き抜ける風が、冷たく頬を撫でた。
「城の中も、慌ただしくなってきたな」
「……はい」
それがお披露目会の準備だということくらい、僕にも分かる。
あの小さな背中に、どれほどの視線と期待が向けられているのか。
それを思うと、胸の奥が少しだけ重くなる。
窓辺のセラフィーナ姫殿下は、ふと外を見て、何かに気づいたように微笑んだ。
こちらを見ているわけじゃない。
それでも、その笑顔に、なぜか息を止めてしまう。
「……変わらないな」
父がぽつりと言った。
「城にいても、ああして外を見ている」
その言葉に、僕は何も返せなかった。
ただ、遠くから見守ることしかできない。
それでも、目を離せなかった。
そのとき――
空から、ひとつ。
白いものが、ひらりと落ちてきた。
僕は思わず空を仰ぐ。
もうひとつ、またひとつ。
「……雪?」
父も同じように空を見上げる。
「初雪だな」
静かに降り始めた白は、音もなく地面に溶けていく。
訓練場のざわめきが、少しずつ静まっていった。
窓の向こうで、セラフィーナ姫殿下が驚いたように目を見開くのが見えた。
そして、そっと空を見上げる。
その横顔は、まだ何も知らない、ただの少女のままだ。
白い息を吐きながら、僕は再び木剣を握り直す。
「訓練を再開するぞ」
父の声が響く。
初雪の中で皆、素振りを始める。
国の宝物を守るために、今日も訓練に励むのだ。
静かに、確実に――
その日へ向かって。
***
回廊を抜け、訓練場へ向かう途中。
ふと、さきほどの光景が頭から離れなくなった。
セラフィーナ姫殿下は、毎回姿を見るたびに、確かに変わっている。
ほんのわずかな違い。
姿勢、視線、所作――そのどれもが、少しずつ洗練されていく。
努力の跡は、誇示されるものではない。
だからこそ、気づいたときには胸を打つ。
(……すごいな)
あれほど幼かった背中が今はもう、誰かに見られることを前提とした背中になっている。
それなら――
僕も、立ち止まってはいられない。
剣を振る理由は、命じられたからじゃない。
守るべきものが、少しずつ形を持ち始めているからだ。
(もっと、頑張らないとな)
いつか、隣に立つ日が来たとしても。
そのとき、自分の未熟さが、姫の足を引っ張ることがないように。
胸を張って、護衛騎士だと言えるように。




