第4話 忙しい日々
「では、次にデザインについてですが、ご希望はございますか?」
「……希望?」
「はい。今回開催されるお披露目会は、姫様が主役の場であり、一生に一度の七歳の誕生日祭なのです。姫様がお気に召される衣装を作らなくては」
穏やかで、けれど確かな重みを持った言葉だった。
セラフィーナは、思わず自分の手元に視線を落とす。
小さな指先。
淡い光を受けて、わずかに白く浮かび上がる肌。
自分がどんな衣装をまとうのか――
その姿を、はっきりと思い描けるわけではなかった。
けれど、胸の奥には、ひとつだけ確かなイメージがあった。
(……あの子)
庭で、風の中で、いつもそばにあった白い気配。
言葉は交わさずとも、確かに通じ合っていた存在。
セラフィーナは、ゆっくりと顔を上げる。
「あの……」
侍女が、すぐに応じる。
「はい、姫様」
「胸元に……鳥の模様の刺繍を入れてもらうことはできる?」
思いがけない要望だったのか、侍女は一瞬だけ目を瞬かせた。
けれど、すぐに柔らかく微笑む。
「鳥、でございますか」
「うん。白い……鳩みたいな」
セラフィーナは、自分の言葉を確かめるように続けた。
「光に当たると、羽根のところが、きらきらするの。でも、派手じゃなくて……やさしく光る感じ」
それは、希望というよりも、祈りに近い願いだった。
侍女は少し考え込み、布地の一枚を取り上げる。
「白を基調に、淡い金糸や銀糸を混ぜれば……光の加減で、羽根が浮かび上がるように見せられるかもしれません」
その言葉に、セラフィーナの胸が小さく跳ねた。
「……本当?」
「はい。とても、姫様らしい衣装になるかと」
ほっとしたように息を吐き、セラフィーナはうなずく。
少し間を置いてから、今度は自分の髪にそっと触れた。
「あのね……もうひとつ、いい?」
「もちろんでございます」
「髪に……金色の、きらきらしたものを散らしたいの」
言いながら、少しだけ不安になる。
わがままだと思われないだろうか、と。
けれど、セラフィーナは勇気を出して言葉を足した。
「風の中に、光が浮かんでるみたいな……小さな光が、まわりにいる感じがして」
白い鳩──アウラのようにセラフィーナの近くにいて安心を与える。だが、自分だけにしか見えないらしい不思議な存在。
その言葉は口にしなかったが、想いは確かにそこにあった。
侍女は驚くことも、否定することもなく、静かに頷く。
「金箔を控えめに散らす形でしたら可能でございます。髪の色ともよく馴染み、雪の中でも光を受けて美しく映えるでしょう」
その言葉に、セラフィーナの表情がふっと緩んだ。
衣装の完成はまだ先のはずなのに、セラフィーナはどんな衣装になるのかをはっきりと思い描き、胸を躍らせていた。
胸元には、白い鳩。
光を受けて、羽根が静かにきらめく。
淡い色の衣装に、やわらかな毛皮。
そして、髪には小さな光の粒。
(……あたたかそう)
そう思えたことが、何よりも大切だった。
セラフィーナは、もう一度はっきりと頷く。
「それがいい。……それが、いいと思う」
侍女は、深く一礼する。
「承知いたしました。姫様の想いを形にいたしましょう」
その言葉とともに、未来の姿が、ほんの一瞬だけ淡い光の中に、静かに浮かび上がった気がした。
***
それから数日間。セラフィーナは忙しい日々を送っていた。
毎日、温かい日の光を浴びて目を覚まし、侍女や教師から作法や立ち居振る舞いを教わる日々が続いている。
けれど、その合間にセラフィーナは同じ問いを何度も口にしてしまう。
この日も、そうだった。
「……今日も、お庭はだめ?」
ぽつりと漏れた声に、侍女のひとりが困ったように微笑む。
「申し訳ありません。今日は、作法のお時間がございます」
「そっか……」
分かってはいた。
それと同時に、胸の奥でいつもよくしてくれた動物たちの姿が浮かび、罪悪感で気持ちが少しだけ重くなった。
「もうすぐ、作法のお時間です。教師が来るまで少々お待ちください」
侍女の言葉に小さくうなずくと、セラフィーナは気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
間もなく、教師が部屋に入ってくる。
「では、本日の礼儀作法と姿勢の確認を始めましょう」
セラフィーナは、言われたとおりに立つ。
かかとをそろえ、背を伸ばし、視線はまっすぐ前へ。
「顎を引きすぎないように。肩の力も抜いてください」
「はい」
注意を受けるたび、少しずつ姿勢を直していく。
頭では分かっていても、長くその形を保つのは簡単ではなかった。
歩き方。
椅子に腰を下ろす所作。
一つひとつは小さな動きなのに、どれも気を抜くことができない。
「姫として人前に立つとき、その姿勢がそのまま印象になります」
教師の静かな声が、部屋に響く。
セラフィーナは、ぎゅっと指先に力を入れ、言われた通りに動きを繰り返した。
(……ちゃんと、できてるかな)
鏡に映る自分は、昨日までより少しだけ大人びて見えた。
けれどその分、胸の奥に、窮屈さが積もっていく。
ほんの一瞬、窓の方へ視線が逸れそうになる。
庭の気配を探すように。
――だめ。
セラフィーナは、すぐに視線を正面へ戻した。
今は、姫としての時間。
そう言い聞かせるように、もう一度、背筋を伸ばす。
そのそばで、彼女にしか見えない光が、かすかに揺れた。
まるで、静かに見守るように。
***
自由な時間はほとんど取れなかったが、セラフィーナにとって嬉しい知らせもあった。
予定よりも早く衣装が仕上がり、お披露目会に向けて試着と最終確認を行うというのだ。
侍女に案内された一つの部屋に着くと、そこはいつも使われている控えの間とは違っていた。
陽の光がやわらかく差し込み、広い室内には静かな緊張と期待が入り混じった空気が満ちている。
壁際には鏡が並び、中央には、白い布で丁寧に覆われた台が置かれていた。
その佇まいだけで、そこにあるものが特別な存在だと分かる。
セラフィーナは、思わず一歩、足を止めた。
侍女のひとりが、静かに台へと近づく。
「では……こちらが、お披露目会当日の衣装でございます」
そう告げて、白い布がそっと持ち上げられた。
次の瞬間、セラフィーナは息をのむ。
淡い赤みを帯びた生地は、雪の季節を思わせるやわらかな光を受け、静かに輝いていた。
冷えた空気の中でも、見る人の心を和らげるような、あたたかさを宿した色合いだった。
さらに胸元には、白い鳩をかたどった刺繍が施されている。
――自分のために作られた衣装。
その事実が、胸の奥に静かに落ちてきた。
「では、試着してみましょう」
侍女の言葉にセラフィーナは、衣装に袖を通す。
幾重にも重ねられた布は、見た目よりもずっと軽く、肩にふわりと馴染んだ。
鏡の前に立たされ、セラフィーナは息をのむ。
そこに映るのは、見慣れた自分でありながら、どこか違う、少しだけ背伸びをした、自分の姿だった。
その日は、いつもより少しだけ早く終わったが、明日からも忙しい日々は続く。
──お披露目会の日を迎える、その瞬間まで。




