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第2話 光が揺れた昼



 セラフィーナは、そびえ立つ大きな扉を見つめた。


 庭園の風は、もうここまでは届かない。

 かわりに、ひんやりと整えられた空気が、静かに満ちている。


 白い鳩の気配は、すぐそばにあった。

 けれど今は、羽音も風も運んでこない。

 ただ、そこにいるだけ――そんな距離感だった。



(……大事なお話、って言ってた)



 胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

 理由は分からないけれど、今日はいつもと違う日だと、体が先に分かっている。


 セラフィーナは、背筋を伸ばす。

 いつもより、ほんの少しだけ。


 そして、扉をノックした。



「お父様、お母様。セラフィーナです」



 一拍の間があってから、扉の向こうで声がした。



「入りなさい」



 セラフィーナはその声を聞き、背後に控える侍女をそっと振り返る。

 侍女は小さく頷き、静かに一歩前へ進み出た。



「失礼いたします」



 侍女が扉を開けると、整えられた部屋の空気が流れ込んできた。

 白い鳩の気配は扉のそばで止まり、中へは入ってこなかった。


 中には、王であるお父様と王妃であるお母様が並んで座っている。

 二人とも、いつもと変わらない穏やかな表情だった。



「こちらへいらっしゃい」



 母妃が、やさしく声をかける。



「はい」



 セラフィーナはそう答えて、席へ向かう。


 椅子に腰を下ろすと、自然と肩の力が抜ける。

 食卓には、まだ料理は並んでいない。



「お庭で過ごしていたそうだね」



 先に口を開いたのは、父王だった。



「はい。日の光がとても暖かかったです。」

「それはよかったわ」



 母妃が微笑む。



「今日は風も穏やかでしたでしょう?」

「はい。とても気持ちよかったです」



 庭園のこと。

 朝のこと。

 他愛のない会話が、いくつか交わされる。


 それだけで、胸の奥にあった緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。


 やがて、侍女たちが静かに料理を運び始める。

 温かな香りが、食卓に広がった。



「いただきましょうか」



 母妃の言葉に、セラフィーナは小さく頷く。



「いただきます」



 昼食は、いつも通りだった。

 味も、雰囲気も、変わらない。


 食事が半分ほど進んだ頃、父王がそっとナイフを置いた。



「セラフィーナ」



 名を呼ばれて、自然と背筋が伸びる。



「実は、今日話したかったことがある」



 その声は穏やかで、重たくはない。

 けれど、先ほどまでとは少しだけ違っていた。



「お前の、七歳の誕生日のことだ」

「誕生日、でございますか?」

「ああ。その日に、王城でお披露目会を開こうと思っている」

「……お披露目、会」



 聞き慣れない言葉に、思わず繰り返す。



「エルバァニア王国の姫として、多くの方々に、あなたの存在を知ってもらうための場よ」



 母妃の声は、変わらずやさしい。


 知らない人たちの顔。

 知らない声。


 頭の中に、ひとつ、またひとつと浮かんでくる。


 姫として、ちゃんと笑えるだろうか。

 エルバァニアの姫として、認めていただけるだろうか。


 考えすぎだと分かっていても、思考は止まらない。

 その様子を映すかのように、セラフィーナにしか見えない光の粒子が、空気の中でざわりと揺れた。

 空気が、ほんの少しだけ張りつめる。



(ちゃんとできるのかな?)



 自分でも気づかないうちに、表情が曇っていたのだろうか。


 ふと、向かいに座る父王へ視線を向ける。

 厳しさではなく、確かめるような、静かな眼差しだった。



「……不安そうだな」



 その声は、責めるものではなかった。


 セラフィーナははっとして、背筋を伸ばす。

 言葉を探そうとして、うまく見つからず、ただ小さく瞬きをした。


 すると、今度は母妃が、そっと微笑む。



「無理に強くあろうとしなくていいのですよ、セラフィーナ」



 やわらかな声だった。

 まるで、心の奥を包むような。



「あなたは、あなたのままでそこに立てばいいのです」



 その言葉に呼応するように、光の粒子がふわりと静まった。

 ざわめいていた空気が、ゆっくりとほどけていく。


 セラフィーナは、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。



 ──きっと大丈夫。



 そう、思えた気がした。



「お披露目会では、いろんな貴族が参加する。衣装も、作法も、少しずつ覚えてもらうことになる」



 その言葉に、セラフィーナはもう一度、小さく背筋を伸ばす。


 父王がそれに気づき、穏やかながらも揺るがぬ声で告げる。



「これまでは、そなたを守るために最低限のことしか公にしてこなかった。だが、王族の姫である以上、もう隠し続けることはできぬ。誕生日のお披露目会では、そなたは王族の姫として人々の前に立つことになる」



 母妃は静かに頷き、続けた。



「えぇ。それに、お披露目会の件で何か危険な目にあうのかもしれません。そのために、あなたに護衛して仕える者をつけましょう」



 その言葉を聞き、セラフィーナは思わずうつむきがちだった顔を上げる。


 母妃は、その様子を見てそっと微笑み、言葉を重ねる。



「心配しなくていいわ。あなたのそばに立つのは、信頼できる人よ。騎士団長の息子で、幼いころから城に出入りしている子なの。王国をそして――あなたを守るために育てられてきたわ」



 やわらかな声に包まれて、セラフィーナの胸の奥が、ほんの少しだけほどける。


 その瞬間、彼女にしか見えない光が、静かに揺れた。



 ***



 話が一段落し、食卓には静かな時間が戻った。

 銀の食器がかすかに触れ合う音だけが、広い部屋に響いている。


 セラフィーナはスプーンを握りながら、ふと胸の奥に残る感覚に気づいた。

 不安が消えたわけではない。

 けれど、それだけではなかった。



 ――わたくしを守ってくれる人。

 まだ、顔も名前も知らない誰か。



 どんな人なのか、顔も声も分からない。

 それなのに、思い浮かべると、なぜか胸の奥が少しだけあたたかくなる。


 その瞬間、彼女にしか見えない光が、食卓の上で小さく揺れた。

 まるで「大丈夫」と囁くように。


 セラフィーナは気づかれないよう、そっと息を整える。



「……がんばらなきゃ」



 小さく呟いたその声は、誰にも届かない。

 けれど、光は確かに、やさしく瞬いていた。


 やがて訪れる七歳の誕生日。

 その日、彼女の世界は、きっと静かに動き出す。



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