第13話 掴みかけた感覚
夜になり、王宮は静けさに包まれていた。
昼間のお茶会の余韻が、まだどこかに残っているような、穏やかな夜だった。
セラフィーナの部屋もまた、静かな空気に満ちている。
寝台の上に腰を掛けたまま、ネグリジェに身を包んだセラフィーナは、じっと自分の手を見つめていた。
昼間、母妃から教えていただいた言葉が、何度も頭の中によみがえる。
水の属性。
そして、誰にも知られてはいけない、光の属性。
「……わたくしにも、できるのかしら」
小さくこぼれた声は、夜の静けさの中にすぐに溶けていった。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先には、机の上に置かれた水の入ったコップがあった。
月明かりを受けて、その表面がわずかに揺れている。
「……少しだけ」
そう呟くと、セラフィーナは寝台から降り、静かに机の前へと歩み寄った。
コップの前に立ち、そっと手をかざし、水に意識を向ける。
自分の内側にあるものを、そこへと重ねるように。
「……っ」
だが、水はぴくりとも動かない。
もう一度、試す。
それでも変化はなく、ただ静かな時間だけが過ぎていった。
「……むずかしいわ」
小さく息をつき、もう一度だけ手をかざし、先ほどと同じように水へと意識を向けるが、やはり何も変わらない。
水面は静かなまま、月明かりだけを映している。
セラフィーナは諦めきれずにもう一度だけ手を伸ばしかけたが、ふと、その動きを止める。
こんなふうに、ただ闇雲に試すだけではいけないのかもしれない。
だが、そう思ったところで、すぐに答えが見つかるわけでもない。
セラフィーナが行き詰まったとき、ふわりとカーテンが揺れた。
開いたままの窓から、やさしい夜風が吹き込む。
それに乗るように、白い影が音もなく室内へと入り込んできた。
「……アウラ」
セラフィーナは驚くことなく、その名を呼ぶ。
白い鳩はゆるやかに弧を描きながら近づき、そのままセラフィーナの肩へと舞い降りた。
かすかに羽が触れ、くすぐったいような感覚が伝わる。
その気配を感じながら、セラフィーナは再びコップへと向き直った。
「もう一度……」
小さく呟き、意識を集中させる。
だが、やはり水は動かない。
「やっぱり、まだ——」
そう思った、そのときだった。
自分の内側にあった何かが、すっと指先へと流れ込む。
「……え?」
戸惑う間もなく、目の前の水がゆっくりと浮かび上がった。
空中でまとまり、そのまま手のひらほどの水球を形作る。
「……できた……」
思わず、息をのむ。
その横で、アウラが小さく羽をぱたぱたと動かし、どこか満足そうにしていた。
セラフィーナははっとしたように振り向く。
「……アウラ。もしかして、魔力を使う感覚を教えてくれたの……?」
そっと問いかける。
すると、アウラは静かに羽を揺らし、ふわりとやさしい風を吹かせた。
まるで「そうだよ」とでも言うように。
セラフィーナはもう一度、水球へと視線を戻す。
この感覚を、忘れないように。
そう思いながら、そっと意識を向けた。
「……動かせるかしら」
わずかに力を込める。
しかし次の瞬間、ぱしゃり、と小さな音が響いた。
手のなかにあった手応えも、同時に薄れていく。
水球は形を保てなくなり、細かな水となって崩れ落ちる。まるで重力を思い出したかのように、それはそのままコップへと戻っていった。
静けさが、再び部屋を満たす。
セラフィーナはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと手を見つめた。
先ほど感じた、あの不思議な感覚を思い返す。
「……もう少し、やってみたい」
ぽつりと呟く。
そして、肩にとまる白い鳩へと視線を向けた。
「アウラ……手伝ってくれる?」
やわらかく問いかける。
──今度はちゃんと、自分一人でできるようになりたい。
そう思わせてくれたのは、紛れもなくアウラのおかげだ。
アウラはまるで、セラフィーナの言葉に、意思に応えるように静かに羽を揺らし、そっと風を返した。
その夜からセラフィーナの、小さな魔法の特訓が始まった。




