第12話 秘められた光属性と受け継がれた水属性
「あと、もう一つ話があるの」
そう言った母妃の表情は、真剣なまなざしでセラフィーナを見つめていた。
先ほどまでの穏やかな空気とは、どこか違う。
セラフィーナは思わず背筋を伸ばす。
「……もう一つのお話、ですか?」
「ええ」
母妃は静かに頷くと、ゆっくりと言葉を続けた。
「これは、あなたが持つ属性についての話よ」
思いがけない言葉に、セラフィーナは小さく瞬きをする。
魔力の話なら、つい先ほどもしていたばかりだ。
だが母妃の表情は、先ほどとはまるで違っていた。
穏やかな母の顔ではない。
王妃としての、落ち着いた厳しさを帯びている。
「あなたの属性は、すでに教師から聞いたわ。水と光なんですってね」
「はい、そうです」
そう答えると、母妃はゆっくりと頷いた。
「そして、とても珍しい力でもあるけど……同時に、少し厄介な力でもあるの。あなたの立場を考えると、なおさらね」
その言葉に、セラフィーナはわずかに息をのんだ。
暖炉の火が静かに揺れ、室内に小さな影を落とす。
母妃は静かに言葉を続けた。
「この世界には七つの属性があるでしょう? 光、闇、火、雷、土、風、水……」
セラフィーナは小さく頷く。それはつい最近、教師によって教えられてきたことだった。
「その中でも、光と闇は特に珍しい力なの。持つ者はとても少ないわ」
母妃はゆっくりとセラフィーナを見つめた。
「そして、そのうちの一つをあなたは持っている」
改めてそう言われると、胸の奥が少しだけ落ち着かなくなる。
「もちろん、光の力そのものが悪いわけではないの。けれど……あなたは王女です」
その言葉に、セラフィーナは無意識に指先をきゅっと握った。
「王族という立場だけでも、あなたは人の目を集める存在よ。国の内外を問わず、あなたに注目する者はこれから増えていくでしょう」
母妃は一度言葉を切る。
暖炉の火が、ぱちりと小さく弾けた。
「そこへ、光属性を持っているということまで知られれば……」
穏やかな声だったが、その言葉には重みがあった。
「あなたを狙う理由が、もう一つ増えてしまうことになるの」
セラフィーナは思わず息をのむ。
それまで静かに控えていたローレンツが、低い声で口を開いた。
「王族というだけでも、狙う者は現れます。そこに珍しい力が加われば……興味を持つ者も、さらに増えるでしょう」
母妃は小さく頷く。
「ですので、あなたの属性は表向きには水のみとします」
「……水のみ、ですか?」
「ええ。光の力については、公にはしないの」
母妃は静かに言った。
「このことを知るのは、王族と王家に近い立場のごく限られた者だけ。城のすべての者が知っているわけではないわ」
そのとき、ローレンツが静かに一歩前へ出た。
「姫様」
低く落ち着いた声だった。
「王族を守ることは、我々騎士の務めにございます。ですが、危険の芽を減らせるのであれば、それに越したことはありません」
騎士団長としての揺るぎない言葉だった。
セラフィーナは少しだけ視線を落とす。
自分の力を隠す。
それは、まだ幼いセラフィーナにとって後ろめたさが残る行動だ。
けれど母妃の言葉も、ローレンツの言葉も、すべて自分を守るためのものだということは分かる。
セラフィーナはゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました」
小さく、けれどはっきりと答える。
母妃はその様子を見て、ふっと表情を和らげた。
「そうそう」
少しだけ声の調子を変えて言う。
「王宮の図書館には、この国の歴史や昔の記録、いろいろな本があるのよ。時間があるときに、あなたも読んでみるといいわ」
セラフィーナは小さく目を瞬かせ、それからこくりと頷いた。
***
先ほどまでの話がひと段落し、侍女が新しい紅茶を静かに注いでいく。
湯気の立つカップを前に、部屋の空気は少しだけ柔らいでいた。
そのとき、扉が軽く叩かれる。
「入っていいわ」
母妃がそう言うと、扉が静かに開いた。
「失礼いたします」
姿を現したのは、侍女に案内されてきたエインだった。
きちんと一礼すると、そのままローレンツの隣へと歩み寄る。
騎士団長の隣に立つその姿は、まだ幼さを残しながらも、どこか騎士のような凛とした雰囲気をまとっていた。
母妃は、ローレンツの隣に立ったエインへ軽く視線を向けると、再びセラフィーナへと目を戻した。
「ちょうどいいわね。少し水属性の話もしておきましょう」
そう言って、母妃はテーブルの上に置かれた紅茶のカップへ視線を落とす。
「あなたの水属性は、もしかするとわたくしから受け継いだのかもしれないわ」
思いがけない言葉に、セラフィーナは小さく目を見開いた。
「お母様も、水属性なのですか?」
「ええ。といっても、そこまで大げさなものではないけれど」
母妃は穏やかに微笑むと、そっと片手を持ち上げた。
次の瞬間、何もない空中に小さな水の粒がふわりと現れる。
透明な雫は、光を受けてきらりと輝いていた。
セラフィーナは思わず息をのむ。
「水の魔法は、ただ水を操るだけではないの。こうして、魔力から水を生み出すこともできる」
母妃は静かな声で言う。
そして、指先をわずかに動かすと、水の雫は空中でゆっくりと形を変えながら揺れた。
そして、ぱき、と小さな音がする。
雫は一瞬で凍りつき、小さな氷へと姿を変えた。
「水は形を変えやすい属性なの」
母妃は氷を見つめながら言う。
「冷やせば氷になるし、温めればお湯や熱湯にもなるわ」
その言葉を聞きながら、セラフィーナはふと教師の言葉を思い出していた。
――水の魔法は応用が多く、使い方によってさまざまな形になります。
確か、そう教わったばかりだった。
母妃が静かに手を下ろす。
すると氷はふわりと震え、細かな粒子となって空中へとほどけていく。
きらきらと光を残しながら、それらはゆっくりと空気の中へ溶け込むように消えていった。
「だから、水の力はとても扱いやすいのよ」
母妃は優しく微笑む。
「光の属性については、正直なところわたくしにも分からないことが多いけれど……」
母妃は静かにセラフィーナを見つめる。
「もし困ったことがあれば、遠慮なく言ってちょうだい」
母妃の言葉のあと、静かだった部屋でエインが口を開いた。
「……僕も、力になれることがあれば言ってください」
ローレンツの隣に立ったまま、エインはまっすぐセラフィーナを見てそう言った。
その言葉に、セラフィーナは小さく目を瞬かせる。
そして、ふっと表情を和らげた。
「……ありがとう」
小さくそう答えると、母妃が穏やかに微笑む。
「頼もしいわね」
母妃の言葉に、部屋の空気が少しだけ柔らいだ。
侍女が静かに紅茶を注ぎ直す。
湯気の立つカップを前に、お茶会は再び穏やかな時間へと戻っていった。




