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第1話 扉の向こうへ行く前に



 窓からあたたかい風が吹いて、王族の姫、セラフィーナ・エルバァニア・ルナンは目を覚ました。


 窓の方へ目を向けると、いつものように白い鳩がこちらを見ている。

 朝日に照らされ、汚れを知らない白い羽根はきらきらと輝いていた。



「おはよう」



 小さく声をかけると、鳩はくるりと首を傾げ、ぱたぱたと羽根を動かす。

 その拍子に、やわらかな風が部屋の中へ流れ込んできた。



「ふふ、今日もいい風だね」



 そのとき、扉の向こうからかすかな足音が聞こえてくる。

 直後、控えめなノックが響き渡った。



「姫様、起きていらっしゃいますか」



 扉の向こうから聞こえた声に、セラフィーナは答える。



「うん。起きてるよ」



 鳩は、そのやり取りを見守るように、窓枠の上でじっとしている。

 羽根がわずかに揺れ、またやさしい風が部屋の中を通り抜けた。



「失礼いたします」



 そう言って、扉が静かに開く。

 入ってきた侍女は、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。


 彼女はセラフィーナに長年仕えてくれている、気心の知れた存在なのだ。



「今日はよく眠れましたか、姫様」

「うん。いっぱい寝れたよ」



 セラフィーナがそう答えると、侍女は少しだけ目を細める。



「それは何よりでございます」



 侍女は部屋の様子に目を配りながら、手早く朝の支度を始める。

 その間も、鳩は変わらず窓辺にいて、時折、羽根を震わせていた。

 セラフィーナはそれを横目で見て、ふっと小さく笑う。


 侍女は静かにカーテンを整えると、衣装棚の前へ向かった。



「お召し換えをいたしましょう、姫様」

「うん」



 差し出された服に腕を通し終わると、セラフィーナは鏡の前に座り髪を結ってもらう。鏡に映る淡い色の髪が、朝の光を受けて揺れている。


 すべての支度が終わるころには、部屋の中にやわらかな明るさが満ちていた。


 侍女はセラフィーナの身支度を整えると、ほかの侍女たちに指示を出す。



「朝食のご用意ができております」

「わかった」



 席に着く間も、風はやさしくセラフィーナの周りを撫でている。

 それに気づいているのは、たぶん彼女だけだ。



 ***



 朝食が運ばれてくると、あたたかな香りが広がってくる。

 焼きたてのパンと、果実を使った甘い料理。

 席に座ると、自然と頬がゆるんだ。



「いただきます」



 誰に言うでもなくそう呟いて、朝食に手を伸ばす。

 すると、窓辺にいた鳩が近づいていく。



「どうぞ」



 セラフィーナがパンの欠片を差し出すと美味しそうについばむ鳩。

 穏やかな空気が流れていた。


 食事を終えると、侍女はそっと皿を下げた。



「本日のご予定ですが、どうされますか?」



 そう言われて、セラフィーナは少し考える。

けれど答えは、もう決まっていた。



「お庭に行きたい」



 侍女は一瞬だけ微笑んで、頷く。



「承知いたしました。お昼までの間でしたら、よろしいかと」

「うん」



 朝食を終えると、セラフィーナは椅子から降りた。

 その肩口に、ふわりと白い影が降りてくる。



「一緒に行く?」



 問いかけると、鳩は返事の代わりに小さく羽根を鳴らした。

 まるで「うん」と返事をしているように。



 ***



 廊下を進むにつれ、光が増えていく。

 たくさんの小さな、粒のような光。

 セラフィーナの周りをくるくると回り、また散っていく。



(今日は、たくさんいる)



 そう思ったけれど、声には出さない。

 出しても、きっと誰も見えないから。


 侍女は気づいた様子もなく、いつも通りに歩いている。


 光の粒は、彼女の肩をすり抜けるようにして、何事もなかったかのように消えた。



「姫様、本日はこのあと、お昼に陛下と王妃様がお待ちです」

「お父様と、お母様?」

「はい。昼食を共にしたいのと、大事な話があるとおっしゃっておりました。それまでは、ご自由にお過ごしください」

「わかった」



 庭園へ続く扉の前に立つと、鳩は先回りするように羽ばたいた。


 侍女が大きな扉を抜けると、庭園の空気と共に光の粒が待っていたかのように広がる。


 草の匂い、花の色、朝の光を含んだ空気。

 風が吹くたび、光は揺れ、庭園の中に溶けていった。


 けれどそれを気に留める者は、セラフィーナ以外にはいない。



「じゃあ、時間になったら教えてね」

「かしこまりました。では、ごゆっくり。後ほどお迎えに参ります」



 侍女を見送るとセラフィーナは庭園に足を踏み入れる。


 茂みの奥で、葉が揺れる。

 次の瞬間、小さな兎が顔を出した。



「おはよう」



 声をかけると、兎は逃げることなく、ぴょこんと跳ねて近づいてくる。


 それを合図にしたかのように、あちこちから足音が重なった。


 小鳥が枝から降りてきて、地面をついばむ。

 リスが幹を伝って降り、少し離れた場所でこちらを見ている。


 セラフィーナが地面に腰を下ろすと、動物たちは自然と距離を詰めた。


 触れれば、温かい。

 ちゃんと生きている、いつもの感触。


 その間を、小さな光が漂っていた。



「元気だった?」



 そう言って笑うと、光が一瞬、強くきらめいた気がした。



 ***



 どれくらいの時間が経ったのか、セラフィーナにはよく分からなかった。


 動物たちは気ままに集まり、また離れ、光の粒は風に混じって漂っている。

 鳩の気配も、いつもすぐそばにあった。


 ふと、庭園の影が少しだけ伸びていることに気づく。

 朝の光とは、もう違う色だった。



「──お昼、かな」



 そのとき、庭園の入り口の方から足音が聞こえてきた。



「姫様」



 聞き慣れた声に、セラフィーナは顔を上げる。

 侍女が、木立の間を抜けてこちらへ近づいてきていた。



「まもなく、お昼のお時間でございます。陛下と王妃様がお待ちですよ」

「もう?」



 思わずそう言うと、侍女は小さく笑う。



「はい。お時間は、あっという間に過ぎてしまいますね」



 名残惜しそうに動物たちを見ると、

 兎はぴょんと跳ね、鳥たちは枝へ戻っていく。


 光の粒も、さっきより少しずつ薄れていった。



「また、明日ね」



 そう言って立ち上がると、鳩の気配が、そっと寄り添うように動く。


 セラフィーナはもう一度だけ庭園を振り返ってから、侍女と並んで歩き出した。



「陛下と王妃様がお待ちです」



 その言葉に、セラフィーナは小さく頷いた。


 鳩の気配が、そっと寄り添う。

 光の粒は、いつのまにか見えなくなっていた。


 庭園を出て、長い廊下を歩く。

 足音が、少しだけ響く。


 大きな扉が、前に見えてきた。


 中には、お父様とお母様がいる。


 セラフィーナは、扉の前で一度、立ち止まる。



 ──そして、小さく息を吸った。



はじめまして、ふわねこ。と申します。


この作品は、個人的にこだわりをたくさん詰め込んだお話です。

物語の空気や、ささやかな描写にも注目して読んでいただけたら嬉しいです。


また、小説を書き始めたばかりで、まだまだ未熟な点も多いかと思いますが、温かな目で見守っていただけましたら幸いです。


(誤字脱字や、少し分かりづらい表現などがありましたら、やんわりと教えていただけるととても助かります)

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