第8話 三すくみの領域
廃工場。深夜。
錆びた鉄骨が月明かりに浮かび、床には無数の影が落ちている。
結城シンは、工場の中央に立っていた。
向かい側に、アヤと審判者の幹部二人が並ぶ。
タクミは、アヤの背後に縛られたまま、意識を取り戻していた。
アヤが静かに言った。
「……来たね。一人だけ」
シンは頷いた。
「約束だ」
幹部の一人が嘲笑う。
「馬鹿が。今日はお前を完全に潰す」
その瞬間、地面から複数の円環が同時に広がった。
【領域《審判の円環》連環展開】
【参加者:結城シン/アヤ/幹部A/幹部B/タクミ】
【範囲:半径15メートル(三重連鎖)】
【課題:120秒以内に“三重構造パズル”を解け】
工場全体が白く塗り替えられ、
空中に巨大な構造体が出現した。
第一層:9×9のスドク盤
第二層:5人の嘘つきパズル(各々が「誰が本物か」を主張)
第三層:物理知恵の輪(ピンを抜く順番で構造が変化)
三つが連動しており、一つでも間違えると全体がリセットされる、
史上最高難度の問題だ。
幹部二人が即座に動き出す。
「俺たちがスドクを」
「アヤは嘘つきを担当しろ」
アヤは無言で頷き、構造体に手を翳した。
タクミが小声で叫ぶ。
「先輩……!」
シンは構造体を見据えた。
――速い。
幹部二人は完全に連携が取れており、スドクを猛スピードで埋めていく。
アヤも嘘つきパズルを冷静に解き始めている。
【残り90秒】
このままでは、確実に敵が先に完成させる。
シンはスドク盤に集中した。
しかし、数字を埋めようとするたび、嘘つきパズルの主張が変化する。
連動している。
タクミが、再び叫んだ。
「先輩、嘘つきパズルのCが鍵だよ!
Cは『自分は偽物でBが本物』って言ってるけど、Bは――」
幹部の一人が怒鳴る。
「黙れガキ!」
しかしタクミは止まらない。
「Bは『Aが偽物』って言ってる!
つまり矛盾が生まれるのは――」
シンが理解した。
嘘つきパズルの正解は「全員偽物」。
だが、それだけじゃない。
アヤが、わずかに手を止めた。
彼女の目が、シンを見ている。
――わざと、遅れている。
【残り55秒】
幹部の一人が気づく。
「アヤ、何やってる! 早く解け!」
アヤは静かに答えた。
「……ごめんなさい」
次の瞬間、アヤは嘘つきパズルの構造を、わざと崩した。
主張が全て矛盾を起こし、パズルが強制リセット。
幹部たちが絶句する。
「てめえ……!」
スドクも知恵の輪も、初期状態に戻った。
【残り40秒】
シンが動いた。
タクミのヒントを基に、嘘つきパズルを一瞬で解く。
スドクはタクミが事前に解析していた盤面を思い出し、
知恵の輪は――アヤがさりげなく指で示したピンを抜く。
ガキン。
全てが、光った。
【正解確認】
【結城シンが最速解答】
【ペナルティ:なし】
熱が、爆発的に広がる。
封印が、これまでで最も深く、大きく剥がれた。
工場全体が震え、鉄骨が軋む。
幹部二人が叫ぶ。
「裏切り者め!!」
二人がアヤに銃を向ける。
アヤは動かない。
ただ、静かに微笑んだ。
「やっと、決心ついた」
シンが動いた。
一瞬で二人の間に割り込み、銃を弾き飛ばす。
ドン、という銃声が遅れて響く。
幹部の一人が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
もう一人が慌てて逃げようとするが、
シンの手が首を掴む。
「終わりだ」
幹部は気絶した。
工場が静かになる。
タクミが縄を解きながら駆け寄る。
「先輩! アヤさん!」
アヤは左胸を押さえていた。
さっきの銃弾が、かすめて当たったらしい。
血が、ワンピースを赤く染めている。
シンが支える。
「……馬鹿野郎。何やってんだ」
アヤが弱々しく笑った。
「だって……あなたを、殺せなかった」
「だから、せめて守ろうって」
タクミが涙声で言う。
「アヤさん、縄緩めてくれてありがとう……!」
アヤはタクミを見て、頷いた。
「逃げてって言ったのに、伝えてくれてありがとう」
シンはアヤを抱きかかえた。
「病院に――」
アヤが首を振る。
「だめ。審判者の総帥が、もう来てる」
「逃げて。次は、私じゃなくて本物の殺し屋が来る」
シンは唇を噛んだ。
「……お前も、一緒だ」
アヤの目が、少しだけ輝いた。
工場の上空で、ヘリの音が近づいてくる。
審判者の増援だ。
シンはアヤとタクミを連れ、工場を飛び出した。
夜の闇に、三人の影が溶けていく。
封印は、あと少しで完全に解ける。
でも、今は――
仲間が、増えた。
──第8話 終──
(第9話へ続く)




