第7話 アヤの過去
夜の審判者アジト。地下室。
薄暗い照明の下、アヤは壁に寄りかかって座っていた。
左腕に巻かれた包帯が、赤く滲んでいる。
さっきの廃遊園地で、タクミを抱えて逃げる際に擦りむいた傷だ。
目の前には、タクミが椅子に縛られたまま眠っている。
薬の効果がまだ残っている。
アヤは小さく息を吐いた。
「……ごめんね」
その声は、誰にも届かない。
彼女の脳裏に、5年前の記憶が蘇る。
――あの日の空は、真っ赤だった。
アヤは10歳だった。
家族と一緒に、夏祭りに行っていた。
突然、世界が歪んだ。
空が裂け、巨大な光の円環が広がった。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、
アヤは母親の手を離されてしまった。
光が爆発した。
街が、消えた。
炎と瓦礫と、叫び声。
アヤは、瓦礫の下で震えていた。
死ぬ、と思った。
そのときだった。
光の輪が、アヤの周りだけを包んだ。
【領域《審判の円環》展開】
【参加者:1名(保護対象)】
男の声が響いた。
「……悪いな、巻き込んで」
そこに立っていたのは、少年の姿をしたシン。
瞳が金色に輝き、全身から力が溢れていた。
彼はアヤを優しく抱き上げ、瓦礫を弾き飛ばした。
「すぐに終わる。目を閉じてろ」
次の瞬間、アヤは遠くの安全な場所にいた。
振り返ると、街の中心でシンが一人立っていた。
その背中が、どんどん大きくなっていく。
そして、世界が真っ白になった。
アヤが次に目を開けたとき、
家族はもういなかった。
街は半壊し、シンは姿を消していた。
それから、アヤは審判者に拾われた。
「結城シンは怪物だ」
「奴の暴走が、あの日を起こした」
「奴を封印し、完全に殺さなければ、世界はまた壊れる」
そう教えられた。
アヤは優秀だった。
謎解きの才能が抜群で、すぐにエースになった。
でも、心のどこかで、ずっと疑問だった。
――あのとき、私だけを守ってくれたのは、誰だったのか。
記憶がフラッシュバックするたび、
憎しみと、感謝が混じり合う。
アヤは立ち上がり、タクミの前に膝をついた。
「……あなたも、きっと同じだよね」
タクミはまだ眠っている。
アヤは、自分の腕の傷を見下ろした。
「結城シンくんは、強いのに、優しい」
「だから、殺さなきゃいけないのに……」
そのとき、ドアが開いた。
審判者の幹部、黒いスーツの男が入ってきた。
「アヤ。総帥からの最終命令だ」
「次で、結城シンとそのガキを同時に殺せ」
アヤはゆっくりと顔を上げた。
「……わかりました」
男は満足げに頷いて、出て行った。
アヤは、再びタクミの横に座った。
涙が、一粒、頰を伝った。
「……嘘だよ」
小声で呟いた。
「私は、もうあなたを殺せない」
地下室の照明が、静かに揺れた。
アヤは、タクミの縄を、そっと緩め始めた。
指先が震えている。
「逃げて」
「そして、結城シンくんに伝えて」
「次は、私が本気で殺しに来るって」
アヤの目には、決意が宿っていた。
憎しみではなく、
別の何かで。
――このままじゃ、みんな壊れちゃう。
だから、自分が終わらせる。
アヤは立ち上がり、地下室を出た。
廊下の闇に、溶けていく。
タクミは、まだ眠ったまま。
でも、縄は、もうほとんど解けていた。
──第7話 終──
(第8話へ続く)




