第4話 鏡越しの嘘つき
翌日の放課後。屋上。
風が強かった。
フェンス越しに見える街は、まだ昼間の顔をしている。
結城シンは、屋上の扉を背にして立っていた。
相手は、もう来ている。
白いワンピースの少女、アヤ。
フェンスの上にちょこんと座り、足をぶらぶらさせている。
「やっと二人きりだね」
「……ここを選んだのはお前以てだろ」
「うん。誰も来ないし、半径10メートル以内に他の人はいない。
巻き込みたくないんでしょ? 優しいね」
アヤが微笑む。
その瞬間、屋上が白く塗り替えられた。
【領域《審判の円環》強制展開】
【参加者:結城シン/アヤ】
【範囲:半径9メートル】
【課題:90秒以内に“嘘つきは誰か”を当てろ】
屋上の床に、三つの人影が浮かび上がる。
A:制服の少年(タクミに似ている)
B:黒スーツの男(昨日倒した三人組の一人)
C:白いワンピースの少女(アヤ本人)
それぞれが、順番に口を開いた。
A「俺は本物だ。アヤは嘘つきだ」
B「私は本物だ。Aは偽物だ」
C「私は偽物だ。Bは本物だ」
90秒のタイマーが動き始める。
アヤがくすくす笑う。
「古典的だけど、好きなんだよね、この手の論理パズル」
「さあ、結城シンくん。90秒で解ける?」
シンは無言で三つの影を見据えた。
――シンプルすぎる。
Aは「アヤが嘘つき」と言っている。
Bは「Aが偽物」と言っている。
Cは「自分は偽物でBが本物」と言っている。
普通に考えれば、すぐに解ける。
でも、違う。
アヤは笑ったまま、シンを見つめている。
その目に、確信がある。
【残り75秒】
シンは静かに口を開いた。
「……お前が仕掛けたんだな」
「え?」
「この問題、最初から破綻してる」
アヤの眉がわずかに動いた。
「どういうこと?」
「三人全員が同時に話してる時点で、おかしい」
「普通の嘘つきパズルは、一人ずつ順番に発言する。
でも今は、同時に声が響いた。つまり――」
シンは一歩踏み出した。
「この三人は、全部お前の“分身”だ」
「本物の人間は、お前だけ」
アヤの笑顔が、初めて凍った。
【残り62秒】
「だから、嘘つきは――」
シンはアヤを真っ直ぐ見据えた。
「お前だ、アヤ」
瞬間、屋上が激しく揺れた。
【正解確認】
【結城シンが最速解答】
熱が爆発的に広がる。
封印が、もう一枚、大きく剥がれた。
風が渦を巻く。
シンの髪が逆立つ。
瞳に、淡い金色の光が宿る。
アヤが、初めて後ずさった。
「……まさか、60秒も残して……」
シンはゆっくりと歩み寄る。
「次はお前が答えろ」
「なぜ、俺を殺したい?」
アヤは唇を噛んだ。
それから、ふっと笑った。
「だって、あなたが怖いから」
「封印が完全に解けたら、世界が壊れるって、みんな言ってる」
シンは立ち止まった。
「……誰が?」
「知らないよ」
アヤは首を振る。
「でも、私は見たことがある。
あなたの“本当の姿”を。
あのとき、世界が真っ白になって、全部消えた」
シンの胸が、鋭く痛んだ。
記憶の断片。
炎と、叫び声と、真っ白な光。
「……それが、封印の理由か」
「さあ?」
アヤが、再び笑った。
「でもね、結城シンくん」
「私、あなたのこと嫌いじゃないよ」
風が止んだ。
領域が消え、屋上が元に戻る。
アヤはフェンスから飛び降り、軽やかに着地した。
「今日はここまで。またね」
「お前……」
シンが手を伸ばすより早く、
アヤは屋上の端まで駆けて、振り返った。
「次は、もっと難しいの持ってくるから。
楽しみにしていて」
そして、少女は風のように消えた。
残ったのは、シンの荒い息遣いだけ。
封印は、まだ厚い。
でも、確実に、薄くなっている。
シンはフェンスに寄りかかり、空を見上げた。
「……俺は、本当に世界を壊すのか?」
答えは、まだ出ない。
けれど、少なくとも今は――
戦う理由が、少しだけ見えた気がした。
──第4話 終──
(第5話へ続く)




