第3話 知恵の輪は、血の匂いがする
夜の繁華街。
ネオンの雨が降り注ぐ中、結城シンは一人で歩いていた。
タクミには「帰れ」と言った。
あいつは「絶対ついてく!」と喚いたが、結局、母親に電話されて渋々帰宅した。
……助かった。
シンは路地裏に入った。
ここなら、人通りが少ない。
敵を待つにはちょうどいい。
「出てこい」
声に出して言った。
すぐに、影が動いた。
黒いコートの男が、今度は三人。
さっきの教室の男が中央に立っている。
「よく一人で来たね、結城シン」
「仲間を巻き込みたくなかっただけだ」
男が小さく笑った。
「それが君の弱点だ」
次の瞬間、シンの足元から円環が広がった。
【領域《審判の円環》強制展開】
【参加者:結城シン/他3名】
【範囲:半径8メートル】
【課題:60秒以内に“知恵の輪を外せ】
空中に、巨大な金属の輪が浮かぶ。
複雑に絡まった三連のリング。
見た目はシンプルだが、プロでも数分はかかる難易度だ。
男たちが同時に動いた。
「俺たちは訓練済みだ」
「君は、いつも一人で解こうとする」
「だから、負ける」
三人が同時にリングに手を伸ばす。
指先が器用に動き、絡まりを解き始める。
シンは歯を食いしばった。
――速い。
明らかに、自分より速いちばん速い手順を知っている。
このままでは、30秒もかからずに解かれる。
【残り45秒】
シンはリングを見据えた。
……違う。
これは、普通の知恵の輪じゃない。
輪の表面に、極小の文字が刻まれている。
よく見ると、数字だ。
「1234567890」
そして、輪の中心に、小さな穴が開いている。
そこに、ピンが一本刺さっている。
ピンの頭に、文字。
「最初に抜くのは?」
シンは気づいた。
これは“知恵の輪”じゃない。
“鍵”だ。
【残り32秒】
男の一人が叫ぶ。
「あと少しだ!」
絡まりが、どんどん解けていく。
シンは深呼吸して、ピンに手を伸ばした。
――そして、思い切り引いた。
ガキン。
ピンが抜けた瞬間、輪全体がバラバラに崩れ落ちた。
【正解確認】
【結城シンが最速解答】
男たちの動きが止まる。
「な……!?」
シンの身体を、熱が熱が駆け巡った。
封印が、一枚、剥がれる。
視界が鋭くなる。
音が遠のく。
世界が、ゆっくりと回り始めた。
シンは静かに立ち上がった。
「……悪いな」
次の瞬間、シンはいた場所から消えていた。
男の一人が、首だけを不自然に曲げて吹っ飛んだ。
ドン、という鈍い音。
残る二人が、遅れて地面に倒れる。
たった一秒。
三人が同時に気絶した。
シンはゆっくりと息を吐いた。
開放されたのは、ほんの一部の力。
でも、それで十分だった。
倒れた男の一人が、血を吐きながら呟いた。
「……馬鹿な……どうして……解けた……?」
シンは答えた。
「知恵の輪は、力ずくで外すものじゃない」
「ピンを抜けば、全部バラけるように作られてた」
男の目が見開かれる。
「……そんな、卑怯な……」
「卑怯?」
シンが冷たく笑った。
「お前らが、俺を殺そうとしてるんだろ?」
男は言葉を失った。
領域が消え、元の路地裏に戻る。
シンは倒れた三人を見下ろして、静かに言った。
「次は、もっと難しいのを用意しろよ」
その背中に、誰かの視線を感じた。
振り返ると、路地の奥、街灯の下に少女が立っていた。
長い黒髪。白いワンピース。
年齢はシンと同じくらい。
少女は小さく拍手した。
「初めて見たよ。
あんなに綺麗に、円環を“攻略”する人」
シンは警戒しながら聞いた。
「……お前は?」
少女は微笑んだ。
「私は、あなたを殺しに来たの」
「でも、ちょっと待って。
もう少しだけ、見ていたいなって思った」
少女はくるりと背を向けた。
「次は、私が相手してあげる」
「名前は――アヤ。覚えててね、結城シンくん」
そして、少女は闇に溶けるように消えた。
シンは一人、夜空を見上げた。
封印は、まだまだ厚い。
でも、確かに、一枚剥がれた。
「……アヤ、か」
風が冷たく頬を撫でる。
戦いは、まだ始まったばかりだった。
──第3話 終──
(第4話へ続く)




