第10話 最後の審判者
街の中心。深夜零時。
突然、空が裂けた。
巨大な金色の円環が、東京の夜空全体を覆うように広がった。
ビル群が白く塗り替えられ、車が停止し、人々が凍りついた。
街にいる全ての人間――数万人が、一斉に動きを止めた。
ヘリの音が響く中、審判者の総帥が降り立った。
黒いロングコート。五十代の男。
顔に古い火傷の跡が走っている。
総帥は、ゆっくりとシンに向かって歩いてきた。
アヤとタクミはシンの後ろに立ち、息を飲んでいる。
総帥の声が、街全体に響き渡った。
【最終領域《審判の円環・絶界》強制展開】
【参加者:結城シン/他 全街区住民】
【範囲:半径500メートル】
【課題:300秒以内に“究極の知恵の輪”を解け】
街の中心に、巨大な構造物が出現した。
高さ数百メートル。
無数のリングとピンと鎖が絡まり合った、
まるで東京タワーそのものを知恵の輪にしたような超巨大パズル。
総帥が冷たく言った。
「これが最後だ、結城シン」
「ミコトの死を、今日こそ清算する」
シンが鋭く聞き返す。
「……ミコトの、死?」
総帥の目が歪んだ。
「彼女は私の恋人だった」
「お前が暴走したせいで、ミコトは自らの命を捧げてお前を封印した」
「私はその仇を討つ」
アヤが小声で呟く。
「違う……総帥、ミコトさんは――」
総帥が振り向いて睨む。
「黙れ、裏切り者」
【残り280秒】
巨大パズルの表面に、無数の小さなピンが光っている。
街の人々が、強制的にパズルに意識を繋げられ、
混乱しながらも手を伸ばし始める。
しかし、誰も正しい順番を知らない。
総帥が笑った。
「数万人が同時に解こうとしても、無駄だ」
「このパズルは、私がミコトと一緒に作ったものだ」
「私だけが、正しい順番を知っている」
総帥が手を翳す。
ピンが、一つ、また一つと抜かれていく。
速い。明らかに、設計者だけが知る最短手順。
このままでは、総帥が先に解く。
シンは歯を食いしばった。
「……姉さんは、そんな人のために命を捧げたんじゃない」
総帥の動きが、わずかに止まる。
シンが叫んだ。
「みんな! 聞いてくれ!!」
街全体に、シンの声が響く。
「このパズル、力ずくじゃ解けない!」
「ピンを抜く順番は、数字じゃない!」
「思い出して! 大切な人の顔を!」
人々が、戸惑いながらも顔を上げる。
タクミが叫ぶ。
「俺は、先輩の顔を思い浮かべてる!」
「一緒に戦った仲間を!」
アヤが、傷を押さえながら叫ぶ。
「私は……あの日の、守ってくれた人の背中を!」
街の人々が、次々と声を上げ始める。
子供が母親の手を握る。
恋人同士が見つめ合う。
友達が肩を叩き合う。
巨大パズルのピンが、
総帥の手ではなく、
人々の想いに呼応するように、光り始めた。
総帥が焦る。
「やめろ……! それは関係ない!!」
しかし、遅かった。
ピンが、一斉に抜かれていく。
正しい順番は、
「大切な人を思い浮かべること」だった。
ミコトが仕込んだ、最後の鍵。
ガキン、ガキン、ガキン。
巨大構造物が、崩れ落ち始めた。
【正解確認】
【解答者:全参加者】
【結城シンへのペナルティ:なし】
熱が、街全体を包む。
封印が、最後の一枚、剥がれた。
シンの瞳が、完全な金色に輝く。
風が爆発的に渦を巻き、ビルが揺れる。
総帥が、絶望的な声を上げた。
「馬鹿な……ミコトが、そんな……!」
シンは、ゆっくりと歩み寄る。
「……姉さんは、俺を信じてくれた」
「一人じゃなく、みんなで生きていけって」
総帥が、最後の抵抗で銃を向ける。
だが、シンの手が先に動いた。
銃は、粉々に砕けた。
総帥は膝をついた。
「……ミコト……すまない」
シンは、静かに言った。
「終わりにしよう」
一撃。
総帥は、気を失った。
巨大パズルが、完全に崩壊する。
領域が消え、街が元に戻る。
人々が、呆然と立ち尽くす中、
拍手が、一人から始まった。
それが、広がっていく。
タクミが笑う。
「先輩、勝った……!」
アヤが、涙を浮かべて頷く。
シンだけが、空を見上げていた。
そこに、淡い光。
ミコトの姿が、最後に微笑んだ。
「よくやったね、シン」
光が、消えた。
全てが、終わった。
──第10話 終──
(第11話へ続く)




