雪の空
上を見上げると、雪の空が広がっていた。
真っ黒な空から、真っ白な雪が降り注いでいる。
「ああ、雪だ」
私はそう呟いた。
とても恐ろしかった。
英雄たちはどうなったのだろう。
***
「みんな、もう行っちゃうのね…」
街の広場には三人の人影。
彼らは武器と荷物を持ち、街の人たちに祝福されていた。
「お前たちならやれるよ! 世界を救ってくれ!」
「どんな怪我するかわからないんだから、うちの薬持って行きなさい!」
「予言の英雄たちが出発するぞ!」
車いすに座り、私は遠くから彼らを見る。
私は人々の集まりの外で一人、それを眺めていた。
手元には小さな護符を入れた毛糸のお守り。必死に作ったけど、今見ると怪物相手に紙の盾をもつみたいな頼りなさだ。
私だけ一人、皆の騒ぎをみていると、三人が傍にやってきた。
「レイニア。どうしてこないんだよ。俺たち待ってたぞ」
黒髪を逆立てた青年が言う。腰に剣を佩いた真面目そうな男だった。彼はグエン。隣には魔女のような服を着たウィスカ。あと大男のドルトン。
「……別に」
「そんなこと言ってレイニア、何か持ってるじゃん。見せてよ、それ」
「あ、ちょっとウィスカ! やめなさいよ!」
ウィスカがニヤニヤしながら私のお守りを奪い取る。
皆が私の毛糸のお守りに注目する。
「何これ?」
グエンが聞いてきて、他の二人も無言で見てくる。
「貴方たちが旅に出るっていうじゃない? たまたま家にお守りがあったから持ってきたの。要らないなら返しなさいよ!」
「あっはっは」
ドルトンが大笑いする。グエンとウィスカもニヤニヤ笑う。何よ。
「分かったよ。レイニア。ありがたく貰っておくよ」
グエンがお守りをしまいながらそう言った。
「せっかくレイニアがお守りをくれたんだ。絶対に帰ってこないとな」
ドルトンが私に親指を立てた。最後にウィスカが私の手元に視線を向ける。
「あらレイニア。手、怪我してるじゃん。まさか縫物でもした?」
「うるさいわね! ほら! 早く行って! 世界救うまで帰ってこなくていいわ!」
三人が大笑いする。私は顔を赤くして叫んでいた。
***
英雄たちは行ってしまった。
世界を救うため行ってしまった。
私は英雄達のことをよく知っていた。
私は彼らといつも一緒にいて、彼らの中では妹みたいに扱われていた。
だけど英雄は世界を救わないといけなかった。
私は歩けなかった。ずっと車いすに座らないといけなかった。
だから私は街に残った。
英雄たちは出ていく。
別れ際に皆に抱き着いて、泣きながら見送った。
そして今。空から雪が降っている。
ああ、これはただの雪じゃない。
世界の終わりだ。
触れたものの力を奪う雪。私もすぐに体が動かなくなるだろう。
これを防ぐために、彼らは戦ったのに。
私は英雄たちの噂を何度も聞いた。何度も英雄たちからの手紙を受け取っていた。
英雄たちはこの世界を滅ぼそうとする者のところに行ったはずだ。
だけど世界は滅びようとしている。
「みんな…」
英雄たち三人の顔が直ぐに出てくる。皆の笑顔、私は彼らと一緒に笑ってたかった。
私に戦う力があれば、皆を助けられたのに。
私は椅子に座り、黒い空を見上げていた。
全てを飲み込むつもりなのに、せめて最後は美しく終わらせようというかのようだ。
雪の空だ。
ずっと振り続ける雪。すべては雪に塗れ、埋もれ、私の思い出も見えなくなってしまうのだ。
私はこの光景をずっと見つづける。体に力が入らなくなる。もう車いすに寄りかかって、上を見上げることしかできない。
だけど目は必死に見開いて、この雪の空を目に焼き付けた。
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