1 昨日はきっといい日だった①
ガタンゴトン。身体が揺れる。
ガタンゴトン。リズムに合わせて、周りに寿司詰めにされた人々も揺れる。僕が背負うリュックも、制服も、わずかに揺れる。揺れるみんなはスマホをみている。
きっと誰もが知っている。単調でつまらない通学風景。
これを、晴れやかな気分で過ごせる人など、この世にいるのだろうか。いや、僕の知る限り、存在しない。
複線の鉄橋の上で、オレンジ色の対向車とすれ違う。窓越しに見える向こうの車両も、人でいっはーい。昨日と同じ。一昨日とも同じ。
目の前で、女学生たちが喋っている。次の試験がどうだとか、今日の宿題やってないだとか。そのうち話題は逸れていき、彼氏がどうだとか、あの人は誰と付き合ってるだとか、そんな話に。
いつぞやこの人達を見かけた時も、こんな話をしていた気がする。
鉄橋を過ぎた。車窓では、雑居ビルや、高層ビルが流れ去る。はるか遠くには、摩天楼がそびえ立つ。この、連邦共和国の首都である、ここ羽島市の中でも、もっとも洗練された場所。北都。
きっとこれから、車掌が案内放送を述べる。
「次はー、翠原、翠原。お出口は……って、なにすんだおま」
いつも通りだ、と思った刹那、車内放送の声が途切れる。遥か前で、空気がわずかに爆ぜる音がした。
沈黙が車内を支配する。
何が起こった?
頭の中が、そんな疑問でいっぱいになる。昨日、こんなことはあっただろうか。何か、コラボキャンペーンはやっていただろうか。
しかし、その沈黙を突き破り、車内放送は始まった。
「ちーっす、バカ真面目に満員電車に詰め込まれて通勤通学してる皆さんげんきー? 元気じゃないよねー、知ってる。俺だったらそんな生活たまらなさすぎて死んじゃうもん。」
急停車します、と自動放送が鳴る。つり革をつかめていない、多くの人がよろめいた。
「あ、俺は神前玲夜って名前ね。えー、この電車は、行き先変わりまして地獄行きとなります。下車は一切できませんので、ご注意ください。……1回やってみたかったんだよねこれ。」
電車は止まった。乗客はスマホから目を上げた。沈黙が漂う。
何を言っているんだこいつは。気でも狂ってるんじゃないのか。そう、言いたげな空気だ。
しかし、先ほど聞こえた音からして、本当に何かが起こっているのかもしれない。
「つーことで、この電車には爆弾が仕掛けられましたー。3分後くらいに先頭車両が爆発するよー。
とはいえ、いきなりそんなん言われて死ぬなんてかわいそうじゃん?だから、もし、君が生き残りったいってんなら、もちろん手段は用意してあげる。」
その瞬間、車窓は黒に染まる。青空なんてなかったかのように、何もない漆黒へ。
そして、乗客達の中でどよめきが広がる。「爆弾?マジ?」やら、「何が起きてんの?」やら。
でもみんな、パニックになったり、逃げようとしたりしているわけではない。
それを無視して、車内放送は続く。
「今から、電車のドアを開けるから、生き残りたい人は降りてってよ。命だけは保証してあげる。」
どよめきが収まる。そしてドアが開く。誰も降りようとはしない。やはり、未だに誰も信じてなどいないのだろう。
僕は、どうだろう。信じているのか?
きっと、頭の中の何処かで信じている。このまま死ぬかもしれない、と。だとしたら、死にたくないな、と。
もちろん、何か生きがいがあるとか、愛する人がいるとか、そういうわけじゃない。でも、死ぬ気にはなれない。どうも、死ぬことが怖い。
「降りてみようか……。」
小さくつぶやいて、僕は人混みの中を進む。
「誰もいないのー? ドア閉めようかー?」
スピーカーからは、そんな声がする。
僕は、人を押しのけさらに進む。
死ぬわけには行かない。死ぬのは怖い。僕がこの世から忘れ去られてしまうことは、何か怖い。
そして僕は、ついに人混みを抜けて、電車から飛び降りる。
刹那、頭に、鋭い痛みが走る。視界がひらけてきた。
終わってもないのにまた書き始めました。
不定期です。