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学院山へ3

 クレセンス町は、その豊かな自然と穏やかな気候が魅力の、とても過ごしやすい町だった。

 

 ここ数年はアルセル街で用事だけ済ませ、クレセンス町で滞在する者が年々増えているという話も頷ける。そのためか、クレセンス町の市場周辺は年々賑わいを見せ、活気に満ち溢れていた。アルセル街の陰鬱な雰囲気とは対照的で、私たちは皆、ここが気に入った。

 

 マッドとリオとジルは、ホース町の情報や、道中の盗賊についての情報を得るため、冒険者ギルドに聞き込みに出掛けた。彼らは旅の安全を第一に考えている。

 

 マリアはレティとボンドンと一緒に、この辺りでしか育たない珍しい食材が市場にあると聞いて、早速出掛けていった。彼女の料理への探究心は尽きない。

 

 私は宿で使用していた食器が気になり、宿の女将さんに尋ねてみた。すると、快く工房を紹介してくれたので、ドナとバンスとエリィと一緒に出掛けてみることにした。小さな工房だったが、ひいお爺さんの代からずっと器作りをしているという、歴史ある場所だった。

 

 しばらく見学させてもらっていると、工房の職人さんが私たちに声を掛けてくれた。

 

「興味がおありでしたら、体験されてみますか?」

 

「キャロル様、楽しそうですね! 挑戦してみませんか?」

 

ドナが何かを作りたいと言うのは初めてだったので、私は少し驚いた。普段から元気いっぱいの彼女が、目を輝かせている。私は元々物作りが好きなので、迷うことなく挑戦してみることにした。

 

「そうね、是非、体験したいわ。エリィもどう?」

 

「私も良いのですか?」

 

 私が聞くとエリィが遠慮がちにしていたので、私もドナも大きく頷き、「勿論よ!」と声を揃えた。彼女もまた、新しいことに興味を持ったようだ。

 

「それなら俺も、待っている間暇だからやってみるぜ」

 

 バンスが意外なことに参加を表明した。こうして私たちは4人とも、器作りに挑戦することになったのだ。

 

 土をこねる作業は想像以上に体力を使うが、まるで子供の頃の粘土遊びのようでとても楽しかった。職人さんから一通り教わると、それぞれが興味を持った作業に没頭し始めた。

 

 私は繊細な絵付けに、ドナは個性的な土人形の制作に、バンスは力強いろくろ回しに、エリィは丁寧なたたら作りに興味を持った。時間を忘れて夢中になり、気づけば外はすっかり暗くなっていた。

 

 作る物はバラバラだが、4人ともすっかり作陶の魅力にハマってしまったようだ。

 

「よし、俺は学院山の家に窯を作って、いつでも作陶できるようにするぞ!」

 

 バンスが興奮気味に言うと、ドナも負けじと声を上げた。

 

「それが良いわ! バンス、絶対に作りなさいよ!」

 

 エリィまでもが興奮気味に言う。

 

「私も期待しています。バンスさん、よろしくお願いします」

 

 ろくろなどの道具は王都で揃えられるので、絶対に購入すると決めて、私たちは宿に戻ることにした。それからはクレセンス町にいる間、私たち4人は毎日工房を訪れて作陶に励んだ。新たな趣味を見つけ、旅の疲れも忘れるほど充実した日々だった。

 


 数日後、予定通りホース町へ出発するにあたっての説明をジルが始めた。

 

「普通の馬車であれば3日以上掛かるが、俺たちの馬車であれば2日も掛からないと思います。ですが、一日だけは野営を予定しています。野営の際は交代で見張りをしてもらいますので、移動中の馬車の中では十分に身体を休めるようにして下さい」

 

 そう言い、私たちはホース町へ向かい出発した。

 馬たちの機嫌も良く、思った以上の速度で進めたので、予定より早く野営をすることになった。空には満月が輝き、静かな夜だった。


 そして異変が起こったのは、夜中の12時頃だ。盗賊が襲ってきた訳ではないが、遠くの方で煙が上がっているのを、見張りをしていたボンドンが気付き、皆を起こしにきた。ラピスが偵察に行ったので、しばらくしたら詳細をマッドが説明してくれるだろう。

 

 マッドはラピスが見ている景色を共有しているのか、ずっと静かに考えながら黙っていた。彼の表情は険しく、何かを察しているようだった。

 

「村が盗賊たちに襲われたようだが、既に盗賊の姿はなく、焼けた家しか見えない」

 

 マッドがそう言って説明してくれたので、生存者がいれば助けたいと思い、私たち一行は襲われた村へ急いだ。夜半に降った雨のおかげで火は消し止められていたが、そこにあったのは見るも無残な惨状だった。家々は焼け落ち、煙の匂いが鼻を突く。盗賊たちはこの小さな村を襲い、人々を殺め、嫌がる女子供を攫って逃げたのだろう。

 

「酷いですね。奪う物を奪って、最後に火をつけて逃げたんでしょう」

 

 ジルがそう言うとその横では、バンスが泣き崩れていた。彼は少しの間だけだが盗賊団に身を置いていた人間だ。この光景が、彼自身の過去と重なり、深い悲しみと怒りがこみ上げてきたのかもしれない。その震える背中を、エリィがそっと支えていた。彼女もまた、バンス同様に盗賊団に身を置いていた時期がある。その経験からくる共感が、彼女を動かしたのだろう。エリィは震える手でバンスの背中を優しく撫で、何も言わずにただ寄り添っていた。

 

 ドナが私と同じ歳くらいの女の子を抱き抱えてきた。

 

「ドナ、その娘はどうしたの?」

 

「キャロル様、この娘は焼けた家の中に倒れていました。気絶しているだけだと思います」

 

「その娘は確かに気絶しているだけで、外傷はないようだ。その娘には強力な保護魔法がかけられているから、見つからずに助かったんだろう。ホース町で保護してもらおう。盗賊が確認に戻ってくるかもしれないから急ごう」

 

 マッドの指示で、私たちはすぐにホース町へ向かった。

6時間ほど走り、1時間ほどの休憩を取ることになったが、保護した娘は未だに眠り続けている。馬車の中で目を覚ますより、ホース町に着いてから目を覚ました方がいいかもしれないと思い、そっとしておいた。

 

 さらに3時間ほど走り、ようやくホース町に到着した。町長に連絡を取ってもらい、村の事や盗賊の事を説明して、女の子を保護してもらった。


 町長はビオレを見るなり、どこか懐かしそうに言った。


「彼女は村長のお孫さんのビオレだと思う。私も2回ぐらいしか会ったことはないが、綺麗な娘だから覚えているよ。あそこの村は小さいが手練れも多かったので安心していたんだがなあ。この町も守備を強化していかないといけないだろう。彼女は一旦この町で預かるよ。君たちも疲れただろうから、隣の公民館で良ければ部屋を貸すよ」

 

 町長の言葉に、私たちは心から感謝した。


 翌朝、私たちは馬を見に出掛けた。ホース町は馬の産地というだけあって、広大な牧場に多くの馬が放牧されていた。

 

 ドナが馬を見て、バンスと喋っていた。

 

「バンス、この馬でいいんじゃない?」

 

 ドナが指差したのは、すらりとした美しい馬だった。

 

「えっ、こんな小さな馬だと俺が乗ったら潰れちまうだろ! どう見ても女性用だ」

 

 バンスは不満げに言った。彼の体格からすれば、確かに小さすぎるだろう。

 

「でも良く食べるしいい馬だと思うんだけど……」

 

 ドナは首を傾げている。彼女は馬の良し悪しを、食欲で判断しているのだろうか。

 ジルもエリィに合う馬を探しているようだ。

 

「エリィ、これなんかどうだ?」

 

 ジルが示したのは、頑丈そうな馬だった。

 

「私は安い馬で構いません」

 

 エリィは遠慮がちだ。

 

「何か不測の事態が起こった際には馬が必要だ。そんな時に足を引っ張るようではマッド様たちに迷惑をかけかねないから、騎馬に自信がないのであれば馬でカバーすべきだ」

 

 ジルの説得に、エリィは納得したようだが、ジルが選んだ馬とエリィとの相性はあまり良くないようだった。


 結局、ジルとエリィはドナが良いと言っていた馬に決めた。見た目も美しく、食欲もありタフそうな馬だ。

 

 バンスはなかなか決められないようで、マッドが馬主さんに尋ねている。

 

「手がつけられないような厄介な暴れ馬はいないだろうか?」

 

 マッドの言葉に、馬主は驚いた顔をした。

 

「一頭いますが、あれはどう考えても無理でしょう。もし乗りこなせたらタダで譲りますよ」

 

 その言葉を聞いたドナの目がキラリと光り、バンスに視線をやった。その視線に、バンスは恐怖を感じたようだ。乗りこなせなかったらドナに何をされるか分からない、とでも思ったのか、顔が青ざめている。

 

 5人がかりで暴れ馬が連れてこられたが、既に馬は興奮している状態で、いかにも気性が荒そうだ。

 

 バンスが覚悟を決めたように馬に乗ろうとするが、なかなか乗れない。それでも時間が掛かったが、なんとか馬に乗り、馬を落ち着かせようと踏ん張ったが、すぐに振り落とされてしまった。

 

「ハッハッ、まあそこまで乗れただけでも凄いですよ!」

 

 馬主が笑いながらそう言った。

 

 すると、ドナが前に出て馬を睨みつけた後、馬に軽々と飛び乗り、勢いよく走り出した。ドナは躍動し、手綱を巧みに操る。その人馬一体となった姿は、力強く、野性的で、見る者を圧倒する光景だった。

 

 ドナはその馬を約束通り無料で貰い、ドナの馬をバンスに譲ろうとしたが、バンスにはどうしても懐かない。結局、一番大きな馬をバンス用に購入することになったが、その費用はどうやらマッドが支払うことになったようだ。

 

 お父様から依頼されていたランドに贈る馬は、リオが代表して選んだ。リオの馬を見る目は確かだ。


 町長からビオレが私たちに会いたがっていると聞き、町長の家を訪ねた。

 

 そしてビオレはとても落ち着いた様子で語ってくれた。

 

「盗賊が村を襲ってきたと騒ぎになり、お爺ちゃんは私を急いで物置に連れて行き、保護魔法を私に掛けると直ぐに外へ行ったわ。外で泣き叫ぶ村人の声が聞こえてはきたけど、私は魔法で眠ってしまい、何も見ていない。それに、貴方たちのおかげで私は村の残骸も見なくて済んだ。もしも焼かれた村や無残に殺された仲間の姿を見ていたら私は生きられなかったと思うの。本当にありがとうございました」

 

 彼女はそう言い、頭を深く下げた。その瞳には、悲しみと感謝の入り混じった感情が宿っていた。

 

 その後、町長に話しを聞きに行くと、盗賊について教えてくれた。

 

「盗賊はたまに現れては小さな村を襲い、消えていく。冒険者や自警団で周辺を探しても手掛かりは全く見つからないし、根城らしき物も無いんだ。そんな事から、もしかしたら貴族が絡んでいるんではないかと噂されているよ」

 

 町長の言葉に、私はアルセル街の不穏な空気を思い出した。やはり、何か異様なことがこの国では起こっているのかもしれないと思った。

 

「彼女はどうなりますか?」

 

 私がビオレの今後を尋ねると、町長は少し寂しそうな顔で答えた。

 

「身寄りの無い子は沢山いるからね。他の子たち同様に教会で手伝いをしながら、一人立ちができるように彼女自身に頑張ってもらうしか無い」

 

 町長はそう話してくれた。

 

 私は、ビオレがこの厳しい世界を幸せに暮らせるように、心から祈った。

 彼女の未来に、どうか光が差しますように。


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