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ミシェラン領の治安 マッド視点

マッド視点

 

 キャロルのおかげで魔法陣を早く完成させることができたので、俺はジルと街の本屋に行くことにした。ブライトン侯爵邸を出て、街を歩く。以前来た時のミシェランとは、明らかに街の様子が違っていた。

 

 かつては当たり前のように街中にいた警備兵が一人も見当たらない。街全体を覆っていた活気はどこへやら、人通りもまばらで、重苦しい空気が漂っている。

 

「マッド様、なんだか街の様子が以前と違いますね。何かあったんでしょうか?」

 

 ジルが不安げに尋ねる。彼の鋭い洞察力は、こういう時に頼りになる。

 

「そうだな、以前のような活気がないし、街の警備兵の姿も見当たらない」

 

「少し気になりますので、住民にそれとなく聞いてみますね」

 

「ああ、頼むよ」

 

 本屋に着くと、ジルはすぐに街の様子を探りに行った。

 

 本屋にも客は少なく、以前のように本の整理もされていないように思える。埃をかぶった本棚が、この街の衰退を物語っているようだった。

 

 気になった本を6冊ほど選び、キャロルの好きな本も2冊手に持ち、会計に行った。店主に声を掛ける。

 

「なんだか街の様子が以前来た時とは違うようですが、何かあったんですか?」

 

 店主は疲れた顔で、ため息まじりに答えた。

 

「最近は治安が悪いから、みんな外出を避けているんだよ。店の従業員も何度か怖い目に遭ったみたいで、しばらく休んでいるから、店内の本が整理されてなくて申し訳ないね」

 

「そうでしたか、大変ですね」

 

「本当に、こんなことはミシェランでは初めてだよ。お客さんもあまり出歩かない方が良いですよ」

 

 俺は礼を言って店を出た。すると、ジルがすぐに戻ってきた。その表情は、先ほどよりも険しくなっている。

 

「いろいろ話を聞いてきましたよ。警備兵がどんどん解雇されているそうです。そのため、治安が悪化しています。先日は白昼堂々、子供が誘拐されたようですし、犯罪者がミシェランを彷徨いているのを何人も見掛けているようですよ」

 

 ジルの報告を聞いていた矢先、まるでその言葉を裏付けるかのように、悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃーっ! 誰かーっ!」

 

 俺とジルは悲鳴が聞こえた方へ駆けつけた。そこでは、17歳ぐらいの女性が男たちに連れ去られそうになっていた。

 

「へっへっへ、少しだけ相手をしてくれればすぐに解放してやるよ」

 

 下卑た笑みを浮かべる男たちの顔は、まさに犯罪者のそれだった。

 

 俺とジルはすぐに女性を助け、男たち二人を捕らえた。女性は震えながら、何度も俺たちに頭を下げてくれた。

 

「ありがとうございます。ありがとうございます……!」

 

 周囲の人々も、恐怖と安堵が入り混じった表情で俺たちに礼を言い、頭を下げてくれた。

 

「助かったよ、どうにかしたくても俺らだと助けを呼ぶことぐらいしかできないんだ」

 

 しばらくすると、俺たちと同じくらいの年頃の男の子が門番を連れてきた。門番の話では、こうした事件は最近では日常化しているらしい。ミシェランの変わり果てた姿に、俺は胸が締め付けられる思いだった。

 

 俺は女性を家まで送り届けた後、屋敷に帰ることにした。

 

 帰る頃には日が沈み、街は急速に暗くなり始めた。以前なら街灯の明かりが灯る頃だが、その気配も全くない。闇に沈む街並みは、まるでこの街の未来を象徴しているかのようだった。一体ミシェランはどうなるんだろうか。お爺様はいつまでこの状態を続けるつもりなんだろう。

 

 歩いていると、地図上にオレンジと赤の点がいくつか表示された。こんな街中なのに襲ってくるのだろうか? 警戒しながらジルを見ると、彼もそれに気づいているようだった。俺は簡潔に指示を出した。

 

「オレンジ6名、赤3名。襲ってくる。俺たちの方が強いが、油断はするな」

 

「了解です」

 

 ジルはそう言うと、周囲の人々を怖がらせないように、俺たちの後ろへと移動させた。女性や子供も多い。ジルに盾になってもらった方がいいだろう。

 

「ジル、みんなを頼む」

 

「了解です」

 

 俺は以前よりもずっと強くなっている。戦っている最中も相手の動きが手に取るように分かる。武器は持っていないが、こいつら相手なら問題はないだろう。次々に敵を倒していき、残りはあと二人になった。

 

 そんな時、向こうの道から一人の小さな女の子が走ってきた。俺はまずいと思い、女の子の方へ走ったが、遅かった。男たちの一人に人質に取られてしまったのだ。

 

「私の娘なの、お願い、助けて!」

 

 ジルが守っていた中にいる女性の子供のようだ。お母さんを見つけて、こちらに走って来たのだろう。

 

「お母さん、助けて――怖いよーーっ!」

 

 5歳くらいの女の子は、ナイフを首に突きつけられて泣いている。その小さな震える声が、俺の胸に突き刺さる。地図上にバンスの存在が見えたので、俺は両手を上げて降参するように見せかけた。男たちは俺を見ると笑いながら近づいてきたが、子供を離さない。

 

「子供をまずは解放してもらえないか?」

 

「いや、この子よりもあんたの方が金になりそうだが……」

 

 男が喋り終わる前に、バンスがその男を気絶させた。バンスは背後から忍び寄り、一瞬のうちに片付けたのだ。

 

「遅いから見に来てみれば、また大変な騒ぎになっているようで……」

 

 バンスは呆れたように言ったが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。

 

 街の人々は、助けられたことに心から感謝し、大きな拍手をして俺たちに何度も礼を言い、頭を下げた。

 

 その中で、年老いた老人が俺に大声で話しかけてきた。

 

「もしかして貴方様は、カルロ坊ちゃんの息子さんでは?」

 

「ああ、まあそうかも……」

 

 俺が曖昧に返事をすると、その老人は言葉を続けた。

 

「若い頃のカルロ坊ちゃんにそっくりだ。それに、領主様にもよく似ていらっしゃる」

 

 その言葉に、周りの人々もざわつき始める。

 

「領主様のお孫さんなのかい? 立派なはずだね……領主様はまだご病気かい?」

 

「こんな立派なお孫さんがいるんだ。ミシェランを元に戻してくれるだろう!」

 

「あんたが跡継ぎだと嬉しいな!」

 

「そうだ、それが良い! 皆でお願いしようではないか!」

 

 俺が領主の孫だと判明した途端、人々は希望の光を見たかのように、俺に期待の眼差しを向け始めた。俺が何も言っていないのに、話は勝手に盛り上がっていく。彼らの期待の眼差しは、この街の未来を俺に託しているようだった。その重圧に、俺は戸惑いを覚えた。

 

「マッド様、そろそろ戻りましょう」

 

 ジルが助け船を出してくれたので、俺は後はバンスに任せて足早にその場を去った。この状況では、何を言っても無駄だと悟ったからだ。

 

 ブライトン侯爵邸に戻って、バンスが改めて俺に報告してくれた。

 

「あの後、いろいろ聞かれて俺は大変だったんだぞ。適当に笑って誤魔化したがな。それにしても初めて来た街だが、都会のせいなのか凄く治安が悪いな」

 

 バンスの言葉に、俺は改めてミシェランの現状を思い知らされる。ミシェランは、かつては人々が安心して暮らせる良い街だったはずだ。それが、お爺様が当主を一時的に降りてからまだ3ヶ月しか経っていないというのに、ここまで悪化している。

 

 父さんの兄であるキースさんは、一体何をしているんだろうか。俺の胸には、この街への不安と、キースへの苛立ちが募るばかりだった。


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