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魔法学院への準備

 学院へ向かうメンバーも決まり、予定通り10日後には出発することになった。今回は、ルルソン村から学院山まで馬車で移動する。長旅になるため、準備は入念に進められた。

 

 メンバーは学院に通う8名と、護衛兼雑用としてバンス、そしてエリィの計10名だ。

 

 馬車は熟考の結果、3台用意することになった。

 

 1台はトド村で制作した大きめの馬車で、10人でも余裕で寝転がれる広さがある。長距離移動の疲労を考慮し、快適さを最優先した作りだ。

 

 もう1台は、大きな馬用の専用馬車で、揺れと重さがかなり軽減されている優れものだ。この馬車なら馬たちを快適に休ませることが可能だろう。

 

 そして最後の1台は、お父様が以前使用していた貴族用の馬車に改造を施したものだった。

「1台ぐらいは持って行った方がいい」とお母様に説得され、マッドが急遽作ったのがこの貴族用馬車だった。見た目は4人乗りだが、空間魔法を駆使して非常に快適に作られている。内部は想像以上に広く、まるで小さな応接室のようだ。小さな隠し扉があり、そこを開くと小さな部屋が現れる。小さな扉は私たち以外が開くと、普通の荷物置き場に見えるようにワオンさんが魔道具で細工してくれた。さらに、登録者しか入れないようにしてくれたのは、さすがワオンさんだ。彼の技術にはいつも驚かされる。

 

 問題は、貴族用の馬車で行くと、狙われる可能性があることだ。元盗賊の者たちに聞いてみると、盗賊の目的にもよるが、貴族用の馬車だからといって必ずしも狙われるわけではないと言う。盗賊は勝算があると思えば襲ってくるらしい。

 

「子供や女性が多く、護衛もいない場合は間違いなく襲ってくるだろう」

 

 サチさんが私たちにそう言った。彼女の言葉には、経験に基づいた重みがある。

 

「でも、冒険者を雇うのは落ち着かないし、僕たちには秘密も多いから避けたいな」

 

 リオが言うと、マッドも深く頷いた。彼らの気持ちはよくわかる。私たちには多くの秘密がある。魔法陣のこと、特殊なスキルを持っていることを知られるわけにはいかない。

 

「それなら、襲われるのを前提で行くしかないね。でも、この馬車は相当速いんだろう?」

 

 サチさんが尋ねると、ボンドンが得意げに胸を張った。

 

「婆ちゃん、そうなんだよ。走っている間は襲って来れないぐらい速いよ!」

 

「強そうに見えるのはバンスぐらいだから、バンスが目立つしかないね」

 

 サチさんの言葉に、バンスはドナを見ながら苦笑した。

 

「いや、俺よりはるかに強いのがいるけどな――」

 

 ドナは飄々としているが、その実力は誰もが認める。彼女が本気を出せば、どんな盗賊でもひとたまりもないだろう。私たちは顔を見合わせ、小さく笑い合った。

 

 そんな話をしていると、カイトが少し遠慮がちに話し掛けてきた。

 

「俺も連れて行って貰えないだろうか?」

 

 カイトはマッドと同じ歳だが、マッドのことを主と思っている。それは間違いではないのだが、彼の建築への忠誠心はとても強い。もしカイトが行けば、彼と絆の深いハンナも行くだろう。最近ようやく笑えるようになったハンナを長距離の旅に連れて行っていいのか迷っていると、ハンナが珍しく、しかしはっきりとした口調で話し出した。

 

「今の私ではあまり役に立てないので、私はここに残ります。でもカイトはきっと役に立つと思うから、連れて行ってあげてください。お願いします」

 

 ハンナの言葉に、私は胸を打たれた。彼女の成長を感じる。以前の彼女からは想像もできないほど、自分の意思をしっかりと口にできるようになったのだ。

 

「ありがとう、カイトにハンナ。でもカイトには此処でやって欲しいことがいっぱいある。ワオンさん達の魔道具店やボンドンが作る道場、それに家ももう一軒作らないと狭いだろう。それが全て終わったら、俺たちの所にハンナと共に来ればいい。それにカイトには建築見習いのスキルが近いうちに表示されるよ、先ずはそのスキルを此処で磨いて欲しい」

 

 マッドの言葉に、カイトは驚いた顔をしたが、やがてその表情は納得へと変わった。最後は笑顔で力強く頷いてくれた。彼もまた、新たな目標を見つけたようだ。

 

 それから準備は順調に進み、明日の朝出発することに決まった。

 リオは私の木の弓矢を1000本、マッドは鉄の弓矢を500本用意してくれた。これだけあれば、途中で遭遇するであろう魔物や盗賊にも対処できるだろう。万全の準備だ。

 

 お父様とお母様には先程挨拶を済ませた。魔法陣を使えばいつでも会えるから、寂しさよりも期待の方が大きい。新しい生活への胸の高鳴りを感じる。

 

「お姉ちゃん、またすぐに会えるよね?」

 

 リンが不安げに、しかし期待のこもった瞳で尋ねてくる。心配そうな顔を見ると、少し心が揺れる。

 

「リン、お姉ちゃんはしばらく学校に行くけど、度々戻ってくるわ。だからご飯をたくさん食べて元気に過ごしてね」

 

「うん、私はお姉ちゃんみたいになれるように頑張る! お勉強も頑張って、強くなる!」

 

 リンは力強く頷いた。その健気な姿に、私も思わず笑顔になる。

 

「リンには僕がついているから安心して下さい。リンと一緒に、いずれは側で仕えたいと思っています」

 

 レンがリンの頭を優しく撫でながら、しっかりとした口調で言った。レンの成長も著しい。

 

「レン、将来は自分たちの好きなように生きて良いのよ。私やマッドに縛られる必要はないわ」

 

「はい、だから僕もリンもたくさん努力して、側にいられるように頑張ります。マッド様とキャロル様の力になりたいんです」

 

 レンの真っ直ぐな言葉に、私は胸が熱くなった。

 

「ありがとう、レン、リン」

 

 私は2人をそっと抱きしめた。この子たちの成長が、何よりも嬉しい。彼らが自分の意思で選んだ道を、精一杯応援してあげたい。


 明日は朝7時に出発する。早めに起きてマリアとおにぎりを作る予定だ。

 おにぎりは、マリアが学院山の店舗で売ろうと思っている料理だ。

 

 米は東方大陸では主食だが、私たちが住む中央大陸ではほとんど食べられていない。うまく育たないせいもあるが、味も食感も異なり美味しくないのが原因だ。それを、農業スキルを持つマリアが何度も手を加えて作り出した自慢の米が、一月前にようやく出来上がった。その米は、驚くほど甘く、香り高く、そして一粒一粒がしっかりとした食感を持つ。既に試食は済ませているが、明日はいろいろなアレンジをしたものを作ってくれるらしい。私も楽しみにしている。マリアの料理の腕前は、誰もが認めるほどだ。

 

 マリアの店舗はルルソン村にも作る予定で、マリアの名義で店舗は購入済だそうだ。カイトは建築で忙しい毎日を過ごすことになるだろう。彼の腕にかかれば、きっと素晴らしい店ができるに違いない。

 

 明日は早いので、私は早めに寝ることにした。新しい生活への期待と、少しの緊張を胸に、私は目を閉じた。

 

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