その後の奴隷たち
ランドは正式にブライトン侯爵家が保護することになり、お父様がランドと今後について話し合ったようだった。
「ランドは貴族学校の平民クラスと魔法学院のどちらがいいだろう?」
お父様の問いかけに、ランドは少し考え、落ち着いた声で答えた。
「頂いた資料を見る限り、僕は魔法学院に通えるほどの強さがありません。これから魔法を覚えても間に合わないと思います。ですので、貴族学校の平民クラスに入学できたらと思います。そこでしっかりと魔法の基礎を学んでみたいです」
ランドは、自分の状況を現実的に理解している聡明な青年だ。彼が地に足をつけて、着実に未来を見据えていることに、私は感銘を受けた。
ランドは王都のタウンハウスで、3ヶ月後に行われる貴族学校の平民クラスへの入学試験に備えて勉強を始めたとお父様が教えてくれた。
ランドの話を聞いた数日後、私とマッド、リオ、マリアはお父様たちに呼ばれた。
「ミシェラン侯爵である父は、体調を崩したことにして一時的に侯爵を降りることに決まった。しばらくは兄であるキースが侯爵代理としてミシェランを運営するだろう。お前たちが心配するだろうと思い、仮病であることは伝えておくが、外には絶対に漏らすな。側仕えやその他の使用人にも口外することを禁じる、いいな」
お父様の言葉に、マッドが考える仕草をしてから質問した。
「つまりお爺様は、父さんの兄さんを試されるのですね?」
「ああ、そうだ」
お父様は簡潔に答えた。私には全く理解ができなかったが、マッドは深く頷いている。リオもまた、マッドとお父様の会話を聞きながら頷いていた。
「どのくらいの期間でしょうか?」
「分からないが、見極めるには半年くらいは必要だろう」
マッドとお父様の会話を聞きながら、お母様が私に説明してくれた。
「キャロル、ミシェラン領はお爺様が治めていたからこそ、長い間繁栄してきたのよ。キースがどう治めるのかを見極めるため、お爺様は苦肉の策を取るようだわ。領地運営は簡単ではないの。ミシェランのような大きな街は特に大変よ。だから嫡男は、子供の頃から特別な教育を受けて、領民たちとも深い関わりを持たなければならないのよ。そして領主の妻は、領主を支えるのは当然だけど、領地のご婦人たちと関わりを持って夫を支えていくの。教会、病院、公民館での行事に出席するのはそのためでもあるのよ」
お母様の丁寧な説明に、私はようやく事の重大さを理解した。
「お母様、よくわかりました。これからもいろいろ教えて下さい」
お母様は優しく頷いてくれた。
お父様はしばらくはミシェランにあまり近づかない方がいいと言うが、マーカスさんやマルクさんは大丈夫なのだろうか、と私は気になった。その心配を察したのか、リオがお父様に質問した。
「マーカスさんはご存知なんですか?」
「知っているのは陛下だけだ。今の段階では、マーカスやマクミラン伯爵にも知らせないだろうな」
そんな話を聞いてから、瞬く間に2ヶ月が過ぎていった。
褒賞奴隷として迎えられた者たちは、適応能力があるのか、すぐにルルソン村に慣れたようだ。村の人たちには、彼らの過去を公にはしていないが、隠してもいない。村民らは、奴隷契約をしている者は勝手な振る舞いができないことを充分理解してくれているため、彼らを温かく受け入れてくれている。
お父様が言うには、ルルソン村だからこそ受け入れてくれているだけで、他所の村や町では、奴隷とはいえ元盗賊の受け入れは難しいだろう、とのことだった。マッドも、領主や村長、村民の関係が上手くいっているからできることだと言っていた。
あと4ヶ月もすれば、私たちは魔法学院に通うことになる。
魔法学院は学院山と呼ばれる山の中腹にあり、自然に囲まれた場所にある。つまり学院山には魔法学院と家屋しかなく、かなりの田舎だ。私はそこに連れて行くメンバーを皆に確認している。
学院山に購入した家とルルソン村は、魔法陣を使えばすぐに戻って来れるが、魔法陣のことは秘密にしているので頻繁に使うわけにはいかない。可能な限り馬車で行き来してもらうつもりでいるから、ある程度戦える者が良いだろう、と私は思う。
マッドは、学院山の家の建築は概ね済んだので、早めに店舗の改装をしたいと言っている。皆、店舗経営を楽しみにしているので、10日後には馬車で向かうことが決まった。
リンとレンはルルソン村の教会で勉強を教えてもらっている。また、冒険者ギルドで毎日クエストを受けて、村のお手伝いを楽しくこなしているようだから、この村にいた方が良いだろうと、私は考えていた。
リオに聞くと、アナは米の栽培を意欲的に頑張ってくれているので、ルルソン村に残ってもらうつもりだと言っていた。そのため、夫であるザックも一緒に残ってもらう、とのことだ。リオは、二人にはいずれ自分とマリアが運営するであろう領地で農業に専念してもらいたい、とも言っていた。なんだかリオがすごく大人びて見えた。
ジルがエリィを選んだ理由は、ムッサリとジータの手伝いをしてもらうためだから、当然残ってもらうと思っていたのだが、聞くと連れて行くと言っている。マッドに確認すると、理由を教えてくれた。
「ジルは残ってもらうつもりだったが、ムッサリとジータが『エリィは器用だから俺たちの役に立つはずだから連れて行け』と説得されたようだ」
レティにジェーンの確認に行くと、ルルソン村に残ってもらうと言っている。マリアの警護をしてもらうはずではなかったのかと尋ねると、理由を教えてくれた。
「マリア様に『ジェーンさえ良ければルルソン村の警護員として残してもらえないか』とお願いされたんです。自分たちがいない時に村民を守ってもらいたいと……。マリア様は自分のことより村民を優先してほしいと……なんだか私はその言葉を聞いて、マリア様は本当に王女様なんだなと思いました」
私もその言葉を聞いて、レティと同じように思った。
ボンドンにサチさんのことを聞くと、「ばあちゃんの意思に任せる」と言った。実にボンドンらしい回答だったので、私はサチさんに確認に行った。
「この村は良いところだね。私はこの村に残って道場でも開きたいと思っとるよ」
サチさんの思いをボンドンに話すと、褒賞金で道場を建てると意気込んでいた。
最後はドナだ。ドナにバンスを連れて行くのかを確認すると、即答だった。
「もちろん連れて行きますよ! 向こうでは私の代わりに店をやってもらいます。私はキャロル様の店を手伝うので安心して下さいね!」
これで全員の確認が取れたが、思っていたより一緒に行く者は少ないようだ。それにしても、この前まで盗賊だったとは思えない人たちばかりだ。人は置かれた環境によってずいぶん変わるのだと、私は改めて感じた。
ブレイブス港街で購入したワオンさんとパオスさんは、大盗賊団が捕まったことで、冤罪である証拠がどこからか出てきたそうだ。それにより奴隷ではなくなった。
二人に聞くと、ルルソン村での生活を希望してくれたので、奴隷契約の解除を行い、私たちのスキルや家の間取り、魔法陣などは忘れてもらうつもりだった。そう話すと、二人は奴隷契約の解除を断ってきたので、私たちはお母様から陛下にお願いしてもらい、二人に契約魔法をかけてもらった。
ワオンさんとパオスさんはルルソン村で魔道具店を開きたいと言ってくれている。奴隷になる前の貯金も全て戻ってくるので、開店資金として使うつもりだとも言ってくれた。今はその店を探している最中のようだ。




