人質の保護 ミシェラン侯爵視点
ミシェラン侯爵視点
私は陛下から話を聞いた翌日、一人でランドのいる教会を訪れた。ランドは礼儀正しく、受け答えも立派だった。同い年齢の孫のデイルよりもよほど出来がいい。彼を我が侯爵家で保護することが、彼のためになるとは思えなかった。キースの思惑で、彼の才能を潰すのではないかと不安だったのだ。
数日後、キースにランドの保護について意見を聞いた。私の想像通りの答えが返ってきた。
「陛下からの依頼ですから、断る理由はありません。すぐにでも保護しましょう。貴族学校への入学にも間に合いますし、将来はデイルの側近にすれば良いでしょう」
「キース、前にも言ったが、デイルに側近など必要ない。デイルは騎士か文官になれるよう、今からでも努力させるべきだ」
私は以前にも言ったことを繰り返した。デイルの将来を真剣に考えているからこその言葉だ。
「父さんはデイルに厳し過ぎませんか? 最近はカルロの養子ばかり構っていると聞いています。どちらにしろランドの保護は我が侯爵家でさせて頂きます」
キースは昔からカルロに対抗意識がある。だからこそ、何が何でもランドを保護したいのだろう。私は彼の焦りを感じながらも、冷静に返した。
「キース、勘違いをするな。当主である私が決めることだ」
私がそう言い返すと、キースは黙って部屋を出て行った。彼の背中を見送り、私はため息をついた。
4日後、陛下から私とキース、クルス、デイルに呼び出しがあり、急遽王城へ向かった。
「ミシェラン侯爵に確認したい。ランドの件だが、ミシェラン侯爵家で保護すると聞いたが、間違いないか?」
私はまだ決めかねていたのに、どういうことだ。まさかキースがそう言ったのか……。キースを睨むと、彼は毅然と答えた。
「はい、我が侯爵家で保護し、教育もさせて頂きたいと思っております」
私が睨むと、キースは一瞬視線を逸したが、すぐに真っ直ぐ見返してきた。
「ふむ、私はミシェラン侯爵に話をしたのだが……まあ良い、侯爵もいいのだな?」
「いいえ、私は辞退するつもりでした」
ランドのためにも辞退する方が良いと結論を出していたので、正直に答えた。
「ふむ、ではキースに聞こう。ランドを保護したとして、どのように教育をするのか聞かせてもらえるだろうか?」
陛下はキースに目を向けた。
「はい、まずは貴族学校に入ってもらいます。私の愚息も今年入学しますので、不安なく通えるかと思います。将来的にはデイルの側近と考えております」
キースは陛下にもデイルの側近にすると言うが、それではランドの素晴らしいスキルが生かされない。彼の才能をデイルの引き立て役にするつもりなのかと、私は疑問に思った。
「なるほどな。側近とは正直驚きだ。ではデイルに問いたい、君は将来どうしたいのかね?」
「えーと、僕は入婿になる予定なので……たぶん領主の仕事をする事になるのではないでしょうか……」
デイルの言葉に、私は内心で眉をひそめた。入婿になる予定とは、誰が決めたことだ。デイル自身も戸惑っているようだ。
「ふむ、婚約者はどこの御令嬢なのかな?」
「……えーと、今はまだ決まっておりませんが、学校に入る頃には決まるかと……」
「ふむ、デイルは数ヶ月後には入学ではなかったか? キース、デイルの婚約者と考えている御令嬢を教えてくれるか?」
陛下の問いに、キースは顔色を変えた。
「いろいろ手違いがございまして、実はまだ何も決まっておりません」
「それなのにデイルの側近にすると言うのは可笑しな話ではないのか」
陛下の言葉は、キースの矛盾を突いていた。
「ですが年齢も同じですし、貴族学校ではデイルの側で仕えることでランドにとっては勉強にもなるかと思います」
キースは必死に言い繕うが、説得力がなかった。
「キースはランドには会ったのか?」
「……いいえ、会っておりません」
「私がランドと言葉を交わしたところ、ランドは平民とは言え受け答えも立派で礼儀正しかった。正直言ってデイルの受け答えや態度よりもよほど出来が良いぞ」
陛下の言葉を聞いたデイルは、恥ずかしさと怒りで顔を歪め、深く俯いた。その顔は真っ赤になり、悔しさが滲み出ているのが見て取れた。キースもまた、陛下の言葉に対して、ただ俯くだけで何も返せなかった。彼にランドの真の価値が見えていないことが、私には痛いほど分かった。
「せっかくクルスにも来て貰っているので一つ質問させてもらおう」
陛下はクルスを真っ直ぐ見て質問した。
「クルス、仲の良い友人たちとの休暇の過ごし方を教えてくれるか?」
クルスは陛下の問いに、一瞬言葉に詰まった。彼は視線を泳がせ、口を開きかけたものの、すぐに閉じてしまった。「えっ、あのう、えーと、すぐには思いつかないです」と、ぎこちなく答える姿に、陛下は静かに目を細めた。その表情には、ほんのわずかな失望と、何かを見透かすような色が浮かんでいた。
「ふむ、まあいいだろう。では侯爵だけ残り、後は下がってくれていい」
私はキースたちが出ていくと、陛下に深々と頭を下げて謝った。
「陛下、大変申し訳ありません。キースにはランドの保護の件は私が決めると言ったのですが……お恥ずかしい限りです」
「私は家の問題には入るつもりはない。だが、領民のことを思うと口を出さないわけにはいかない。侯爵自身が一番理解しているだろうが、キースだけでなく、クルスやデイルを見ても、このままではミシェランの未来に不安が残る。侯爵が退いた後、問題にならないか?」
陛下の言葉は、私の胸に重く響いた。私は頭を下げることしかできなかった。ミシェラン家の現状、そしてキースの性格、そしてクルスやデイルの未熟さを考えれば、陛下の懸念は当然のことだった。
それに陛下はクルスの犯している罪についてもご存知のようだ。だからこそ私はずっと考えていたことを実行しようと思う。
「ランドの件だが、ブライトン侯爵家はミシェラン侯爵家が保護をしないのであれば、ブライトン侯爵家で保護すると言ってきたが、私はランドの保護はブライトン侯爵にお願いしたいと思っている。それでもいいだろうか?」
私は、この言葉を待っていたのかもしれない。内心、安堵した。ランドが才能を存分に伸ばせる場所へ行くのが、彼にとって最善だと確信した。
「はい、ランドの件はそのようにお願い致します。陛下、ご相談ですが、私はしばらく当主代行をキースにさせようと思います。陛下がおっしゃる通り、キースだけでなく、クルスやデイルの現状を見ても、このままではミシェランの未来が危ぶまれます。キースは決して愚かではありません。彼らがこの試練を乗り越え、真の当主として、そして次世代の柱として成長してくれることを、私は信じております。もしよろしければ、ご協力いただけないでしょうか」
私は、キースがこの試練を乗り越え、成長してくれることを願っていた。彼が本当にミシェランの未来を背負う覚悟があるのか、この機会に試したい。そうすることで、陛下にも納得していただきたかったのだ。彼の持つ潜在的な能力と、侯爵家への忠誠心は疑わない。ただ、その発揮の仕方がまだ未熟なだけだ。
「いいだろう、キースがどのようにするか私も見てみたいと思う。では侯爵はしばらく王都でゆっくり過ごし、ミシェランからの報告を待つといい」
陛下の言葉に、私は深く頭を下げた。
その数分後、カルロとミランが王城に到着したようで、すぐに部屋に入ってきた。
陛下が二人に説明をすると、カルロが発言した。
「承知いたしました。ランドはブライトン侯爵家で責任持って保護させていただきますので、ご安心ください」
「うむ、よろしく頼む」
ミランが陛下に尋ねた。
「お兄様、ランドには本人の望むように生きてほしいと私は思っております。それでも構いませんか?」
「もちろん、スキルを活かすかどうかは本人が決めることだ。よろしく頼むよ、ミラン」
「はい、承知いたしました」
ランドの話が終わると、カルロが続けて話し出した。
「それと、ミシェランの当主代行の件は承知いたしました。ただ、子供たちが心配をするでしょうから、あの子たちだけには事前に知らせておきたいのですが、宜しいでしょうか?」
マッド、リオ、キャロル、マリアであれば大丈夫だろうと、陛下も私も頷いた。
筋書きは、私が王宮で急に倒れて2日ばかり意識不明になる、というものだ。
その後、意識を取り戻しはするが当主仕事はしばらく務められないので、体力が戻るまでキースに仕事を全て代行してもらう。
その間は王都のタウンハウスでゆっくりと静養をしながら、キースがどのように運営するかをじっくりと見届けるつもりだ。
そして、筋書き通り実行されることになった。
キースがこの試練を乗り越え、真の当主として成長することを、私は静かに願った。




