ルルソン村での日々
ルルソン村に到着した翌朝、私たちはカルロさんから紹介されたギルド所有の土地を正式に借りる手続きを済ませ、8万リラを支払った。これで、私たちはこの村に、確かな拠点を手に入れたことになる。
カルロさんは、明日から住み込みで働ける屋敷を紹介してくれた。だが、マッドが「鑑定」スキルで確認したところ、その屋敷はカルロさん自身のもの、「ブライトン侯爵家当主」の屋敷だった。驚きと共に、私たちは彼の計り知れない器の大きさを感じた。
侯爵邸での仕事は午前中だけ。牧場と薬草園の補助作業が主な内容で、他には図書室の掃除や書類の整理など、多岐にわたった。住み込みなので、そこまで高額な賃金ではないが、食事も出してくれるため、余分な費用がかからず助かっていた。侯爵家とあって、マナーについても厳しく教えられたが、それもまた新鮮な学びだった。屋敷の人々は皆、とても親切に教えてくれ、私たちが勉強することにも理解を示してくれた。
「ねえ、何だかこの仕事、おかしくない? あまりにも待遇が良すぎる気がするんだけど……」
私がそう呟くと、マッドとリオも同じことを思っていたようだった。
「僕も前から不思議だったから、カルロさんにそれとなく聞いてみたんだけど、上手くはぐらかされたんだよね」
リオが苦笑いする。
「俺もそう思う。とにかく、俺たちが住める家は完成したんだ。早めにお屋敷の仕事は辞めて、自分たちの家へ引っ越そう」
マッドの言葉に、私たちはすぐに同意した。そして、その日のうちにカルロさんのもとへ、建てた家に移ることを伝えに行った。
「早いな! まだ3ヶ月も経っていないのに、もう完成したのか!」
カルロさんは驚きを隠せない様子だった。
「はい。大変お世話になりましたが、明日から自分たちの家で住もうと思います」
「分かったよ。仕事はどうする?」
「ギルドの通常の仕事を受けてみようと思います」
マッドがそう答えると、カルロさんは少し寂しそうな、しかし理解ある表情を見せた。
ギルドには、様々な仕事がある。正直に言って、三人で採集に行ったり、狩りに出たりした方が報酬は高い。だが、私たちはできる限り人と関わる仕事を選ぶようにしていた。その方が、この世界の様々な側面を学べるし、常識的な知識も増えるからだ。
マッドは、家の修理や運搬作業といった肉体労働を主に受けている。リオは私と一緒に清掃の仕事や畑仕事をこなし、細やかな気配りで評判を得ていた。
仕事の合間には、村の門番を務める凄腕の冒険者たちに、剣術や護身術を習うこともあった。この村の人々は皆、私たちに親切にしてくれるし、気軽に接してくれる。おかげで、ようやく私たちも、この世界の一部に慣れてきたような気がしていた。
「マッド、そろそろ髪染めに使う薬草が切れそうだから、泊まりで採集に行きたいわ」
私の提案に、リオがすぐに反応した。
「あれがないと、僕やキャロルの髪は目立つから、すぐに行った方がいいよね」
「明日からは仕事は入れていないから、三日ほど行こうか?」
マッドがそう言うと、私たちはギルドで採集クエストや討伐クエストを受けてから、森の奥へと向かった。あの薬草は、森の奥深くに生息しているため、厄介な魔物が現れることもある。気を付けて行かなければならない。
「近くに川もあるし、今日はこの辺りで休もうか?」
マッドの言葉に、リオは慣れた手つきで釣竿を取り出し、川へと向かった。私は薪やキノコを探し、マッドは狩りに出かける。この光景は、一年以上前、私たちが森で過ごした日々を思い起こさせた。あの頃と全く同じように、三人共が当たり前のようにそれぞれの役割をこなしている。私たち三人が、離れることなく共に生活していることが、私にとっては何よりも嬉しい。
焚き火を囲みながら、マッドが満足げに息を吐いた。
「森で過ごすのは、やっぱり落ち着くよな」
「ああ、いっそのこと、ルルソン村の俺たちの家も、木々で囲んでしまおうか?」
リオの言葉に、マッドが冗談めかして応じる。
「防犯だけが気になるから、今はまだ駄目よ」
私が笑って答えると、和やかな空気が流れた。
その時、私はふと思い出して、リオに尋ねた。
「リオ、そういえば、スノウはどうしたの?」
スノウは、私たちが家を完成させた頃には、リオの肩に寄り添うように現れていたのだが、今は姿が見えない。
リオは、にこりと微笑んで、腕を差し出した。
「スノウはここにいるよ」
彼の腕には、真っ白なブレスレットのように、小さな白蛇が巻き付いていた。
「凄ーい! 白いブレスレットみたいに見えるわ!」
私は感動して声を上げた。その可愛らしい姿に、無性に羨ましくなった。
「私もスノウのようなお友達が欲しいわ」
リオは優しく笑って言った。
「そのうち、マッドやキャロルにも現れるから大丈夫だよ」
本には、聖獣は人と関わることがあまりないと書いてあったから、そうすぐに現れることはないだろう。それでも、そう願うのは自由だもんね。
その時、マッドの表情が凍り付いた。
「あっ、まずい! 赤とオレンジが地図上に表示された。直ぐに隠れよう!」
彼の「地図」スキルでは、犯罪者はオレンジや赤で表示されるらしい。オレンジは、僕たちが目的ではない場合か、赤の主犯格に仕えている者のどちらかだという。私たちは、考える間もなく素早く身を隠した。
三つの赤とオレンジの点が、私たちの方に向かって来ているようだ。そして、彼らの話し声が、風に乗って聞こえてきた。
「おい、本当に見たのか?」
「すんげえ別嬪の娘を見たんだよ。あれはそこら辺の娘なんかよりよっぽど高く売れるぜ!」
「一人で10人分の儲けになるぜ!」
「そんなに良いなら少し味見をしてえな、ハッハッハッ!」
「馬鹿! そんなことしたら価値が下がるだろうが!」
「捕まえたら親方には言うのか?」
「アホか! 言うわけねえだろうが! とんずらするに決まってる!」
彼らの会話が、私に向けられたものだと理解した瞬間、全身の血の気が引いた。もしかして、私のことなのだろうか? そんな恐ろしい考えが頭をよぎり、震えが止まらなくなった。
マッドが、何も言わずに私の肩を力強く抱き寄せ、リオは黙って私の手を握ってくれた。しかし、二人の温もりに包まれても、私の震えは止まらない。
「おい、今何か音がしなかったか?」
「俺には聞こえねえが、もしかしてこの辺りにいるのかな?」
「俺にも聞こえたぞ! この辺をくまなく探そうぜ! 俺の別嬪さんはどこかな?」
彼らの声が、どんどん近づいてくる。マッドとリオが目配せをした。次の瞬間、マッドが飛び出した。
電光石火の速さだった。あっという間に三人の男は気絶させられ、縄で厳重に縛り上げられていた。
「マッド、キャロルと薬草をすぐに摘んでくるから、20分ぐらいいいか?」
リオがマッドに尋ねると、彼は無言で頷いた。
「キャロル、急いで行くぞ!」
私とリオは、言われた通り薬草の生息地まで走って行き、手早く摘んですぐに戻った。走っている間、ずっと涙が止まらなかった。自分のせいで、二人まで危険な目に合わせてしまった。そう思うと、罪悪感と恐怖で、さらに涙が溢れてくる。
戻ってくると、マッドが私を抱きしめ、いつものように頭を撫でて慰めてくれた。その温かい手に、ようやく少しだけ震えが収まるのを感じた。
リオは、どこからともなくリヤカーを出し、気絶した男たちを乗せた。
「門番に引き渡そう」
マッドが、男たちを冷たい目で見下ろしながら言った。
「そいつらは全員、懸賞金付きの犯罪者だからな」
「それにしては弱すぎないか?」
リオが訝しげに尋ねる。
「弱い女や子供を狙っては売っている悪党だよ。野放しにはできない」
ルルソン村に着くと、門番の二人が駆け寄ってきて、すぐに男たちを引き取ってくれた。彼らは、私たちに感謝の言葉を繰り返し述べていた。