リンとレン
褒賞奴隷として迎えられた8人は、まず魔法陣でミシェランまで飛び、そこからは馬車で共にルルソン村へ向かうことになった。
私が選んだリンは、10歳とは思えないほど小柄で痩せ細っていて、見ていると心配になるほどだった。マッドが選んだリンの双子の兄、レンも同様に小さかった。
「リンとレンは、お魚は食べられる?」
私は優しく尋ねた。
「うん、僕たちは何でも食べれます!」
レンははっきりとした声で答えたが、リンはただじっと私を見つめていた。
「そう、じゃあお昼は美味しい焼き魚を食べましょうね。それから、これ、よかったら食べてみて」
私は、食べやすい一口サイズの甘い薬膳料理を二人に手渡した。
「すごく美味しいです!」
レンが目を輝かせた。リンは言葉を発しないまま、美味しそうに口を動かしている。
「よかったわ。まだあるから、好きな時に食べていいからね」
「ありがとうございます」
レンはそう礼を言ったが、リンはやはり黙ったままだった。
「リンはあまり上手に言葉が喋れなくて、よく怒られたこともあって、喋らなくなってしまったんです」
レンが小さな声で教えてくれた。
「そうなのね。リン、無理して話さなくてもいいからね」
私がそう言うと、リンは少しだけ瞳を揺らしたが、やはり何も言わなかった。
私はリンとレンに、動き回りやすいようにと新しい服を作って着せてあげた。本当に細い体だ。これから、栄養のあるものをたくさん食べさせてあげなければならない、と心に誓った。
「キャロル、どうした?」
隣で見ていたマッドが、心配そうに声をかけてくれた。
「マッド、私、リンとレンをまず健康にするわ」
「キャロルはすっかりお姉さんだな。俺ももちろんできることはするよ」
マッドはそう言って、レンとリンに優しい視線を向けた。
「レン、リン、これからはたくさん食べて、たくさん遊べ。ルルソン村は良いところだから、きっと気に入るぞ」
「はい、ありがとうございます!」
レンは元気よく返事をした。リンは何も言わず、ただマッドの顔を不安そうに見上げていた。
「マッド、キャロル、そろそろ出発できるようだ」
リオが呼びに来てくれた。
ようやく褒賞奴隷を含めた私たち全員の順番が回ってきたようだ。
魔法陣を使い、魔力酔いを避けるために少しずつ飛び、数分後にミシェランに到着した。特に誰も魔力酔いはしていないようで、ひとまず安心した。
ミシェランのタウンハウスに今日は泊まり、明日の朝には出発する予定だ。
お昼は約束通りに焼き魚にした。
魚はリオが焼いてくれたので、間違いなく美味しいだろう。それにマリアが、いろいろな種類のおにぎりを作ってくれた。
庭に大きなテーブルを置いて、皆が好きなように座り、お昼ご飯にした。
「あのう、私たちもここで御一緒していいんでしょうか?」
マリアの褒賞奴隷であるアナが、恐る恐る尋ねてきた。
「もちろんよ! ここでは皆が一緒に食卓を囲むのよ。好きなところに座って食べましょう」
マリアが優しくそう言うと、ボンドンの褒賞奴隷のサチさんが言った。
「あんたたちは変わっているね。でも、私はそういうのは好きだよ」
「婆ちゃん、僕の隣においでよ」
ボンドンが屈託のない笑顔で手招きし、サチさんはボンドンの隣に座った。
「リンとレンは、私とマッドの間に座ってね」
私がそう言うと、二人はすぐにやってきて、ちょこんと間に座った。
全員が席に着き、食事が始まった。
「うわー、めちゃくちゃ美味い! こんな美味い料理なら、店が開けるんじゃないか!」
大声で言ったのは、ドナの褒賞奴隷であるバンスだ。彼の顔は、喜びでいっぱいに輝いていた。
「本当に美味しいです……!」
エリィがそう言って、静かに涙を流している。彼女の目からは、これまでの苦労が滲み出ているようだった。それを見たリンが、エリィの涙に小さな手を伸ばして、か細い声で言った。
「泣かないで……」
その瞬間、私も思わず泣きそうになってしまった。リンの、たった一言の言葉が、皆の心に温かく響いたようだった。
その日の昼食は、温かい陽射しもあり、とても心の温まる食事会になった。
次の日の朝早く、2台の馬車でルルソン村に向かった。
マッドの馬車には、私とジルとドナと、それぞれの褒賞奴隷が乗っている。
最初はドナが御者を務めていたが、途中からはバンスに変わるようだ。
私はリンとレンにクッキーを手渡した。
「このクッキーは、私のお母様が作ったものなの。美味しいから食べてみて」
「ありがとう」
レンはそう言って、クッキーを一口かじった。リンも、黙ってクッキーを口に運んだ。
「あっ、この味……」
レンが、ハッとしたように呟いた。その直後、隣のリンが突然、大きな声で泣き出した。
「うわーん、お母さん、うわーん!」
私は驚いて、思わずリンを抱きしめた。
「うわーん、お母さん、行かないで~!」
さらに大声で泣くリンを、私は必死に抱きしめた。小さな体が震えている。
「大丈夫、泣かないで、リン。よしよし……」
「お姉ちゃん、ぐすん、ぐすん……」
レンも涙を浮かべながら、私に話してくれた。
「このクッキー、母さんがたまに作ってくれたのと、よく似ているんです。リンは思い出したんだと思います」
「お母さんは、どこかに行ってしまったの?」
「はい、天に召されたんです」
「そう……大変だったのね」
私はリンの背中を優しく撫でた。
「僕はリンがいたから、頑張れたんだ」
レンは、小さな胸を張って言った。
「レン、偉いぞ。妹を守れる立派な男になろうな」
マッドがレンにそう言うと、レンはマッドの瞳をまっすぐ見つめて言った。
「僕は強くなりたい。リンを守れるようになりたい!」
「よし、じゃあ頑張って、まずは体力をつけないといけないな」
「はい!」
「私も強くなりたい……」
リンは、か細い声でそう言ってから、私の手をぎゅっと握ってきた。その小さな手から伝わる温かさに、私は胸が締め付けられた。
私は、この小さな手を守りたい。
リンがどうか幸せになりますようにと、心から願った。
気が付くと、馬車の中で私はリンを抱きしめながら眠ってしまっていたようだ。リンの寝息が、私の胸に温かく響いていた。




