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大きな賭け カイト視点

カイト視点

 

 俺は8歳の時、両親を亡くした。叔父さんが引き取ってくれたけれど、両親の遺産を手に入れると、俺を遠い街に連れて行き、あっさり捨てたんだ。周りの奴らが「そんなことはよくある話だ」って言ってたのを、今でもはっきりと覚えている。

 

 親のいない子供は、皆スラム街に集まってその日暮らしをしている。スラム街で知り合った兄貴とハンナは、俺に本当に良くしてくれた。パンの盗み方、ゴミ箱の漁り方、近寄ってはいけない場所。彼らが教えてくれたおかげで、何とか俺は生きてこられた。いつの間にか、俺は兄貴と呼び、この兄妹と共に生活するようになった。

 

 兄貴は、ここにいられるのは成人前までだと教えてくれた。15歳になれば、この辺りを牛耳っている奴らが捕まえに来て、俺たちは売られるんだって……。売られた後はどうなるのかと俺が聞くと、兄貴は悲しい顔をして「わからない」と言っていた。

 

 そんな兄貴も、15歳になる年に、この辺りを牛耳っている奴らに何度も殴られて死んでいった。兄貴は「ハンナを頼む」と俺に何度も言って息を引き取り、一通の手紙を俺に託した。

 

 手紙には、兄貴とハンナは血が繋がっていないことや、ハンナの両親のことが書かれていた。ハンナの母親は伯爵夫人で、兄貴は夫人に仕えていた侍女の息子だと。

 

 ハンナは不義の子だから捨てられ、兄貴はハンナの世話をするために捨てられた、と書かれていた。

 

 俺は手紙を見て、何とも言えない気持ちになった。兄貴とハンナが捨てられた時、8歳と2歳だぞ? どう守れって言うんだよ……。

 

 そうか、二人で死んでくれってことだったんだ…と、俺は悟った。

 

 貴族の奴らは、俺たちを視界に入れるのも嫌なようで、顔を合わせようとはしない。目が合えば、「ここに何故いる!」と怒鳴られ、殴られることもよくある。一ヶ月前にはスラム街の爺さんが殴られて死んでいったし、三日前には3歳くらいの男の子が蹴られて死んでいった。誰も何も言わずに、ただ見ているだけだ。

 

 俺は、外見が良いらしい。そのため、男娼の仕事も今はやっている。普段は目も合わせようとしない貴族が、俺と寝床を共にするなんて、おかしな話だ。

 

 ハンナは、俺がこんな仕事をしているのは知らない。ハンナは将来間違いなく美人になるだろう。少しでも金を貯めて、ここから早く出してやらないといけない。最近は胸も膨らんできて、女性らしい身体になりつつある。既に何人かの奴がハンナを狙っているのは俺も知っている。だが、焦るばかりで金は一向に貯まらない。


 その日、俺は貴族にいつものように抱かれ、ハンナのところに戻ってきた。

 ハンナは、三人の男にはがいじめにされ、泣き叫んでいた。俺は奴らに殴りかかり、ハンナを抱えてすぐにその場から逃げた。走って、走って、行けるところまで走り続けた。泣き続けるハンナは、俺に「ごめんね、ごめんね」と何度も何度も言う。謝らなくていいと言っても、ずっと「ごめんね」と繰り返している。

 

「カイトがそういう仕事しているのを知ってるよ。私も我慢しないといけないのは分かってるんだけど、でも怖くて、ごめんね、ごめんね、今度は我慢するよ、ごめんね……」

 

 このままではハンナは壊れるだろう、そう思い、俺は街の真ん中にあるギルド前にハンナを連れてきた。そして、たくさんの人の前で、人の良さそうな冒険者の懐から金を盗んだ。

 

 冒険者はすぐに俺たちを捕まえ、ギルドに入り警備隊を呼んでくれた。

 

 そう、俺は賭けに出たんだ。スラム街を牛耳っている奴らに密かに売られるよりも、犯罪奴隷として公に売られる方がいいかもしれないと思い、この行動をとった。ハンナとは二度と会うことはできないだろうが、良い人が買ってくれるかもしれない。この国の法律では、奴隷を売る時は他所の土地でしか売ってはいけないんだ。

 

 運良く、俺とハンナは同じ所へ送られた。海を見たのは初めてだ。匂いまで独特なんだなと思った。奴隷商会はスラム街に比べたら天国だった。こんなに穏やかな時間は初めてだ。

 

 ギルド職員が奴隷の何人か買いに来るという話を聞いて、奴隷たちが騒いでいる。誰もがまともな奴らに買われたいと思っているから当然のことだろう。ハンナがギルド職員の目に止まれば良いと思う。俺は神を信じてはいないが、初めて神に祈りを捧げた。

 

 ギルド職員は遅い時間に買いに来たようで、30人の若い奴隷が連れて行かれた。

 

「ギルドが犯罪奴隷を買うわけないだろうな、まあ気長に待とう、息子よ」

 

「父さん、気長に待ってたら俺らはどうなるだろう」

 

「知らん、鉱山とかか? ああ、最後に魔道具作りてえなー」

 

「俺も作りてー」

 

 どう見ても犯罪奴隷とは思えない親子だ。彼らは、暗い場所にいながらも、どこか諦めと希望を同時に抱いているような、不思議な雰囲気を纏っていた。

 

 しばらくすると、さっき連れて行かれた奴らが戻ってきて何やら騒いでいる。

 

「すげー綺麗な子がいたよな。まるで天使だ」

「あんな美少年たちに買われたいわ」

「結局、買われるのはあいつらなんだなー、全くギルドの奴らも見る目がないぜ」

「全くだ、あいつらの性癖を教えてやりてーよ」

 

 聞こえた話によると、ギルド職員は五人の奴隷の中から二人を選んで購入するらしい。そう言えば、ガタイの大きな奴らがいなくなっている。

 

 奴隷商の店主が俺たちのところに来て、「お客様のところに連れて行くから準備しろ」と言ってきた。準備とは身体を綺麗に拭くことだったようで、俺たちは全員で身体を拭いた。

 

 部屋に入ると、同じ年頃の今まで見たことがないような綺麗な子達が座っていた。彼らは、今まで俺が接してきたどんな貴族とも違う気がした。彼らの顔には、俺たちがよく知る冷たい嘲笑や、見下すような表情は一切なく、むしろ優しい笑みが浮かんでいた。それは、まるで春の陽だまりのような温かさで、俺は思わず目を逸らしたくなった。こんなにも穏やかな目を、彼らはどうして俺たちに向けることができるんだろう? 連れてこられた奴隷の中にはハンナもいる。俺がもし買われたら、ハンナも一緒に連れて行きたい。

 

 そう思っていたが、彼らの選んだのはさっきの魔道具親子だった。

 若い方ではなく、爺さんを先に選んでいた。

 

「おお、見る目があるじゃないか、俺の息子も一緒に買ってくれんかの」

 

 彼らは優しく笑って頷いていた。俺たちの値段なんて、貴族様からしたら安いんだろう。だけど、さっきからずっと俺を見ている奴がいる。まるで全てを見透かされているような、妙な感覚だ。

 

 その男が俺に話しかけてきた。

 

「俺たちと暮らしてみないか?」

 

 俺はどう頼めばハンナも一緒に買ってくれるだろうかと考えた。俺が黙っていると、隣に座っている女の子がその男に喋りかけている。

 

「マッド、それなら彼女も一緒じゃないと彼は頷かないわよ」

 

 もう一人の美少年も言う。

「キャロル、マッドはそのつもりだから心配しなくても大丈夫だよ」

 

 どうしてハンナのことが分かったのかは俺には分からないが、共に買ってくれたことが嬉しかった。


 そうして、俺とハンナは翌日には奴隷商会を出ていった。

 俺たちの新しい生活が始まるんだ。どんな未来が待っているのか、まだ分からない。でも、あの優しそうな人たちと一緒なら、きっと大丈夫だと、そう思えたんだ。


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