ブレイブス港街6日目
今日も昨日と同じく、朝早くから皆で作業を始めている。
私とマリアは、隣に立つ腐敗した建物の調査に向かった。外観は、長い年月と風雨に晒され、今にも崩れ落ちそうなほど古びていた。色褪せた木材は腐りかけ、窓ガラスは割れていたり、埃で曇っていたりする。蔦が絡まり、まるで廃墟のようだ。しかし、その廃墟然とした外観に反し、足を踏み入れた途端、ひんやりとした空気が私たちを包み込んだ。
中に入ると、その印象は一変した。
外見の荒廃ぶりとは裏腹に、内部は予想以上にしっかりとしていた。床板は軋むものの、構造そのものに大きな歪みはない。そして、何よりも目を引いたのは、その内装と家具が放つ重厚ながらも品のある佇まいだった。深みのある木材を使った壁や梁、そして使い込まれた家具からは、かつての持ち主がどれほどこの家を大切にしていたかが、ひしひしと伝わってくる。落ち着いた空間は、私たちを温かく包み込み、すぐに好ましいと感じた。
壁には趣のある古い絵が飾られていたので、全部貰い受けることにした。
それに、箱に入れられたたくさんの書物も、いかにも面白そうなので箱ごと頂戴した。マリアは骨董の食器と、それを収める食器棚が気に入ったようで、これも食器棚ごと頂くことに。
まるでフリーマーケットで見つけた宝物を物色しているようで、とても楽しい作業だった。
「キャロル様、私はこれが欲しいです!」
ドナが目を輝かせながら、手の込んだ模様が彫られた菓子箱を手にしている。ドナがこんなに熱心に物を選ぶのは珍しい。何か特別な理由があるのか気になって、私は尋ねてみた。
「この菓子箱はすごいんですよ。物を入れると、食べていい物かどうかが分かるんです。これがあれば、私は誤って変なものを口にしなくて済みます!見ていて下さい。これは先日街で買った飴です。入れますね。そして開けます。問題ないときは何も変化しません。次に、庭にあった草です。あっ、これも大丈夫みたいですね。これはキャロル様が作った眠り薬です。ほら、見てください。小さなメモが入ってます!」
メモには「眠り」と書かれている。これはすごい!
「これは魔道具ね、かなりの高級品だわ。なぜ置いて行ったのかしら?」
マリアがそう言うと、いつの間にか近くに来ていたレティが答えてくれた。
「この家のかつての持ち主は、元高位貴族の老夫婦で、引退後にここに移り住んだようです。10年ほどここで穏やかに暮らしていたそうですが、旦那様が亡くなった後を追うように、奥様も静かに亡くなられたそうです。奥様は遺言で、10年間はこの家の物を全てそのままにした状態で残すように命じたようです。そのため、10年の間は遺言魔法によって誰もここに入ることができなかったんです」
「家族の方は10年後には確認に来なかったの?」
「いえ、来られて荷物整理をした上で売却手続きをしたようです。おそらく、宝飾品などの金目の物以外は興味がなかったのではないでしょうか」
マリアの質問に的確に応えるレティは、さすがとしか言いようがない。
確かに宝飾品は一つも残っていない。だけど、書物や絵画にもかなりの価値があるように私は思うのだけれど。この家は、まるで宝の山ではないだろうか?
その後も私たちは、丁寧に確認しながら見て回った。
奥まった隅の箱に、宝飾品も何も付いていない古びたウェディングドレスが収められていた。ここに住んでいたお婆様の大切な思い出のドレスなのだろう。触れてみると、驚くほど柔らかく肌触りの良い生地で、よく見ると全面に細かい刺繍が施されている。胸元と腕のあたりには、おそらく宝飾品が付いていたのだろうが、全て剥ぎ取られていた。私は、このドレスを無性に再現してみたくなった。このドレス、いただいても良いですか?心の中で問いかけてみた。返事はなかったけれど、一瞬、ドレスがふわりと輝いたような気がした。
その後にマッドたちも来て、この建物を確認した。マッドが隠し扉を見つけると、地下室へと続く階段があったので、私たちも降りてみた。そこは温度がかなり低く、吐く息が白くなった。天井には氷柱が垂れ下がり、少し奥の方には海へと続く水たまりがあるようだ。
「本で読んだんだけど、鍾乳洞ではないだろうか?」
マッドがそう言うと、マリアも同意していた。
「この建物を取り壊すのは勿体ないな。俺は時間がかかってもいいから修復しようと思うんだが、いいだろうか?」
皆もそう思ったようで、この建物は取り壊さずに、少しずつ修復していくことが決まった。
午後からも引き続き作業が続けられ、昼過ぎにマーカスさんから「夜7時ごろにギルドに来てほしい」と連絡が入った。マッドもそれまでには地下の作業が終わるからちょうど良かったと言っていたので、順調に進んでいるようだ。
今日ギルドに行くメンバーは、マッド、リオ、ジル、そして私だ。ジルは「面倒な手続きは自分がする」と言って、同行してくれるようだ。ギルドでトンダさんとマーカスさんと合流し、奴隷商会へ向かった。この街で奴隷を扱っているのは、これから向かう商会しかないらしい。
到着すると、すぐに部屋に通され、お茶が出された。冒険者ギルドでは定期的に奴隷の購入を行っているようだ。今回、冒険者ギルドでは二人の奴隷を購入する予定らしい。そのため、部屋には30人ほどの奴隷が隙間もなく並んでいた。
店主が言うには、まずは先入観なく見てほしいとのことだ。リオと私には鑑定スキルはないが、なんとなく人のオーラのようなものが見える。30人の中で、私が「良い」と感じる人物は、この中にはいなかった。
「気になる奴隷がおりましたら、何なりと質問をしてやって下さい。私は20分後にまた来ます」
そう言うと、店主は部屋から出て行った。
トンダさんは慣れた様子で、気になる人物に質問をしている。主に強そうな者たちを選んでいるようだった。マッドは少し考える仕草をした後、マーカスさんに言った。
「ここには若者しかいませんね。俺は年寄りでも子供でも構わないんですが……。それに、『大工補助』のスキル持ちはいないようです」
「そうか、どういうことだろうか?」
マーカスさんは、首を傾げて考え込んでいるようだった。
トンダさんが私たちに尋ねてきた。
「気になる人物はいませんでしたか?」
マッドもリオも私も頷いた。トンダさんは少し驚いた顔をしていたが、選び方が分からないと思ってくれたようだ。
店主が戻ってきたので、トンダさんは五人の奴隷を指し、彼らの詳しい内容を教えてほしいと言った。マーカスさんが「『大工補助』のスキル持ちはどの人か」と店主に尋ねた。
店主は「この人物です」と言って、マーカスさんの目の前に連れてきた。どう見ても大工という感じではない、背が低く華奢な20歳前後の男性だった。
マーカスさんは礼を言い、「若者でなくても構わないので、見せてもらえますか?」と店主に聞いた。すると、店主は15人の奴隷を下げた後、「10分ほどお待ちください」と言い、部屋を出て行った。
マーカスさんが小声で、目の前の奴隷のスキルについてマッドに聞いている。
「『大工補助』ではなく『作業補助』ですね。主に書類整理の補助みたいな感じだと思います」
マッドが言うと、マーカスさんが「なるほど」と頷いていた。
「トンダは決めたのか?」
「ああ、この二人でいこうと思う」
マーカスさんが聞くと、トンダさんは強そうな二人の奴隷を指差した。
マッドは横で頷いている。トンダさんは先に手続きを済ませて帰るようだ。
30分後、店主は15人ほどを部屋に連れてきた。子供と年寄りが多いが、若者も何人か混じっている。さっきの人たちにはなかった、温かい雰囲気の人が何人かいた。リオも同じように思っているみたいだ。
私たちも四人の奴隷を購入することに決め、宿に戻った。




