ブレイブス港街5日目
今日は、朝早くから皆がそれぞれの役割で忙しく動いていた。新しい家の地下に魔法陣を描くため、マッドはほとんど一人で地下を建設している。魔法陣を隠すには地下の方がいいとはいえ、過酷な作業だとわかっていながらも、彼は黙々と作業を続けていた。
レティとドナは、必要な物資を買いに街へ。ジルはマーカスさんに会うため、彼女たちと一緒に冒険者ギルドへ向かっている。マリアと私は掃除担当、リオとボンドンは家具作成に励んでいた。皆、言われなくても、自分にできることを見つけては黙々と作業に努めていた。
昼には、昼食にと屋台料理を買ってジルたちが戻ってきた。作業を中断し、皆で食卓を囲んだ。
「マッド、地下は順調に進んでる?」
リオが尋ねると、マッドは少し厳しい顔をしながら言った。
「うーん、少し厳しいな。ジル、マーカスさんは何て言ってた?」
「はい、マーカスさんに魔法陣で帰る時間を確認したところ、夜の8時過ぎにしてほしいと言っていました」
「遅いのは俺も助かるな。それまでには何とか間に合わせるよ」
「地下のことは内緒にしたいから、大工を雇うわけにはいかないし、マッドにばかり負担を掛けてるよね。僕も家具作成が終わったら、何でも手伝うから言ってね」
リオがそう言うと、ジルもマッドに言った。
「マッド様、俺もできることは何でもしますので、指示して下さい」
休憩が終わると、ジルだけでなく、レティやドナまでがマッドの手伝いを始めた。
私は生活魔法も浄化魔法も使えるので、掃除は結構簡単に終わる。ただ、細かいところは手でやらないといけないので、今は隅の方をマリアと二人で頑張って綺麗にしている。
「キャロル様、何か運ぶ物があれば私に言って下さいね」
「ドナはマッドを手伝っていたんじゃなかったの?」
「はい、廃材とかの運搬係です。キャロル様も運ぶ物があれば言って下さいね」
「ありがとう、ドナ。その時は声をお願いするわ」
ドナは「はい!」と元気よく返事をし、再びマッドの元へ向かっていった。
掃除が終わると、マリアは夕飯の支度を始めた。私も疲労回復に良い薬膳料理を一品作った。よく考えたら、マリアはお姫様なのに、いつも当たり前のように料理担当をしてくれている。
「マリア、いつも美味しい食事を作ってくれてありがとう」
私がマリアに礼を言うと、マリアが私に話してくれた。
「皆が美味しいって言ってくれるのが嬉しいから、私が好きで料理をしているのよ。それにキャロルだって素敵な服を作ってくれるわ。ありがとう」
二人で顔を見合わせて笑った。
「王宮にいる時は、私はいつも一人だった。今は皆と暮らせて、毎日がとても充実していて楽しいわ」
「マリア、これからも楽しいこと、皆でたくさんしようね」
「ええ、そうね。そのためにも私も、自分が出来ることは頑張るわ」
「私もよ。服とかなら私が作るから言ってね」
マリアは私にとって姉のような存在だ。
マリアを見習って、私も頑張ろうと思った。
夕飯の時、私が作った薬膳料理を食べたマッドが、嬉しそうな顔で言ってくれた。
「キャロル、ありがとう、疲れが少し取れたよ」
マッドがそう言ってくれたので、作った甲斐があったと嬉しかった。
横を見ると、リオもマリアの料理を同じように褒めている。本当に、二人とも良くできた婚約者様だ。
食事が終わると、再び作業を再開したが、明日のことも考えて夜の9時には切り上げることにした。
宿に戻ると、マーカスさんが私たちの疲れた表情を見て、奴隷の話を始めた。
「おいおい、随分疲れているみたいだな。実はな、『大工補助』のスキルを持っている奴隷を買わないかと、一ヶ月ほど前に奴隷商会の店主がギルドに持ちかけてきたそうなんだ。その時は予算の関係もあり断ったそうなんだが、今は奴隷の購入を前向きに検討しているそうだ」
「その奴隷はまだいるの?」
リオが質問すると、マーカスさんは答えた。「ああ、まだいるようだ。トンダがお前たちの為に確認してくれたから間違いないだろう。お前たちに購入の意思があるなら、一緒に奴隷商会に行くか?」
少し考えてからマッドは真剣な顔で答えた。
「スキルよりも人間性の方が俺たちには重要なので、会ってみないと何とも言えません」
「まあ、そうだよな。トンダは明日の夕方に奴隷商会に行くと言っていたから、行くなら同席させてもらうといい。その際は、マッドの鑑定スキルについてはトンダには言っていないから注意はしろよ」
「わかりました。俺も行こうと思いますので、トンダさんに話を通して頂いても良いですか?」
「了解した」
その話の後に、マッドは私とリオとジルに、お父様とお母様から言われた話を教えてくれた。
「ルルソン村での奴隷の受け渡しは平穏無事に済んだから、何の心配もないそうだ。ただ、ムッサリとジータの負担が酷く、受け渡し完了直後に倒れたらしい。過労なので三日ほど休んだ後は元気になったから心配はない。二人は魔法陣のことがバレないように、寝ることもせずに山賊たちを外に運んでくれたそうだ。それで父さんは、俺たちの家に奴隷を増やすと決めた。これは命令だと言われている。多分、マーカスさんも父さんに聞いているんだと思う」
マッドの言葉を聞いた途端、ジルの顔から血の気が引いた。彼は普段、どんな状況でも冷静で、感情をほとんど表に出さない。そんな彼が、今、信じられないというように目を見開き、唇を震わせている。
「爺ちゃんと……婆ちゃんが……」
ジルの声は、か細く、今にも消え入りそうだった。彼にとって、祖父母であるムッサリとジータは、深い尊敬と愛情を抱く大切な存在なのだ。二人は魔法陣の秘密が守られるよう尽力してくれた。その事実が彼の心を深く抉ったのだろう。祖父母への深い愛情と、彼らの働きへの心からの尊敬が、その表情からひしひしと伝わってきた。
私とリオは、マッドとジルだけにするため、そっと部屋を出ることにした。




