ブレイブス港街2日目 リオ視点
リオ視点
僕は船の操縦を覚えたくて、朝早くに目が覚めてしまった。
マッドとキャロルが出かけると、すぐに講師がやってきた。ドナとボンドンの講師はまだ経験の浅い若者だったが、僕とマリアの講師はベテランの爺さんだ。
「まずは見てもらおうかの。儂が手本を見せるから、後で真似るといい」
爺さんの手本を見ていると、驚くほど簡単そうに思えた。これなら僕とマリアは、すぐに小型操縦終了証明書を手に入れられるだろう。
「では、一人ずつ実際に操縦してもらおうかの」
僕が先にやってみる番だ。先ほど見た通りに操縦桿を動かすと、船がするすると動き出した。
「わあ、動いた! もっと速度を出しても良いですか?」
思わず声が弾む。
「なかなか筋が良いのう。ゆっくりと速度を上げてみるといい」
速度を上げると、潮風が顔に当たり、とても気持ちが良かった。
「ハッハッ、若いもんは怖いもの知らずでいいのう。じゃが、乗客がいる場合は気を付けんとあかんよ。船酔いをする者もおるからのう」
「揺れがひどいですか?」
僕が尋ねると、爺さんはマリアの方を見た。「儂は慣れとるから構わんが、お嬢ちゃんは真っ青な顔じゃ」
マリアを見ると、確かに顔色が悪い。僕は慌てて操縦桿を緩めた。
「あっ、ごめん、マリア! つい調子に乗ってしまって。大丈夫?」
マリアは小さく首を振った。「ええ、何とか……。ちょっと緊張もあって、私こそごめんなさい」
「ハッハッ、もう少し安全に運転できるようにならんといかんな。じゃあ、次はお嬢ちゃんがやってみるといい」
何でもそつなくこなすマリアだが、船の操縦にはかなり苦労していた。進みたい方向に船が動かないらしく、全く前に進めないようだ。
「お嬢ちゃんは真面目な性格のようじゃな。操縦は頭で考えるより、身体に覚えてもらった方が良い。少し肩にも力が入り過ぎじゃ」
何時間も同じことを繰り返していたマリアだが、ようやく笑顔を見せる余裕が出てきたみたいだ。
「凄いわ! 私が動かしているのよね、できたわ、リオ!」
彼女は感極まったように叫んだ。
「もう大丈夫のようじゃな。後は経験を積んでいけば良いじゃろう」
こうして僕とマリアは、午後3時頃には小型操縦終了証明書を取得した。これがあれば、ブレイブス港で小型船を操縦することが可能なようだ。
それからは、朝から何も食べていなかったので、宿に戻り、釣った魚でかなり遅い昼食にした。二人だけでこうして時間を過ごすのは初めてだったけれど、この穏やかな時間がとても愛おしかった。マリアは控えめで芯が強く、いつも僕を優先してくれる。そんな彼女といると、不思議と心が安らぐ。
小型船で海釣りに出掛けると、ちょうど夕陽が海に沈んでいく時間帯だった。
夕陽に照らされた彼女の横顔を見ていると、抑えきれない気持ちがこみ上げてきて、僕は思わず、その頬にキスをしていた。マリアは真っ赤になって照れていて、とても可愛かった。
日も沈んだので、僕たちはゆっくりと宿に戻ることにした。
宿に戻ったのは午後6時過ぎだったが、まだ誰も戻っていないようだ。
マッドがキャロルを連れた状態で、こんな遅い時間まで街をふらつくとは考えにくい。10分ほどすると、ドナとボンドンが戻ってきた。
「ただいま戻りました――キャロル様、戻りましたよ――」
ドナが何度もキャロルの名前を呼ぶが、返事はない。
「リオ様、キャロル様はどこかお出かけですか?」
ドナに聞かれたが、僕も知らないので「僕も見かけていないよ」と答えた。
すると、ドナは見る見るうちに顔色を変え、部屋中を探し始めた。そして付き合うようにボンドンも探し始めた。
彼らはベッドの下や机の下、クローゼットの中まで探し、最後には人が入れるはずもないような小さな箱の中まで覗き込んでいた。その顔は焦りでいっぱいで、ドナは今にも泣き出しそうだ。
更に10分経つと、ジルとレティが戻ってきた。
二人は話を聞くと、部屋をぐるりと見渡した後、慌てふためく様子もなく、ジルは宿の受付に向かい、レティは宿のレストランを見に行いったようだ。
僕は四人の探し方をずっと見ていた。人によって探す場所がこんなに違うとは、実に勉強になる。
僕は正直、あまり焦っていなかった。なぜなら、もし二人が危険な状態になっていれば、僕には何となく分かる気がするからだ。
ジルとレティが戻ってきた。
「受付に聞いたところ、お二人は一旦部屋に戻ってきたそうです。その後に宿を出る姿は誰も見かけていないとのことでした」
「レストランにもいらっしゃいませんでしたし、見かけた人もいませんでした」
ジルとレティの話を聞いていたのかどうかは分からないが、ドナが大声で泣き出した。
「キャロル様! 私が離れたばっかりに――!」
ドナは顔を両手で覆い、肩を震わせた。ボンドンも顔を青くして、どうすればいいのかと僕の顔を見てくる。
ドナはまるで、世界が崩壊したかのような顔で、泣き続けている。
対照的に、ジルは冷静に腕を組み、レティは腕に抱えた資料に目を落としている。
彼らも心配はしているだろうが、ドナやボンドンとは違う。状況を把握し、論理的に解決策を考えようとしているのが見て取れる。まるで、動転した子供をどうにかして落ち着かせようとする親のようだ。
「嫌、キャロルは生きているし、大丈夫だから」と皆に言おうとしたそのとき、ザバーンと大きな波の音がして、海から二つの影が現れた。マッドとキャロルだ。
ジルは何もなかったかのようにマッドの所へ行き、「マッド様、お帰りなさいませ」と深々と頭を下げた。
ドナは物凄い勢いでキャロルに突進しようとしたが、ジルに素早く止められ、はがいじめにされている。
皆が落ち着いたところで遅い夕食になったが、新鮮な魚料理を食べながら、今日の成果をそれぞれ話し始めた。
マッドとキャロルは買い物の話と、海に潜るための服や笛の話を始めた。キャロルが皆の分も潜るための服を作ってくれるらしいし、笛は明日にでも手配をするとジルが言ってくれたので、素潜りをするのが今から楽しみだ。
次にドナとボンドンの操縦の話になった。
ボンドンは時間がかなりかかったが、小型操縦終了証明書をもらえたと言い、皆に見せていた。僕はボンドンが一日で取得するのは難しいのではないかと心配していたので、心から安心した。
ドナはどうだったんだろうと思い、ドナの方を見ると、「私ももらいましたよ」と、あっさりと言って小型操縦終了証明書を見せてくれた。
ドナが取れないとは誰も思っていないので、特に反応はない。
「ついでだったので、中型と大型も取っておきましたよ」
ドナがそう言いながら、中型操縦終了証明書、大型操縦終了証明書を机の上に置いた。
えっと、嘘だよね? 大型って相当難しいって、講師が言ってなかったか? 僕たちの間の空気が固まったのを感じた。
マッドが凄く笑っている。
「ドナは昨日まではなかった操縦スキルが、はっきりと表示されている。大型操縦は、スキルが表示されているか、10年以上仕事で携わった者しか試験自体を受けられないから、非常に難しいとされているんだ」
キャロルが目を輝かせてドナに言った。
「ドナ、すごいね! これで遠くまで航海できるわね!」
「キャロル様がそう言ってくれると思ったので、私は頑張りましたよ」
ドナはやっぱり最強ではないだろうか……。
「マリアとボンドンのスキルもほぼ確定みたいだから、数日で表示されると思うよ」
そして翌日には、マリアもボンドンもスキルを得たようだった。
マリア:小型の魚釣り
ボンドン:甲殻類の生け取り
僕たちは成長期もあり、それぞれの能力が日々変化していく。でも、どんなに強くなっても、僕たちは一人じゃない。こうして皆で食卓を囲み、笑い合い、時に心配し合う。それが何よりも大切なことだと、僕は思うんだ。
きっと今回の旅で僕たちはたくさんの思い出を作ることだろう。




