ブレイブス港街2日目
翌日は朝早くから皆が動き出した。普段は朝に弱いリオも珍しく目を覚まし、少し興奮気味だ。昨日釣った魚をリオとマリアが手際よく調理してくれたので、皆で美味しくいただいた。リオの腕はますます上がったのか、ただ塩を振って焼いただけなのに、その味は最高の贅沢だった。シンプルだからこそ、魚本来の旨味が引き立っている。マーカスさんも「美味い、美味い」と呟きながら、一切の遠慮なく夢中で食べている姿は、見ていて清々しいほどだった。
リオに尋ねると、私の思った通り、釣りスキルも魚料理のスキルも昨日から一気に上がったらしい。そしてマッドが教えてくれたことには、マリアやボンドンにも釣りスキルが現れそうだという。それを聞いた二人は、まるで子供のように目を輝かせて大喜びしていた。
「知っていると思うが、スキルはちょっと経験したぐらいでは得られるものではないんだぞ。まあ、成人前だから得やすいのもあるかもしれないが……とにかく、無闇にスキルの話は他でするなよ」
マーカスさんに釘を刺されてしまったが、ボンドンの頭はすでに釣りスキルのことでいっぱいのようだった。
「マッド様、僕の釣りスキルはどんなのですか?」
ボンドンの頭の中は、もう釣りのことでいっぱいなのだろう。そのキラキラとした瞳に、マッドは少し困ったような顔で答えた。
「ボンドンのそれは、釣りとは言わないかもしれないな……」
「えっ、どういうことですか?」
「確定ではないから、言うのはやめておくよ」
「えっ、えっ! 気になるじゃないですか!」
ボンドンは不満げに声を上げたが、マッドはそれ以上何も話さなかった。
朝食が終わるとすぐに、ジルとレティ、そしてマーカスさんはそれぞれ仕事へと出かけていった。私とマッドも出かける準備をしていると、ドナがやってきた。
「マッド様、キャロル様のこと、よろしくお願いしますね。それからキャロル様、私は操縦を頑張って覚えますので、楽しみにしててくださいね!」
ドナはいつもの朗らかな笑顔でそう言い放った。
「ああ、キャロルのことは俺が守るから大丈夫だ。ドナも頑張りすぎて怪我しないようにな」
マッドが安心させるように答える。
「ドナ、無理はしないでね。お土産買ってくるから楽しみにしててね」
私がそう声をかけると、ドナは満面の笑みで頷いた。私とマッドはリオたちにも声をかけた後、宿を出た。
私は髪と目の色を変え、帽子も深く被って変装した。マッドは、まるで大切な宝物を守るように、私の手をしっかりと握って離さない。港街は活気に満ち溢れ、多くの人で賑わっている。活気のある声、潮の香り、そして行き交う人々の笑顔。全てが新鮮で、私の心を躍らせた。
まず向かったのは生地屋さん。この街ならではの珍しい生地をいくつか購入した。その中で特に私の目を引いたのは、海に潜るための服だ。厚手の素材で、何かの動物の革でできているのだろうか?マッドが店主に尋ねてから鑑定し、簡単に説明してくれた。
「これは海に潜って狩をする人たちの服だそうだ。海の生物の皮でできていて、水の抵抗もなく潜れるらしい。面白そうだから、試してみよう」
店に並べられた製品を眺めていると、私のスキルが発動したのか、その構造と作り方が頭の中にすっと入ってくる。実際に試着してみると、想像以上に可愛らしいデザインで、着心地も良い。貴族令嬢としては少し大胆すぎるかもしれないけれど、私には全く抵抗がなかった。
店主に聞くと、この辺りの貴族令嬢はこれを着て普通に潜ったりするらしい。海の底では美しい宝石も採れるらしく、この街の特産品にもなっているそうだ。マッドが「全員分を作ってほしい」と言うので、私は先ほど試着した服と、多めに生地を購入した。マッドも自分用に一着購入するようだ。
魔道具店も近くにあったので覗いてみた。ミシェランや王都とは置いてある物が結構違っていて面白い。特にマッドが興味深そうに眺めていたのは、小さな笛のような物だ。店員さんを呼んでマッドが尋ねる。
「この魔道具は、どんな時に使うんですか?」
「これは、空気を吸う物です。これを口に加えると空気が身体に入るので、通常より長く潜っていられるんですよ。個人差はかなりありますが、私が同じ物を試したところ、普通は1分ですが10分潜れました。購入していただいたお客様の中には、20分潜られた方もいらっしゃいましたね」
そう聞くと、マッドは試しに二つ購入した。
お昼は定食屋さんで魚料理を食べた。特に生の魚につける特製のタレが美味しかったので、店の人に聞いたら小瓶に詰めて売ってくれた。リオやマリアが喜ぶ顔が頭に浮かぶ。
「きっと二人が喜ぶな」
マッドが嬉しそうに言うと、私は大きく頷いた。「マッドもそう思う? いい買い物できたよね!」
マッドと様々な店を覗いた。この街のお店はとてもカラフルで可愛らしいものが多く、ミシェランや王都とは全く違った趣がある。まるで異国に来たみたいで、歩いているだけで心が弾んだ。
そして、ここから5分ほど坂道を登っていくと、街を一望できる場所があると聞いたので、私たちはそこへ向かった。
坂道を登りきると、目の前に広がる景色に、私は思わず息を呑んだ。街のカラフルな屋根が連なり、その向こうには、太陽の光を浴びてキラキラと輝く広大な海が広がっている。いくつもの船が白波を立てて進んでいくのが見え、全てが絵画のように美しかった。
「すごい綺麗な眺めだね! みんなにも教えてあげよう」
私が感動してそう呟いた、その時だった。
マッドがそっと私の顔に手を伸ばし、頬を優しく包み込んだ。彼の指先が触れた瞬間、心臓がトクンと大きく鳴った。そして、次の瞬間、彼の唇が私の口元に、そっと触れた。柔らかく、温かい感触。あまりに突然のことで、私はびっくりして固まってしまったけれど、不思議と全く嫌な気持ちにはならなかった。むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。息をするのも忘れるほど、その感触に夢中になってしまった。
唇が離れると、マッドはもう一度、今度は少しだけ長く、優しくキスをした。心臓の音が聞こえてしまいそうなほどドキドキしたけれど、それ以上に、甘く、嬉しい気持ちが全身を駆け巡った。彼の視線が、私をまっすぐに捉えている。その瞳の奥に、私への深い愛情が見えた気がして、私の顔はきっと真っ赤になっているだろう。
この景色も、この瞬間の温かい感触も、私は一生忘れないだろう。
「みんなには、この場所は内緒にしよう」
マッドが私の耳元で囁くようにそう言うので、私はこくりと頷いた。彼の言葉に、私だけの特別な秘密ができたようで、胸がキュンとした。
私とマッドの初めてのデートは、あっという間に過ぎた。宿に戻ったのは夕方5時。まだ皆は戻っていなかったので、私とマッドは、さっき買った潜る用の服と、空気を吸う笛を首にかけて海へと向かった。
海の水は少し冷たいけれど、それがまた心地よくて最高だ。
マッドが笛を使わずに先に潜っていった。しばらくしても全然上がって来ないので、心配になって私も潜ろうとすると、水面から彼の顔がひょっこり現れた。
「もう! びっくりしたじゃない!」
私が少し怒ったふりをして言うと、マッドは苦笑しながら「ごめん」と謝ってくれた。
「キャロル、笛を咥えて一緒に潜ろう。中はとても気持ちいいし、綺麗だよ」
私はマッドの手を握ったまま、一緒に海へと潜った。最初は怖くて目をつぶっていたけれど、「開けてごらん」と彼に言われて、ゆっくりと目を開けてみた。
海の中は、まさに幻想的で、息をのむほど美しかった。もう夕方だというのに、海中は光に満ちていて、色とりどりの魚たちが、まるで宝石を散りばめたかのようにキラキラと輝きながら群れをなして泳いでいるのがはっきりと見える。小さなピンク色の魚は、まるで花びらが舞っているかのように優雅で、その幻想的な美しさに私は心を奪われてしまった。
息も全然苦しくないし、水の感触もとても気持ちがいい。かなりの距離を泳いで海の底まで行くと、キラキラと輝く綺麗な石がいくつも転がっていた。いくつか記念に拾ってから、マッドと一緒に陸に上がった。
陸に上がると、既に皆が戻っていた。私たちが遅いので、心配して街に探しに行くところだったらしい。時間も既に7時を回っていた。この笛、本当にすごいわ。




