ブレイブス港街1日目
昼前に宿を出発し、夕方には念願のブレイブス港街に到着した。海に近づくにつれて、空気が独特の塩気を含んだ香りに変わっていった。遠くから聞こえる潮騒の音が、旅の終着を告げているようで、私の胸をわくわくさせた。
「お前たち、先に宿を取るぞ」
マーカスさんに促され、私たちは宿へと向かった。
「いいか、この宿はカルロとミランがお前たちと泊まる予定だった場所だ。空きがあればここに泊まる。文句は言うなよ。それと宿泊代はカルロ持ちだ。お前たちには一銭も出させないからな」
そう言いながら、マーカスさんは宿の受付へと向かった。ジルとレティも彼の後を追う。
しばらくすると、マーカスさんだけが戻ってきた。
「お前たちの側仕えは本当に優秀だな。あいつらに任せた方が早そうだったから、俺は金だけ払ってきたよ」
レティはドナとボンドンに馬と馬車の預け場所を伝え、二人は宿の従業員に案内されて外へと向かったようだ。
レティが私たちの方へやってきて説明してくれた。
「馬たちと馬車は近くの厩で預かってもらうことにしましたので、ドナとボンドンが向かいました。15分ほどで戻ってくるでしょう。部屋からは海を眺められるようですし、何より全員同じコテージに泊まれるようです。今日は疲れていますし、部屋に食事を運んでもらってゆっくり過ごしましょう」
宿の者が部屋まで案内してくれた。ドアを開けると、その空間の美しさに思わず息をのむ。白木で統一された部屋は開放感があって明るく、大きな白いソファはマーカスさんが寝転がれるほどゆったりとしている。木の温もりが優しい雰囲気を作り出す、素敵なコテージだった。
宿の者がレティに細かい説明を終えると、部屋から出ていった。
「このコテージには釣り専用の浅橋がありますので、まずはそちらを案内しますね」
リオの目が、まさに星のように輝いていた。海側に出ると、確かに橋のような場所が見える。おそらくあそこだろう。
「この浅橋で釣りができます。それと、今ジルが船の手配をしていますので、明日にはここから船を出して本格的な釣りもできます。海には小さな島が点在していますので、島で過ごすのもお勧めなようです。島についてはジルが資料をもらってくると思いますので、後ほど詳しく説明しますね」
マーカスさんはレティの手際の良さに感心しているようだった。私にとってはもう当たり前の光景だけど、やっぱりレティはすごいんだなと改めて思った。
「それと、釣った魚は外でなら焼いて食べてもいいそうです。宿の食事係の方に言えば、調理もしてもらえます」
わあ、焼いて食べたい! お腹が空いてきた。
横を見ると、マッドも同じように思ったようだ。レティが全ての説明を終える頃に、ジルもドナもボンドンも戻ってきた。食事係の人たちも来て、テーブルには新鮮な魚料理が所狭しと並べられた。
新鮮な魚ばかりでとても美味しい。海の魚は川の魚に比べて大きく、食べ応えがある。私は特にエビが気に入った。このプリプリした食感がたまらない。マーカスさんも心底美味しそうに食べている。
「最高だな。今度はマールも連れてきたいな。それより明日からどうするんだ? ここは一週間の滞在だぞ」
ジルが説明を始めた。
「明日ですが、俺とレティは役所でやるべきことがあるので外します。ドナとボンドンには船の操縦を覚えてもらおうと思いますが、皆さんはどうされますか?」
「僕も船の操縦を覚えたい!」
リオが元気よく手を挙げると、マリアも嬉しそうに頷いた。
「リオが覚えるなら私も覚えたいわ」
「では、リオ様とマリア様にも、別に講師を頼んでおきますね」
ジルが手際よく答える。
「俺は面倒だが、ここのギルド長の所に報告に行かないといけないだろうな。それと、王宮とカルロにも連絡しないといけないから、明日から忙しくなりそうだ」
マーカスさんはどうやら仕事漬けになりそうだ。
「キャロルはどうする?」
マッドに聞かれたが、どうしようかと考えていると、マッドが私に言ってきた。
「じゃあ、俺はキャロルとのんびり街を散策するよ」
その言葉を聞いた瞬間、ドナがニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
「マッド様、デートのお誘いですね!」
その途端、ジルが呆れたような顔で、ドナの頭に軽くコツンと拳を落とした。
「余計なことを言うな」
皆はそれを見て大笑いしていたが、私は顔が熱くなるのを感じた。心臓がドクドクと音を立てていて、きっと顔はリンゴのように真っ赤になっているに違いない。
夕食の後はそれぞれが好きなことをしてのんびりと過ごした。リオとマリアとボンドンは浅橋で釣りを楽しんでいるようだ。マッドとジルとレティは、たくさんの資料を見ながら話し合っている。私はテラスに出て、夕食後に拾った色とりどりの石を磨いていた。波の音が心地よく、心が落ち着く。ふと、隣のリビングスペースから規則正しいリズムが聞こえてきた。ドナが腹筋運動を始めたのだ。彼女は仰向けになり、軽々と起き上がるたびに、服が擦れる音がする。
「ドナ、疲れていないの?」
私が尋ねると、ドナは腹筋をしながら、顔だけをこちらに向けてニッコリと笑った。
「疲れていませんよ、キャロル様。馬車にずっと乗っていたので、身体がなまっているんです。だから、ほぐしているんですよ」
彼女はそのまま腹筋を続けながら、まるで私に話しかけるかのように、独り言のようにつぶやいた。
「今日の馬車での移動、本当に快適でしたね。マッド様は本当に素晴らしい馬車を作ります。でも、私ももっと力をつけなければ。どんな状況でも、どんな危険が迫っても、キャロル様の安全を絶対に守りきれるように……。そのためにも、鍛錬は一日たりとも怠るわけにはいきません」
彼女の穏やかな声が、さざ波のように耳に届く。私は、磨いていた石をそっと手のひらに握りしめる。
いつものように穏やかで優しい時間を私たちはこうして好きなように過ごした。
この港街での滞在が、どんな楽しい日々になるのか、今から胸が高鳴る。




